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異世界召喚されたのは御伽世界  作者: 樹慈
第二章 【再会】
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第二章37 『ただの――』

 


 暗がりが支配する森は足元と眼前に立つ木々のみを視感させる。

 月光は葉に遮られているのか雲に隠れてしまったのか、ツルギたちの味方をすることはなかった。まるで、月自身が彼らの行いを見て嘲笑い弄ぼうとしているようにすら思えてくる。


 息を殺し、足を忍ばせ、細心の注意を払って真っ直ぐに進んできた。

 二十分程度だろうか。進展は見えない。行けば行くほど闇の支配に囚われてくる。


「くそ、どこまで行けばその森穴に着くってんだよ」


「丘にも村の人たちは近付こうとしたそうじゃなかったからその節制の森穴に近いのかとも思ったんだけど」


「……ん、ふぅ……」


 囁き合う程の声量での会話。

 息をするのも必死。アリスは、いつもなのかまでは分からないが透明化することの出来る従者チェシャネコの存在がない今自身の足が頼りになっているのだ。

 あのやる気のない少女が自身で歩き深く呼吸をする姿はどこか新鮮味がある。これもカガミの活躍の賜物だ。


 ともあれ、緊迫が張りつめるこの空間に背後から這い寄る存在が一つ。

 葉をその身に触れさせ小さく音を立てる。


 刹那の音を聞き逃すことはなかったツルギが俊敏に背後に視線を送らせ静かに怒声を立てる。


「――誰だ!!」


 ツルギの反応後にカガミとアリスが瞬間的にその先に視線を送る。


 そこにいた存在は、――魔獣。


「……ぼ、僕、僕ですって」


 ではなくただの――、


「なんだ。ニコラスじゃねぇか驚かすなって」


「びっくりしたよ全くもうー」


「……ふぅ……ふぅ……」


「アリスさん、息切れすぎじゃないですかねぇ?」


 静かに半眼がツルギの横顔に向けられる。いつもの冷酷な眼差しなのだが、その中には鋭利なものが見える気がする。故に、ツルギは苦笑いを溢して突然の再登場ニコラスを見やる。


「ツルギさんなんかちょっと酷いこと考えていませんでしたか?」


「考えてねぇっよ。それよりどうしたんだって」


「早々に話を変えようと……まあ、確かにそんなことはいいです。――僕も行きます」


「――で」


 も。と否定をしかけて喉で詰まる。

 否定は正しいだろう。ただのニコラスが『暴食の獣・ヲルフォ』がいるであろう節制の森穴に同行すると言っているのだ。

 だが、今否定をしていいものなのか。ツルギはこの数日であるが『兄』という存在の在るべき姿、在ろうとする姿がなんなのか疑問であった。そして、その答えはたった今導かれた。


「――そうだな。ちゃんと助けねぇとなコニーを。お兄ちゃんしっかりな! 頼りにしてっから」


 小さな囁きの喝采活気。

 弱めに肩を叩いて気合注入。その重みに気付いたのか羞恥からか、ニコラスは顔を少し赤らめて、


「ひぃっ。ぼ、僕も男であり、兄であります。しっかり救い出しますよ。待っていてくれコニー」


 男たちの熱い奮起を見送りカガミもアリスも進行方向へ向き直る。

 ツルギも同じくニコラスに背を向けて闇の広がる森を進行する。


「ニコラス一応聞いてけど、魔法関係ってか魔獣を相手には」


「出来ませんね。魔法なんて素質一切皆無なので。ツルギさんの考え通り『ただのニコラス』ですよ僕は」


「たははー。ですよねー。俺も魔法は皆無なんだけどな。お前と同じ『ただのツルギ』だよ」


「魔法すら使えないのに『暴食』と互角にやり合うなんて……考えられないですね」


「だろうな。でもお前にも出来るだろうさ。なんせ、『ただの』じゃねぇ。『兄貴ニコラス』なんだぜ?」


「ツルギさん」


 ニコラスは思う。ツルギの背を見ながら思う。

 一見軟弱そうに見える男。所々切れている異端の服装。顔も体格含め、格好良いわけではない。こんな男が世界を恐慌させる『大罪の担い手』と互角なんて出任せもいいところだ。第一、『暴食の担い手』ヲルフォは節制の森穴。担い手のことを隣歩いているか弱く見える彼女たちを言っているのだろうがどうも嘘臭い。

