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異世界召喚されたのは御伽世界  作者: 樹慈
第二章 【再会】
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第二章46 『再会』

 


 ツルギは、異世界再召喚をされたあの夜からにして六日後の昼前にようやく目的地『エドアルト王国』にその身を着かせる。


 荒野と王国を隔てる大きな谷。その間を繋ぐ幅にして百メートルはくだらない橋。

 谷底から吹き上がる風が服の裾から侵入を図りくすぐったく思う。


 眼前には王国とただの世界との格差と地位と隔絶を思わせる外壁が左右を見渡しても広がっている。

 そして、橋の到着地点。その上に『エドアルト王国』とジャパノ語の表記と王国のシンボルである印が大きく飾られている。

 先に王国へ向かっている人、亜人が守衛に検問を受けている。


「あれが」


「『グリンデリ村』で聞いた、暗殺とか破壊目的とした所謂テロ組織への対策だっけ?」


「そんなことは微塵もないわたくしたちは素通りでいいのですわ」


「……すー……すー……」


「んなこと出来ねぇだろ。大人しく並ぶぞ――って!」


 トカゲに似た亜人の後ろへ並ぶとそのままグレーテルがずかずかと守衛まで進んでしまう。

 五人の人と亜人が険悪な表情を浮かばせながら舌打ちと怒声を口元に漏らす。そんな蛇の睨みをものともせずにグレーテルは守衛に物申す。


「通しなさいですわ」


「申し訳ありませんが順番がありますので、最後尾に並んでください」


「なぜわたくしが並ばなくてはなりませんの? いいからお退きになりなさいですわ」


 いよいよ険悪な雰囲気が溢れる。

 鋼の鎧の守衛が二人。兜越しに顔を見合わせている。その間に人々の列は増加していく。検問の遅延をさせるグレーテルが原因であるのだ。故にツルギもカガミも駆け寄る。


「うちのもんが迷惑かけました。ほらグレーテル後ろに並ぶぞ」


「ごめんなさいでしたー」


「むむ、わたくしは間違っていませんわ? 兄さんの目的は王城。ここで立ち止まる理由は皆無ですわ」


 極力穏便に平穏に退避。

 第一にツルギもカガミもこの世界の住人ではない。ただでさえ検問を通り難い状況なのは確かなのだ。

 そして数秒。


「どうにか穏便に済んだか?」


「だねー」


「兄さんがあんなに下手になることありませんわ」


「ほら、アリスはそのまま待ってるから。お前も大人しくしてような」


「兄さんがそう仰るのでしたら――」


 その数秒を跨いで、背後から守衛が再び声を出す。


「――待ちなさい」


 立ち止まり踵を返しグレーテルは守衛まで舞い戻る。


「遂に観念したのですわ? なら早くそこをお退きに」


「貴様ら。どこの刺客だ。『パドス領主城』か『キャルバ』か。応えろ、血の匂いを漂わせる罪人よ」


 あらぬ疑いをかけられる。とはこのことだ。どこの刺客でもない。寧ろエドアルトの領地内からの使徒である。

 とは買被りにも程があるだろう。領地内である『アリスメル村』からの使徒。『エドアルト王国』の問題を解決するために動く一派なわけで、刺客と言えば刺客なのだろう。


「刺客じゃねぇよ。血の匂いだって――」


「どう致しました? 兄さん?」


 ――そいやこいつに今朝も俺の血を飲ませてたわ!!


 致命傷である。

 国籍不明。刺客の疑惑。血の香り。


 ここまで来たというのに下手したら牢獄送りだとしたら……。笑い話にもならない。

 冷や汗が額を湿らせるツルギとカガミ。二人を余所に呑気なグレーテルは疑問符を浮かばせているだけだ。さらにアリスと言えば透明化したチェシャネコの上で寝息を立てている。

 周囲からの視線は冷酷に蔑み恐怖を滲ませる。


「その、えっと、あのですね、これは……なんと申しますか、えーっと……そう! 道中で小腹が空いたもんだから」


「小腹が空いたから、人に手を出したのか。この不届きものめらが!」


 大きな巨体の守衛はツルギの五割増しの大きさ。

 容易く胸倉を掴み宙に浮かばせる。そして、ツルギに手を出そうとすることは必然的に……。


「誰の許しを得て兄さんに触れているのですか? 不届きものとは貴方たちのことを言うのですわ。兄さんに手を出せば……その半獣の血をこの場に晒させてあげましょうですわ」


