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異世界召喚されたのは御伽世界  作者: 樹慈
第二章 【再会】
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第二章41 『暴食の担い手≠ヲルフォ』

 














 簡単に説明出来る事態が起きた。

 それは、


「……何も起きねぇえ!?」


 高らかに詠唱した大罪の行使。それは見事なまでに不発で終わった。

 ツルギの推測は九割九分正しいものだと思えた。そうでもなければグレーテルがただの人間のツルギを兄だと間違えることはない。

 だが、残り一分の可能性が勝ったのだ。ツルギは『暴食の担い手』ではなく、ただの人間のままのクサナギ・ツルギ。


 背には守るべき義理妹。そして、ツルギの放った言葉によって戦意がなくなったアリス。

 彼女らを守れる力が己にあると信じても都合良く覚醒はしなかった。

 眼前にはシロウサギの健闘の成果で眩んだヲルフォが正気に戻っている。


「暴食の一噛み! 暴食の一噛み! 暴食の一噛みッ!」


 叫んだところで何一つ希望は芽生えない。

 躍起になったヲルフォが地を蹴り跳んでくる。


 ――絶望が近付く。



 † † † † † † † † † † † †



 黄金色に輝く空。光源はそれら全てで太陽や月はない。

 広い高原に白いテーブルと白い椅子。白いティーカップを傾けて紅茶で喉を潤す一人の少女。高原には装飾が酷くされている。数多の色が踊るように飾られている。

 彼女の正面に一匹の獣。そして、あちこちに散らばって少女と獣を見つめる生き物たち。小動物から亜人。珍奇な恰好をしている彼ら。


「いいのか? こちらで呑気にお茶をしていて」


 獣は口を開くことなく太い声を少女に伝える。その問いに少女は紅茶を啜ってから答えた。


「……いいもなにも、ここは私の世界……どこにいても、私の勝手……」


「それはそうかもしれない。だが、友が危機に晒されようとしている。違うか? アリス」


「…………」


「そして、あの子が今立ち向かっている。なのに……アリス、君のいる場所は、今はここではない」


「……グリフォン、うるさい……」


「やれやれ。最終的にはアリスが決めることだ。だから最後に決めた決断なら口出しはするつもりない。だが――」


 グリフォンはアリスの右側を覗き込む。


「なぜ、シロウサギの左耳を撫でているのか。それがアリスの答えではないのか?」


 アリス自身、無意識だったのだ。そのことを指摘されて自身が撫でていたことを自覚する。


「……シロウサギの耳、ある。……全部、みんな、元通り……」


 なのに、なんで……。あの少年の言葉が頭を過ぎるの……。


『みんな捨て駒なんかじゃねぇ。みんな感情があんだ。戻れば元通りだと?』


 そう。元通り。だからいい。いいはずなのに……。


『ふざけんな。必死こいて主人に尽くそうと、懸命に命を懸けてもお前のためにその命を燃やそうとするあいつらは、捨て駒なんかじゃねぇ! 元通りになることなんかねぇんだ! 刻まれた恐怖は残り続ける』


 少年は言った。生意気。でも……。


 シロウサギの耳を撫でながら言葉が勝手に溢れた。


「……ごめんね……痛かった、よね……」


 自分でも何を言い出したのか分からない。でも、胸を這うような感覚が、鬱陶しい。


「……みんな、ごめんね……」


 なんで、謝罪するのか分からない。従者は主人のためにある、当たり前だから。

 でも、開いた口は閉じようとしないで、バカの一つ覚えみたいに、謝罪を垂れ続ける。


 やがて、アリスの周囲には従者たちが集った。

 従者たちはヲルフォ戦の痛手が一切なくなっている。表面上は。


「……怖い、思いさせたね……ごめ――」


「御方は勘違いしてます。わーぁたしたちは、謝罪を望んでなーぁんかいませーぇんです」


「……ハッタ……」


「そうですアリス。ぼくたちはアリスのために」


「……シロウサギ……」


「ここにいる。貴女の従者は皆、心は一つですよ」


「……ドードー……」


「謝罪なんかいりません。私たちは御身の願いを叶えるためなら何をしても構わない」


「……ウミガメ……」


 アリスの従者がこの場に全て揃っているわけではない。

 だが、アリス自身も分かっている。従者たちの気持ち。そして、


「さあ、アリスの答えを教えてくれるか?」


「……私の答え……それは……」


 何が正解なのだろう。何が間違ってるのだろう。私は合ってるの……? あの子が合ってるの……?