 だが、そんなことどうだっていい。なぜなら、そんな些細なことすっ飛ばしてこの男は――、


「僕もツルギさんみたいな、兄になれるでしょうか――んごっ」


 ニコラスの鼻を潰したのは他でもない頼れる兄であるツルギだ。

 ツルギが進行を停止していたのだ。そこへ突撃してしまったニコラスが鼻を擦りながら身体を避けてツルギを覗き込もうとする。


「いだだ。急に止まってどうかしましたか?」


 ツルギとカガミとアリスの正面に立ち尽くす紫苑色の少女グレーテル。

 彼女が灰色の双眸の中に赤く蠢く灯が揺らぎ、視線を一途に正面先に送る。


「――節制の森穴、ですわ」


 樹の隙間から覗かせると見える。

 少しだけの広さのある空間には少量の月白が舞い降りる。森に唐突に開いた空間。それに、地面が盛り上がりその先の見えることのない穴。


 大きさにして三メートルはくだらない穴。もう少し小さければ狸や狐の巣穴に見える。

 故に、その大きさに比例した存在の巣穴なのだと直感で分かってしまう。


 そして、節制の森穴の手前。そこには、預言者ウァサゴの契約者カガミの見た預言通り。村の子供たちが横になっている。


「――っ! コニー!」


「ばっ! 声でけぇーわ!」


 ツルギが自制させると「すみません」と身を縮めるニコラス。

 自制を促したツルギだが、ニコラスの反応も無理はないと分かっている。守らなくてはならない妹が今そこにいるのだ。そして、ニコラスが発声をしなかったらツルギ自身が声を上げていただろう。自身の立場と役目と性分を刹那に鮮明化させたのだ。感謝すべきだろう。