「グレーテルそれはまず――!」


 グレーテルの戦意を受け取った守衛側は十人を超える衛兵がツルギたちを囲む。

 グレーテルの背に身を潜めるカガミ。ツルギを掴みあげる守衛を睨むグレーテル。だが、無害との判断をしたのかアリスには関与されていない。


「王国への反逆者には制裁を……」


「おいおいおい、もしかしてもなにも、まさかだよな。てめぇ、俺の仲間に手を出してみろ。ただじゃおかねぇ……ッ」


 さらに掴みあげる力を強め首が絞められ呼吸すらし難い。

 声が絞れない。酸素を取り込めず、脳回路が停止しかけていく。視界は朧に揺らぐ。


 霞む視界を凝らすと衛兵たちがカガミとグレーテルへの距離を詰め寄る。グレーテルはそんなことは気にも止めていない様子なのだが。

 だが、確かに瞳に灯る赤き揺らぎ。グレーテルは本気だ。本気で守衛が行動に出た時に反撃……喰らうつもりなのだ。

 そして、口の端から涎が溢れ出た瞬間に守衛が言葉にする。自身らの最後の宣告になってしまう合図を。


「死刑執行」


 男への戒めか、衛兵が先にカガミとグレーテルへ矛を向ける。

 長槍が空気を突いて乱れることなくグレーテルの背。カガミの怯える横顔へ直進して、


「やめ――ろッ!」


 甲高い音を立てて長槍が弾かれる。

 矛が皮膚を破った音でも、矛と『暴食』が衝突した音でも、グレーテルが反撃をした音でもない。それは金属と金属が衝突した音である。


 カガミとグレーテルを射抜こうとした衛兵は突然の出来事に動きを停止させて、他の衛兵もそれは同じだった。

 衛兵と少女らの間に刹那に割り込んだ一人の少女。


 金色の髪が宙に浮くように無重力を思わせ、晴天の空よりも淡い色のエプロンドレス。手に持つ大きな銀色のスプーン。

 数多の従者を持つ幼顔の少女アリスが退屈そうな表情で割り込んでいた。半眼が正面に対峙した衛兵を見やると衛兵は驚愕の停止の後で息を引きつって言葉を絞り出す。


「……き、貴様も王国への反逆者なのか! だと言うのなら死刑を執行する――っ!」


 振りかざそうと掲げた長槍が天に向かってゆったりと石畳に向かった。

 そして、立膝を突いて一人の衛兵は頭を下げた。


「……これはなんと無礼を。申し訳ありませんでした」


 何が起こったのか理解が出来ない。

 殺意を持った衛兵が戦意を平伏して忠誠の姿勢を取ったのだから。それほどにアリスの美貌が彼を射抜いたのか。そんな戯言は言えまい。なぜなら、彼一人ではなく他の守衛も同じ姿勢に変わったのだ。ツルギを掴みあげる守衛の一人を除いて彼らには戦う意思はもうない。


