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異世界召喚されたのは御伽世界  作者: 樹慈
第三章 【決別】
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第三章2  『会合』

 王国の門から十数分ほど歩いた所に目的地はあった。

 大通りの横道に少し入った場所だ。素朴な佇まいの普通な宿。これまでツルギが旅路で訪れた『グリンデリ村』と『キャルバ』の宿となんら変わりない。キャルバの宿屋の対応は悪かったもののグリンデリ村の店主と比較すれば、どちらも良さそうな人柄。といった客観的な感想に至ってしまう。キャルバ自体の治安は平時とはいかないとグリンデリ村で聞かされていたから納得したのだが。ともあれこの宿屋は平穏な様子が伺えた。


 部屋割りは、アテラとフンシー。元より潜入していた女性が一人。アリス。カガミとグレーテル。基本一人一部屋にした方が公けに疑心を抱かせない、という狙いがあったのだが、頑なにグレーテルはカガミの傍を離れまいとしていた結果だ。

 そして、ツルギとマモンと元からの潜入部隊の一人の男だ。


「ってな感じで部屋割り決められたわけだが、結果的に男性陣は一つの部屋でご一緒なわけね」


「しゃーねーだろうが。てめーと意見も気持ちも同じだよ」


「初対面早々気持ちが一緒ってなもんも悪くねぇな。お前とは仲良くやってけそうだ。これからよろしく頼むぜ。えっと」


 狭っ苦しい部屋の端にあるベッドの上で膝を畳んでしゃがむ若い男。

 特徴的なのは濃い緑色の長髪、目立つのは数カ所の色が白色に染まっている。メッシュというやつだ。鉄製のブーツだろうかメタリック感がある。両手にもグローブがはめられ、指抜きで甲には少し尖った鉄が付いている。ヴィジュアル系バンドでよく使っているイメージがちょうどいいだろう。


「ああ、行ってなかったな。おりゃー名前なんてもんはねーが、アサシンのシンって紹介してら」


「アサシンのシン、か。オッケー了解シン。俺はクサナギ・ツルギ。ツルギって呼んでくれ」


 屈んだままのシンに手をそっと差し伸べる。友好の証だ。この世界でも共通の友好的表現。

 だが、シンはその掌を一瞥してツルギの瞳を見やる。


「おっとおっと、こいつぁー勘違いさんってやつかー? 一つ言っとくけどよー」


 ベッドから降りて立ち上がり前屈みの状態で、下から睨みつけるようにツルギに視線を向ける。


「てめーと意見も気持ちも同じ。っつったが、考えだけはちげー。生温いお遊びしてらー、てめーいつか、死ぬぜ?」


 それは衝撃以上だった。これまで他人と触れ合うことを避け続け、異世界であるこの世界に召喚されてから仲間が増え信頼され、尊敬までもされてしまっていた。その愉悦に浸ってないと言えば嘘になる。浮かれていたことも事実だ。信じてもらえる快楽、愉悦、喜悦、雀躍、悦楽。今まで浴びてこなかったものの反動が今回の結果を招いたともいえよう。


「おうおう、シン。兄弟は味方だ。いいから手を握るべき! 『蹴られても、握り続けろ』と言うしな!」


「うっせー! 触んじゃねー! おりゃーてめーのそうゆうとこが気に入らねーし、気に入らねー!」


 シンの手首を掴もうとしたマモンだが、飛び跳ねて振り解き逃げ出す。


「いや、マモン待ってくれ。今回は俺に非がある。……悪かった、馴れ馴れしくしちまって」


 言い切った後「これからは、気を付ける。よろしく頼む」そう、言おうとした。だが、出来なかった。させなかったのだ。刃物の様な鋭い眼が一人の少年を刺した。

 刺されてもなお、声も上げれず、指すら動けず瞬きすら許されなかった。出来ることは小さな呼吸と心臓の鼓動だけだ。


 数秒いや、数十秒。睨まれた後シンが部屋を退出したことで安息の時間が動き始める。

 緊張の糸が切れその場に膝を落としたツルギ。額にはいつの間にか浮かび上がった汗が滲む。マモンの大きな手が背中にそっと乗せられた。その大きな優しさを憎く思ってしまう。