 これはアリスにとっての難問。解き明かされるには、今まで何も考えずに従者を従わせていた時間を費やしても、正しい解答が導きされるとは限らない。その時間を幾度も重ねる程に長い時が必要になる。

 そして、今の決断は……。


 ――少年の叫ぶ声が聞こえる。



 † † † † † † † † † † † †



 絶望。絶体絶命の危機。希望が失われた。


 誰が勝手にそれを決めた。確かに『大罪の行使』を使うことは出来ない。一つの希望の芽がなくなったことに違いない。

 だが、ツルギは立っている。剣は折れちゃいない。


 正面から来る巨体の獣が交差する時、斬撃を与えツルギ自身の身をしなやかに柔軟させ衝撃を流す。


「硬すぎるだろ!」


 踵を返したヲルフォが鋭利な爪を突いてくる。だが、屈み込み刀身の腹で受け流す。

 火花が錯乱すると共にヲルフォの背へ一撃を加える。しかし、強硬な剛毛は刀の剣技をものともしない。


 何か弱点があるはずだ。強硬な毛で覆われた皮膚。皮膚自体の強度は未知。否だ、毛の一本でさえ斬ることが出来ていない。その毛穴はそれよりも強固。背は全て剛毛で覆われている。故に絶対防御範囲。


 幾度の爪の斬撃を回避すると頭上を取られる。

 大きな掌が、肉球が天から降ってくる。つまり、毛の生えない皮膚。元の世界の動物は基本柔い。その原理が通じるのであれば。


「そこかぁぁぁッ!」


 振り上げる斬撃。落下する肉球。衝突は空気を弾き音を無音に変える。

 だが、嫌な方の想定通り。ツルギ自身の死はないが、ヲルフォも傷一つ付いていない。残る選択肢は一つと二つ。


「後は舌と、両目……なんだけど」


 図体は約三メートル。いくら異世界召喚されたとしても超人的な人間になれない。覚醒も出来ないただの人間のツルギには果てしなく高い壁となる。

 おまけに先刻からの攻撃は手によるものだけだ。防衛本能で死守すべき部位が分かっているのだろう。


「こりゃ無理だろ――っと!」


 気を抜けば鋭利な爪の餌食。大きな掌でスクラップだ。

 そして、追撃が五度連続して送り込まれる。全てを弾き流し回避して……遂に。


 ――ここを逃せば次はねぇ!


 痺れを切らしたのか、ヲルフォが大きな頭部を全身を使って投じてくる。つまり、標的の眼が最も近付く。

 片手で柄をしっかりと握り逆手で頭を押さえつけるように固定させる。

 眼球が強硬だったとしても貫けるように……。


「くたばろうぜ! 暴食ゥゥゥウウウ!!」


 眼前まで近付いた頭部。一歩を踏み出し腕を刺し出せば眼球まで届く距離。

 そして、一歩を踏み込むと同時に頭を捻じ込ませるように貫かせる。


 それと同時に、ヲルフォは狙われた片目側の瞼を閉じて強硬な皮膚の壁を出現させた。

 激しい衝突激突は現実の火花を散らして、ツルギの握る刀は負けじと震える。


「いっけぇぇぇえええ!!!」


 柄を握る力と頭を押す力が共鳴するように強まり、主の気持ちに応えるように刀の刀身が鉱石の輝きと火花を反射させて輝く。そして、その瞬間の後……。


 ツルギの握る刀の敗北を知らせる割れた音が鈍く響いた。

 ヲルフォの勢いは殺されぬままツルギを飛ばす。グレーテル付近の鉱石に背を強打し血を吐く。それでも握ったままの刀の半身。ツルギはまだ諦めきれない。視界が赤く染まる。思考が遅い。脈拍が停止を願って遅くなる。