「何をしている! この者達は王国の反逆者、ここで平伏す膝はない! お前たちがやれないのなら私が!」


「……違います団長」


「何が違うと申すか。おい男、貴様が最初だ。朽ちるがいい!」


 ツルギの顔を軽く覆えるほどの大きな手が爪を立てて構えた瞬間にグレーテルが割り込む。

 割り込むと言っても物理的ではない。


「言いましたわ。兄さんに手を出せば、その半獣の血をこの場に晒させてあげましょうと」


 紫苑色の空気圧がツルギと守衛の間に割り込んだ。

 その圧の変化を察したのか、守衛は手を構えたまま瞳をグレーテルに向ける。そして息を呑み込むとゆっくりとツルギを地に足を着かせて立膝を突いて胸に拳を置いた。


「無礼を致しました」


「……ぐえっ」


 咳払いをして喉の調子を戻す。

 酸素を取り入れたことで視界がはっきりとする。完全に忠誠の守衛に驚愕していると、グレーテルの口が開かれる。


「だから言いましたわ。貴方方がわたくしたちに手を出せば、必然的に貴方方が罪人なのですわ」


「グレーテル、それって」


 グレーテルへ視界を向けるとその傍らに立つアリスが何かを手に持つ。

 艶のある朱色の宝石のような物。節制の森穴で見た鉱石のような輝きがある。透き通るその中に印が浮かぶ。その印は頭上の門構えにある印と同じに見えた。


「貴方たち四名はあの世界を脅かす『大罪の担い手』の一角である『暴食の獣・ヲルフォ』に深手を負わせた今や英雄の方々。無礼を働いてしまったことを謝罪申し上げます。この身、如何なる処罰も受けましょう」


「……へ?」


「……えいゆーって、あの携帯ショップの?」


「けいたい? 猫娘は何を仰っていますですわ?」


 守衛の態度の一変に思考は追い付かない。

 だが、ツルギを掴みあげていた守衛も呼ばれた衛兵も皆が立膝と拳を胸に置き忠誠を示す。それに加え周囲の人々も先刻までの睨みはなくなり、なんとも気まずそうな表情に変わっていた。寧ろ羨む視線とも言える。


「英雄です。アリス様の持つ勲章石。栄誉ある活躍を果たした者に送られる王国から支給される勲章石。選ばれた者だけが参加を許される王国議会への参加証明。そして、勲章石を持つアリス様とそのお仲間、斬撃の黒・ツルギ様。黒の妹・グレーテル様。策略の砦・カガミ様。お名前を聞いた時に気付くべきだったでしょう。申し訳ありません」