 仲良くなれない。好きになれない。嫌いだ。そうやってがんじがらめにしてきたのだから。

 乗せるだけでなく、いつもの様に強く叩いてくれた方がずっと気が楽だった。


 閉ざした扉に背を預けた者が憤慨を口の中で食い潰す様に声を絞り吐く。


「——てめーは、なんもわるくねーじゃねーか。謝ってんじゃねー、薄ボケが」


 静寂となった部屋にすら届かないほどの小さな声は、彼自身の耳にしか届かぬほどに小さく脆く泡の様に消える。



 † † † † † † † † † † † †



 時は夕刻。食事前の時間になろうとした時だ。

 ツルギとマモンの部屋……シンを含んだ三人の部屋の扉が小さな音を立てて開いたのだ。

 扉の向こうに立っていたのは、紛れもない。この部屋のもう一人であるシンだ。


「————」

「————」


 シンは扉の向こうから一歩も動かずに立ち尽くしている。先刻の一件もあってツルギは激しく気まずい。

 ツルギもシンも口も手足も動かず沈黙を続けていた。だが、たった一人だけが凍てついた沈黙を破壊する。


「——がっはっは!」


 風船が破裂した様な笑い声を上げて凍てつく時間を強引に可動させた。

 沈黙のままの二人は疑心と驚愕が交差する。それもそうだ、ツルギからしたら先刻まで口を噤んでいたのだから。シンからしてもそうだ、部屋を飛び出し空気を最悪にした張本人がどの面下げて戻ってきたかと思えば扉を開け停止し始める末路。


 数秒後、笑い続けるマモンの鎮圧させるべく声を絞ったのは臆病で建前でしか動けない弱者ではなく、その弱者からしては果てしなく強者の彼だ。


「……な、なにが、そんなにおもしろいってんだよ」


 その彼も驚愕がひどく大きかったのだろう。

 震わさない様に口元に力が入っているのは遠目に見たツルギでさえもはっきりと分かった。だから、ツルギはいつも通り強者に加担する。


「そ、そうだ! 何がおかしいんだってんだよ!」


 少しの沈黙が再び訪れる。それこそ瞬間に等しいほど呆気なく沈黙は過ぎ去っていく。


「何も面白くもおかしくもないぞ。ただ——」


 そうして、言葉を区切って二人を見やってから付け足す。


「俺様はこの場には、不要。『要らぬが、世の定』と言うしな」


 それこそ意味は分からない。今までの発言でも意味が深いと思えたことはなかった。だが、今こそまさに意味をなさない。直訳することが正しいのならば、『要らないことが、世の中のきまり』マモンの中では自己解決しているからその言が出てきたのだろう。

 だが、非常に気まずい状態の二人を残すほど野暮はしないと思っていたがマモンはそんなことはなかったのだ。


 満足気な表情で扉に向かいながらシンに一声。


「まあ、中に入ってゆっくり話すといい。という訳で『泥沼に、帰還するは恥』」


 マモンの催促なのか、シンは部屋に入り扉を閉める。そして、マモンを見やって長髪の頭を掻く。


「それこそ不要ってもんだ。てめーも男性陣の一人だ。それに事の顛末はてめーが原因でもあるからよー」


「お、そうかそうか。なら残るとしようか、な!」


 気まぐれな様子で居残ることを表明したのだが、なんともかっこよく決まっていたものをすぐに投げ出すものだ。と、ツルギは内心苦笑してしまう。

 その気まぐれさ加減に助けられているのが事実で馬鹿に出来ないのだが。


 マモンはその場で両手を腰に宛てがい二人、主にシンを見守る。

 見守られているシンは、ツルギの正面に立ち頬を爪で掻きながら視線を部屋の隅に向かわせる。実際には、どこを見るという訳ではない。気まずさから来る、逃避に近い行為だろう。


「なんつーかよー、そのなんだ……。だから、あれだっつーの」


 その先の言葉は雰囲気からして察することは容易だ。だが、彼の口からそれを出す行為を妨げることは間違っている。

 それは、彼にとってのけじめでもあり、人間関係……これからの敵対する王位への仲間なのだから、彼の意思を無下にすることは不正解でしかない。故に、ツルギもマモンも口を閉ざし決して意思決意を折ることはしない。


「——あれだー、その、おりゃー、ちょっくら、いいす——」


 そこで空気が弾け飛ぶ。シンは吐き出しかけた声を喉に詰まらせて、言葉を待っていた二人も息を詰まらせた。

 実際には、空気は弾けてはいない。それは、ノックする音。部屋の扉が三度叩かれたのだ。


 その部屋にいる三人は空気を弾かせた扉を一斉に凝視する。特にマモンは腰に宛てがった手を後ろに移動させて中腰態勢。所謂、臨戦態勢だ。

 そして、一秒と経たずに扉の向こうから低音な女性の声がかけられる。


「みんなー、ごはんの時間っすよー。……って」


 鍵の掛かっていない扉は外から侵入するには簡単だった。

 侵入してきたのは、見たこともない女性。白に近い灰色の髪が一見短髪に乱雑しているが、襟首から尻下まで伸ばされ三つ編みにされた特徴を持った髪型だ。彼女もシンと同様に何箇所か白く染まっている。ぱっと見では単色にも見えるのだが。ともあれ、最近の異世界ではメッシュが流行りなのだろうか。


