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異世界召喚されたのは御伽世界  作者: 樹慈
第二章 【再会】
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第二章38 『兄貴――』

「それでバウン。サチコがこの先に入って行ったんだな?」


「ああ。みんなも見たぜ」


「よし。なら行動は迅速に、だな」


 重い腰を上げて尻を払う。隣立つはグレーテル。

 鞘に納まる柄を軽く撫で、漆黒の森穴を睨む。今から魔獣と一戦交えるというのに鼓動は静か過ぎるほど。随分胆が据わったものだ。


「ツルギさん! ぼ、僕も行きます!」


「つ、つつツルギが行くってんなら、おれも行くぞ!」


「おれだってええ、ミアの騎士だ! 行くって!」


「ニコさんはいいけど、バレンとバルターは止めとけって。行っても迷惑かけるだけだろ」


「めいわくっておいしい?」

「めいわくってなんだ?」


「バウンたまには物分りいいんだね。バレンもバルターも大人しくしてないと嫌いになるよー?」


「やっぱりミアちゃんかっこいい。ば、バレンもバルターもミアちゃん嫌いになっちゃうよ?」


 ミアとコニーは旦那を尻に敷くタイプなのかもしれない。

 ともあれ、一時はどうなると思われた子供たちだが、一段落出来そうだ。一人を除いて。


 やる気に溢れる双眸が月下に煌く。

 初見は弱な性格だと思えたニコラスだが、この節制の森へ付いてきたことといい、さらには節制の森穴への同行さえ志願している。彼がこの数十分で一人の男として、兄として成長出来たことが心の底から喜ばしい。だから、


「ニコラス。お前は村に戻れ」


「そんなこと出来ません! これは村のことであり、僕自身のけじめのためでもあります。妹が恐怖に晒されたんだ。その仇を討ち取ることが、僕は兄として――」


 ツルギは踵を返してニコラスの額をデコピンで弾く。

 目をぎゅっと瞑ったニコラス。たった軽い一撃でこの有り様なのだ。それが魔獣へ挑む? 冗談も休み休み言って欲しい。

 そんなことは微塵も思わない。ツルギ自身も逆の立場ならそうして、こうなった。建前に覆われるツルギだから分かるのだ。虚勢は己を砕くことを分かっている。だから、


「――んなこたぁいい。ニコラス、こいつら連れて村に戻れ」


「で、ですが! それでは僕の気が!」


「収まらないってか。馬鹿だなお前。俺くらいの馬鹿だ」


「ばか……?」


「俺もそうだ。今もそうだ。俺がどうにかしねぇと、俺が助けねぇと、俺がやらねぇと、俺が俺がって。そうやってた。これからもそうやるだろうけど。でもな」


 月下の元で異邦人は再び死線を迎えようとしていた。

 だが、少年の頬には雫は流れず頬は硬直せず肩に力が籠っているわけでもない。頬は柔らかく優しく緩み、自由気ままに無雑作に髪を軽く掻く。


「俺の故郷には、適材適所って言葉があるんだ」


「てきざいてきしょ……」


「ああ。人はそれぞれ個性あって能力も技能も違うだろ。それぞれがそれぞれにふさわしい場所で活躍しろって意味なんだ。今の状況的に、こっから先は俺らが行くのが妥当。こいつらだけじゃ夜の森は危険だろ? つまり、誰かがこいつらに付き添わねぇといけねぇ」