「お、おおう。え、えいえい英雄な」


「えいゆうになってたんだ……」


「黒の妹……悪くありませんわ」


 困惑する異邦人二人とマイペースな妹を差し置いて、アリスが酷く退屈そうに口を薄らと開く。


「……処罰は、ない……。……『エドアルト王国』に入れてくれればいい……」



 † † † † † † † † † † † †



 晴天の中対照的な二人が歩みを進める。

 白いローブを顔まですっぽりと被り性別すら分からない者。緑色のバンダナをして肩の出た軽装の褐色肌の大男。


「どこ向かってん、だ!」


「王国の出入り口」


「そんなところに何があると言うのか『歩みを踏み出す場所は一歩目から決めるべき』と言うのだ。分かるだろ?」


「行き先は決まってるのよ? 王国の出入り口」


「なんだってー!」


 大袈裟に反応しながら停止する大男を放置して先を進むローブの者が立ち止まる。

 数秒経って傍らに寄った大男が目的地へ目を凝らす。それもそのはず、いつもは静かな正門がこの時に限って騒がしいのだ。

 こちらから見えるのは正門に向けて群がる野次馬。


「なんか騒がしい、な!」


「そうね」


「なんだあっけらかんとしている、な!」


「まあ、そうね」


「驚くこともない様子だし、な!」


「…………」


「元より知っていた風に見える、な!」


「んー、そうかな。たまには賑やかなこともあると思うの」


「確かにその通りだ、な!」


「ええ」


 二人が会話をしていれば野次馬たちが散っていく。その先の正門から現れる人影が四つ。

 珍しい黒髪の少年。落ち着きのある茶髪の少女。紫苑色の二つの尻尾髪の少女。黄金の髪と空色エプロンドレスが特徴的な少女。


「おっとおっとおっと。ありゃもしやのもしや」


「フンシー」


 白色ローブの者が自身の耳に触れて囁くと翠色の球体が顕現する。精霊フンシーの顕現。


「少し遅い気はするけど、明日には間に合ったからよしとしておくよ」


「マモンも久しぶりなのだから行ってきていいわ」


 緑色のバンダナを付けた空気の読めないが、読もうとする『アリスメル村』の使徒。マモン・バン・ミコト。


「兄弟に会うのは何日ぶりか、な!」


「九日……くらいだと思うけれど」


 既に少年たちの場所へ向かって行ったマモン。眼前を浮遊する精霊フンシーが微笑を浮かべて優雅に踊る。


「ほらね。やっぱり来たじゃないか。君の使い魔の彼がね」


 返事を待たずに精霊は少年たちへ目掛けて飛んでいく。

 一人になったローブの者もまた、少年たちに向けて距離を縮めて歩む。



 † † † † † † † † † † † †



「なんかよく分からねぇけどアリスのおかげだよな。ありがとな」


「……アガ爺が持たせただけだから……」


「でもあの瞬間に勲章石を出して窮地を脱したのはお前のおかげだ。だからありがとな」


「…………」


「兄さん、何か来ますわ」


「――敵かッ!?」


 超速度を思わせる速度で正面から翠色の球体がツルギ目掛けて飛んできた。

 戦闘態勢のグレーテルの手前に手を出して停止の体勢を取らせる。


「あれはフンシー――ヅアッ!!」


 顔面直撃。回避も防御も取らなかったツルギは三回転程転がり後退して手の中に納まる翠色の球体に視線を落とす。


「いっでぇーな。でもまぁ、久しぶりだな。フンシー」


「しっかりと言葉分かるよツルギ。それに少し男前になったんじゃないかい?」


「お前に言われてもなんか複雑だけど、素直にありがとうって言っとくとするわ」


 尻の砂を軽く叩き掃い、次に現れた大男マモンとの再会をする。


「久しぶりだなマモン。てか覚えてる……?」


「当たり前だろうが兄弟!」


 大袈裟に背を叩かれる。久しぶりの痛みは痛感だけではなく胸の奥に湧き上がる高揚が駆り立てられる気がする。


「ならよかった。……っていてぇよ!」


「がっはっは。相変わらず元気で何よりだ、な! 『晩を越えた戦士』てわけだ!」


「お前も相変わらず元気だな。そしてよく分からねぇぜ」


 マモンがアリスの元へ歩みを向ける珍しくグレーテルもアリスと一緒にマモンと対峙していて、カガミとツルギとフンシーは正面から来るもう一人と対峙する。

 白いローブで何一つ見ることが出来ない。性別も分からない。分かるのは、それは……。


「えと、初めまして。私はヤタノ・カガミです」


 頭まで被った白いローブを細く小さな白い手で退かすと露わになる少女。

 白いローブ姿が下地になり、燃えるような長い赤髪がよく栄える。色白な顔に嵌め込んだ真紅の宝石と見間違えるほど綺麗な双眸。


「俺はツルギ、クサナギ・ツルギ」


 恐ろしく美しい美女だ。灼熱が似合う髪と双眸。

 だが、


「初めまして、これからよろしくです。フンシーから聞いてますか?」


 だが、酷く寂しげで哀しげで虚しそうに切なそうな表情をしている。だから、ツルギはまたしても偽って装って作り上げて、ばれないように笑顔を見せる。


「えーっと、――アテラさん」


 分かるのは、彼女が『アテラ』と言う名であり、一緒に同行するはずだった人であり、仮家の鍵をうっかり持って出立してしまう天然な人であり、シンシアと仲が良く、ツルギは確実に初対面だと言うこと。



 一回目の異世界召喚から、二回目の異世界召喚に掛けて忘却したはずだったこの世界の記憶。その記憶は持ち越され忘却を回避した。

 記憶が知らせる事柄はツルギの脳内の事実に根を張らせ、信実を隠してしまっている。そのことに、異邦人ツルギは気付かない。


 ――『再会』であるはずの出逢いは、『初見』になって、運命の因果は回り続ける。



















第二章最終話になります。

次話幕間がありますが……。

これまでご愛読ありがとうございます。

読者様のおかげで第二章まで書いてこれたと真底思いしらされてます。

そしてそして、次章、第三章【決別】になりますが、合計部数100部を目安に完結しようと思っていますので、もう少しだけお付き合いよろしくお願いします。


キーワードに記載してあるので今更でしょうが、バッドエンドです。

感想、レビュー、評価いっぱいくれたら続編も投稿しようかなー、なんてね!(続編ハッピーエンド予定)


ともあれ、重ね重ねになりますが、これから26部程あります。

何卒お付き合いよろしくお願いします。

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