 その彼女が部屋全体、三人を見渡してから呆れながら溜息と共にこぼす。


「あんたら何してんっすかー」



 † † † † † † † † † † † †



 三人と唐突に現れた一人は場所を変えて宿の食堂へ移動した。すでに面々は揃っていて食事も卓上に並んでいる。他の客らはちらほら見えるものの食事を終えたものはすぐに自室に戻っている様子だ。

 シンの言葉が途中で強制的に中断してしまったが仕方あるまい。まずは潜入部隊との顔合わせ兼自己紹介が先。そして、


「ともあれ美味そうな飯があるんだ。さっさと食ねぇと冷めちまったら無礼極まりないだろ。てわけでいただきます」


 そうして、他の客同様に食事を済ませて一同は自室へ戻るのであった。


「と思わせてこの二人部屋に総勢九人が揃ったわけだが」


「と思わせて。って何を思わせたの?」


「ボクを一人に考えるのは些かどうだろう。人間の形として具現していないのだから」


「めんどくせぇこと言ってんじゃねぇよ。カガミも気にしないでくれていい。まずは、そうだな。自己紹介からしようか」


 ツルギの回想と現実の混合に鋭い指摘を加えたのはもちろん幼馴染のカガミだ。

 ツルギたち一同はツルギら男性陣の二人部屋……といってもここには三人が寝泊まりすることになっているのだが。その二人部屋に、今回の策略師たちが勢揃いしている。

 一同を一度見渡してから正面左に位置する初対面の女性に向き直す。アテラも挨拶程度の初対面であることに変わりないがツルギの召喚や事情は一番初めの対応一つで理解できた。咳払いを一つの後に続けた。


「んじゃ、俺から。俺はひょんなことからこの世界に召喚されたクサナギ・ツルギだ。得意技はこの刀で繰り出す『スラッシュ・オブ・ザ・デッド』これからよろしく頼む」


 ここで一つ引っかかることがあることを思い出す。遅かったと自身を叩きたくなる。昼に起きたシンとのいざこざは、この緩んだ気が引き金であったのではなかったのか。

 初見の彼女の横に座るシンへ視界を集中させる。が、シンは先刻と変わらぬ表情。気に触れなかったことに少し安堵していると、ツルギの横に座る幼馴染、カガミが手を控えめに挙げて空白を開ける間もなく続けた。


「じゃあ、次は私だね。私はツルギに付き添いでこの世界に来た幼馴染。ヤタノ・カガミです。えーっと、得意技かぁー、んー、あ! 空気読めます!」


 激しくドヤ顔なのだが、こちらの世界では空気が読めると言っても理解し難いだろう。面々は疑問符を浮かばせているが、後に続くように冷静な表情の赤髪の女性、アテラが凛とした背筋でそっと声を提示させる。


「私は、アテラ。詳しいことはこの後の話で出来るから後で説明するわ。ツルギもカガミもこれからよろしくね」


 綺麗な透き通った声。どこか懐かしい、日向の温かみさえ抱ける音色。

 だが、暖かいのに、冷え切った声。彼女は何を思い何を感じ何を考えているのか。ツルギには分からない。それを疑問させるのはこの場所ではないことは確かだ。

 そして、次に続いたのは完全な素性を知らぬ白髪の女性。低めの声が凛々しさを感じさせる。


「次は、あっしっすかねー。そこの三人以外は存じていると思うっすけどー、職業アーチャー。名前は、チーって呼んで欲しいっすー」


「……おりゃー、アサシンのシン」


 完結的に端的に自身たちの自己紹介を済ませたシンとチー。今回、王国に先に潜入していた部隊の二人。フンシー含め他の者たちは、一度は顔合わせを済ましている。一人を除いて。


「——おいおい、全員が紹介を済ませた。ってのに、てめーはだんまりかー?」


 それが向かったのは紛れもないグレーテルだ。

 潜入部隊なのなら『アリスメル村』からの使徒であり、『暴食の担い手』であるグレーテルの存在は知っているだろうし、グレーテルが共に王国へ来ることを知っていたフンシー含め、先に王国に着いていたアテラたちから事情は説明されているだろう。シンの気持ちも分かる。事情を知っていてもなお、彼女は村人の脅威『暴食の担い手』であるのだ。


 凍てつく空気の中、舌を鳴らす音が一つ破裂した。



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