「そ、そうですが……」


「それが今のこの状況での最善。適材適所なんだよ」


「…………」


「次は俺の立場はお前だ、ニコラス。子供たちを引っ張っていけよ兄貴」


「――ッ! はい」


 静かに現状の最善を呑み込むと、握り拳がさらに力強く握られる。

 悔い、なんかではない。己の非力さを感じているわけでもない。それはきっと、


「絶対にこの子たちを村に安全に届けます。そして、戻ってきます」


「ああ。心強い、よろしく頼むぞ。カガミも一緒に戻っててくれるか?」


「いても邪魔になるから……気を付けてよ。死なないで」


「縁起悪いこと言うなばろぉ。俺を誰だと思ってる。何度か日本一を取ったクサナギ・ツルギだぞ。やってやるよ」


「――兄さん、そろそろよろしいですわ? 遅延は状況の悪化かと思いますわ」


 カガミが一つ頷いて二歩下がる。ニコラスはコニーの頭に手を乗せ安堵を与え、コニーの震える手をミアが力強く握り、間を少し開けてバウンが背中を掻く。残り二人の少年は、


「やってやろうぜツルギ」

「おれのほんきを見せつけてやんぞ」


「なあに言ってんだお前ら。お前らも帰宅だ、ほれほれ」


 ツルギより半歩先にいるバレン、バルターを摘まみ返す。

 気に入らないのか駆け出しそうになる二人の額に人差し指を立てて抑制。そして、そっと囁く。


「バレン、バルター聞け。ミアは確かに俺のようになれって言ったな」


 二人は鼻水を垂らしながら頷く。それを満足げに見届けて続ける。


「なら、ミアの騎士になりてぇってんならさらによく聞け」


「なりてー!}

「てかなる!」


「その意気だ。ならお前らの戦う場所はここじゃねぇ。こんなとこで名誉のある死をくれてやるのが騎士じゃねぇ。――ミアを守れ騎士たち!」



 † † † † † † † † † † † †



「大人しく行ってくれたな。さ、俺たちも行くとすっか」


「ですわ。兄さんとの真夜中の逢引」


「簡単に言うとデートか。お手柔らかに頼むぜ妹さんよ。暗いから足元、気を付けろよ」


「任せて下さいですわ。先導はお手の物ですわ」


 ステップを踏んで暗がりの森穴へ躊躇うことなく歩むグレーテル。

 気持ちの持ちようで随分と景色が変わって見えるものだ。デートだ。デート、デート、デート。


「――見えるか!」


「わたくしはよく見えますわ。兄さんそちらはかべ――」


 盛大に顔面から岩壁に激突を果たしてしまう。

 岩壁があるところを思えば預言で見たと言われる『暗い洞窟』は正しいと頷ける。


「言うのが遅れましたわ」


「多分今舌出して可愛らしく微笑んでるだろ」


「兄さんはわたくしのこととなればなんでもお分かりになりますわ。さすが兄さんですわ」


「おう褒めてくれてありがとうな」


「あああああ、兄さんに頬擦りしたいですわ接吻したいですわ肉を舐めたいですわ」


 蕩ける様な嬌声を上げ始めるグレーテル。

 ともあれ、視界がゼロに近い今の状況ではその表情さえも分からない。足元も見えなければ、先刻同様に壁すら分からない。


「おい、アリスどうにかならねぇか?」


「…………」


「暗がりで無視って、いるのかいないのか分からなくなるから止めてくれるかなぁ!?」


「……はぁ、バカね……」


「おいおいおい、まずは会話のキャッチボールしようぜ? 開口一発目に罵倒とか、その気の性癖さんが喜ぶだろうけど」


「……気持ちが悪い……」


「またそれか。開口二発目に遂にきましたそのセリフ。罵倒以外のコミュニケーションツールないんか?」


「……うっ……」


「恐ろしく嗚咽を堪えてそうな声聞こえるけど、そんなにキモイか? 俺、そんなにキモイか? ったく、ひどいもんだぜ。ってかよ、さっきも言ったが暗くて何も見えねぇ。どうにかできねぇか?」


「……ふぅ……。……灯りは、灯せる……」


「なら」


「……でも、それはできない……今、灯り、灯すと……ふぅ……」


 王国へ向かった朝から昼にかけての徒歩。捜索時は待機をしていたといってもその後も徒歩。遂に疲労困憊か、アリスの吐息は酷く激しさを増す。辛そうな息遣いは一刻も早くその姿を確認したいと焦燥させる。

 だが、


「……ん、魔獣に、ばれる……から……」


「確かに魔獣・ヲルフォがいるんだもんな。奇襲をしかけに来たのにわざわざ相手側にこっちの位置を把握させるのは如何せんセンスねぇもんな。アリスって言葉少ねぇし口開けば罵倒ばっかだけど的確なこと言うよな」


 先行くグレーテルの足音が鳴る方へついて行く。背後のアリスもゆっくりな間隔ではあるがしっかりと歩んでいるようだ。

 足場が見えない不可視状況とサチコへの危惧。それに、バウンの発言でもあったカーナの存在。それらの不安要素もあってか、疲労が肉体へ侵蝕してくる。


「……ふぅ。さんざんでもねぇが歩いたけどまだ着かねぇのな。ゴールはどこか分からねぇし、……ってか」


 肺へ酸素を必死に送る。意識させなければ疲労からか意識が飛びそうな感覚がある。

 頬に汗が伝う感覚が分かる。汗を乱暴に拭う。肉体的疲労も精神的疲弊もある。

 だが、心拍だけは非常に異常に穏やかにゆったりと鼓動を奏でる。


「アリスさんってば、めちゃんこお疲れじゃないっすかー? ……俺も人のこと、言えねぇけどさ」


 声を出せば疲労が募る。喉が痛快にまで渇く。

 しかし、それでも今ここで言葉を噤むことは疲労をさらに疲弊させると理由はないが、本能で分かった。故に、アリスからの返答が荒く深い息遣いだけだがそれでも言葉を繋げようとしてしまう。


「グレーテルも結構先に行っちゃってるじゃないかないか? アリスも疲れてるだろうけど置いてかれるわけにはいかねぇ。さ、もうひと踏ん張りだ」


 暗闇の中、アリスの足音から少女の位置を把握していたツルギが立ち止まり待っていたのだが、当のアリスは華麗に無言で通り過ぎていく。


 ともあれ、岩壁を伝って歩むと岩壁の先に薄く青白い光が森穴に横入りしている。

 微光を真正面から受けるグレーテルが息を潰したような声で一言囁いた。その表情は酷く疲弊している。


「――いましたわ」


「グレーテルも疲れ切ってるご様子じゃね? 辛いんだったら兄貴を頼れよ。これでもお前の言う『兄さん』なんだからよ」


『暴食の担い手』であるヘンゼルとグレーテルの変化後を知っているツルギにとって偽物の『暴食の担い手』であるヲルフォはそこまでの懸念にはなり得ない。

 それに加えて、こちらには本人『暴食の担い手』と手数は不明だが数多の従者を有する少女アリス。そして、自惚れるわけでもないがヘンゼルとやり合った実績のある少年ツルギ。


 故に、脅威に思われるであろう『暴食の獣・ヲルフォ』が待ち構えていたとしても危惧なぞない。


「そんな阿呆面して、兄貴に似てきたんじゃねぇの。そんなとこまで似ようとせんでもいいって――」


 薄く青白い光を覗けば、その正体には容易に気付く。

 大きく開けた鉱石の広間。そこらに生える鉱石が光を放っているのだ。見つめていれば、穏やかに優しく『欲』がなくなっていくような、不思議な感覚が眼球から骨の髄まで侵蝕してくる。


 広間の端で輝く鉱石に背を預け大人しく眠る少女カーナ。子供たちが嘘を吐いているとは疑問しなかったのだが、実際にカーナがいたことでどこか安堵する。


 そして、広間に横たわり眠る一人の少女サチコ。


 そして、サチコが背を預ける存在――大きな、大きな、獣。


 背を預けられながらも拒絶もせずに眠る大きな狼。


「――魔獣・ヲルフォ」




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