 だが、猶予はない。緊迫の張りつめる節制の森穴周辺。喉が急速に乾き呼吸が難しく思える。

 周囲の様子を一通り見渡すが何かの気配は感じない。月光が視界の味方をしてくれたことに感謝をして息を呑み下す。


「グレーテル、何かいるか?」


「――――」


「おい、グレーテル」


「あ、はい兄さん」


「だから、何かいるか?」


 心ここに非ずだったグレーテルが帰還し辺りを見渡して頷いてから続けた。


「……いませんわ」


「よし行くぞ。俺とグレーテルは穴を様子見。カガミとニコラスは子供たちを。……アリスはどうせカガミに付いてくんだろ」


 息を切らし続けるアリスを除いた四人がそれぞれ頷き合って一斉に森の中にぽっかり空いた空間に身を晒して、即座にツルギの言った立ち回りに移る。


 大きな森穴の暗闇を正面で立ち受ける灰色の双眸を薄らと赤く揺らがせるグレーテルと日本刀の柄に手を添えるツルギ。

 子供たちに駆け寄ったカガミとニコラス。カガミはミアとコニーの、ニコラスは三馬鹿の、手首の脈を確認する。アリスはというと、とぼとぼと疲労を披露する有り様。


 ともあれ、一難は突破。


「うん。ミアちゃんもコニーちゃんも脈あるよ!」


「よかった。バウン、バレン、バルターも無事です」


 第二難も突破。

 だが、未だ行方知れずのサチコ。ひとまずは、子供たちを最優先だ。


「おいバウン、おいバレン、おいバルター。聞こえるか? 起きろ、起きろ朝だぞ」


 ツルギが軽く頬を叩くと寝ぼけ眼全開の三馬鹿。


「む、あさか」

「ぐぅ、んー、がぁー……」

「ぶぇ、ぶばがぼ……」


 年下の二人、バレンとバルターは二度寝に吸い寄せられる中。年上の甲か、バレンは瞬きを数度して辺りを見渡してツルギに落ち着かせる。

 だが、バウンは意識を無理矢理に呼び戻そうとしているがあからさまに衰弱が激しく見える。


「は? なんでツルギが」


「助け来たんだよ。無事で何よりだバウン。具合はどうだ?」


「あ、ああ。なんか体が重いけど、大丈夫かな」


「よしいい子だ。何があったか言えるか?」


「何かあったか……。おれたちはツルギのために……。それで……」


「お前たちがなんで俺のために」


「ツルギとカールの会話を聞いてたんだ。それで……」


 それはツルギがカールへの伏線のことだろう。

 サチコを見張るようにと。カールは見逃してしまった。だが、子供たちはサチコを見守り続けていたのだ。


「…………。サチ姉が……」


「サチコか。サチコがどうしたんだ」


「森に入って、それでおれたちは追いかけたんだ。それで、ここに……サチ姉がここに入って、それで……」


「ゆっくりでいい。落ち着いてゆっくりでいい」


「……それで、それで……おれたちはみんな寝ちまったんだけど……」


 ゆっくりでいい。とはどの口がほざいているのか。

 早口になり、バウンの肩に触れる手に力が入る。焦燥感が手先を震わせ喉が急速に乾いていくのを感じる。


「――!」


 眉を寄せ記憶を掘り返そうと必死になるバウンが息を呑み下した。

 そして、ツルギを一心に見つめて怯えた瞳が訴えかける。声を振り絞りながら訴える。


「――サチ姉とカーナが中に!」


「サチコ……と? なんで?」


 なぜ、今その名が出るのか。

 カーナ。子供らより一つ抜けた少女。思春期真っ盛りなお年頃の女の子だ。なぜ、彼女が今回の一件に関与しているのか。それは疑問である。

 だが、それ以上に――。


 ――獣の唸り声。

 月白の踊る静かな森に、森穴の奥から渦を巻くように、一つの獣の咆哮がツルギたちの耳に届いた。


 カーナがなぜ、サチコと同じ場所へ行ったのか。そんな疑問は今は二の次。

 鼓膜を通ったはずの咆哮が、毛穴一つ一つからも侵入したかのような錯覚を覚える。身が震える。それはツルギだけではない。眼前で必死に訴えようとしたバウンも同じ――否、それ以上に怯えているのだ。


 獣の咆哮が子供たちの目覚めになったのか、二度寝に更けこもうとしていたバレン、バルターは跳び起きる。


「んがっ! あ、あいつが、あいつが来る!!」


「ひぃーっ! ば、ばばバレンびびびびってんのかあ? おれはミアの騎士だから余裕だじぇ」


「あああほはあほ! おおれえれだってってよゆゆうってんじゃら」


 ――獣の唸り声。

 先刻よりも小さめだが低い声域は威嚇のようにも思える。

 それが届けば意地を張った少年たち二人は飛び跳ね抱き締め合う。怯えるが、瞳に溜まる雫を頬に伝わせない辺り、男としては合格なのだろう。きっとツルギは、子供たちがいなければ恐怖で震え涙を零し、生を繋がるように祈り捧げていたのだろうから。


 此処とは別の場所。森の中での一幕。邪気を纏った黒き翼の鳥への恐怖。生への懇願。元の世界への執着。建前の虚飾。虚飾の崩壊。

 醜き己の姿が、一瞬の刹那に脳裏を過ぎっていなくなる。

 あの瞬間。あの時。あの後悔が、この子供たちのお陰で今は一切ない。


「全くあんたたち、ツルギを見習ってよ。ツルギみたいになったらあたしの騎士にしてあげるから」


「み、ミアちゃんなんかかっこいい。コニーもミアちゃんみたいにかっこよくなりたいな」


 コニーの無事に安堵したのかニコラスも肩の荷が下りたらしく、腕に籠った力が枷を外してだらけた。

 ともあれ、子供たち五人の生存とその身の無事は保障出来た。




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