「ばぁろぉ……。こんなとこっで……」


 ――うるさくなれ。騒げ。喧しく。黙るな。もっと、もっと、もっと……吠えろ。


「うっああぁぁああァァぁあアあぁアァア!!」


 ――振り絞れ。折れるな。構えろ。睨め。まだ潰れるには――早い。


「ぁぁ……誰だか知らねぇが、助かった。復帰完了……ぐぇ……」


 口の中の血と唾液を吐き出す。

 眼前まで攻め来ていたヲルフォを睨み付ける。傍にはグレーテルがいるんだ。否が応にも立ってしまう。その心に響いた声、感情はきっと彼の心意だ。幻聴でも幻想でも構わない。彼が必死に立たせた足。ヘンゼルが構えさせた刀をヲルフォに向かわせる。


「てめぇの相手ぁ俺だって――ッ!」


 不可視状態に陥ったツルギが回避出来るわけがなかった。ヲルフォの巨大な掌がツルギを押さえつける。

 そして、睨むその眼球の矛先はグレーテルの前に立っているアリスだ。


「あり……ず、逃げろぉ……」


「……バカが言った。……懸命になってるんだって……だから……」


「だか、らも何もねぇ……むり、むだなんだ……こいつぁ……」


「……私も、する……だから……『たい――」


 声が割り込む。知らない声。太い声。嘲笑うような声を発した。ヲルフォが言葉を発した。


「――ちょいとだまれや」


 アリスが全ての運動を停止させる。声を発すること。息をすること。動くこと。瞬きすら動作出来ずに停止する。

 そして、相手の指示に聞くかのように容易く静まり、ヲルフォの攻撃を全身で受ける。ツルギを押さえつける逆手の甲で殴られアリスは鉱石に強打した。だが、アリスの身を庇うように体の上部は鷲、下部はライオンの文字通りの伝説上の生物グリフォンが身を挺した。

 だが、アリスは意識を失い。庇ったグリフォンも光を宿して半透明化。


 アリスを打った手で拒絶の出来ないグレーテルを鷲掴みにして、力を籠める。

 服の締め付けられる音か、それ以外の絞まる音か、ツルギの元へ歪な異音が届く。


「や、やべろぉぉぉおおお!!」


「うっせーなーてめー。だまれや」


「…………」


「はっ。やっぱりてめーらは威勢だけだな。はっ。おい暴食聞こえるか?」


 意識のないグレーテルは反応を見せない。

 そして、ツルギも一緒だ。その光景と発言を見届けるだけの存在。喉が開かない。声が出ない。手脚にすら力が入らない。


「聞こえねーか。なら、名乗ることもいらねーな。なー『暴食の担い手』さんよー。おれらはてめーら『大罪の担い手』をゆるさねー。てめーらが神に認められた存在? はっ、自惚れんじゃねーよ。神のご意志はてめーらとはちげーんだ。叶うってんなら、おれらがてめーらの立場になりてーんだ。神に認められた証を有しても、神のご意志を無視するてめーら……認められた後悔と神のご意志を無視した懺悔。そのことしっかりと本能に刻んで――」


「……や……や……や、め……ろぉ……」


「そのまま死ね」


『暴食の獣・ヲルフォ』は自身を『暴食の担い手』ではないと否定し、神に認められた『大罪の担い手』を怨み妬み憎しみ、神を崇める。その本質は歪んでいるのだ。なぜなら、この世界の神の存在が、歪んだ存在なのだから。


 歪な音がヲルフォの手の中で鳴る。

 その音が節制の森穴に響いた時には、全てがすでにもう遅かった――。











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