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異世界召喚されたのは御伽世界  作者: 樹慈
第二章 【再会】
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第二章36 『小さな丘』

 


 小さな丘。来た道を見返せば村が一望できる。

 風が自由に泳ぐことが出来る草原。茜色だった空は沈み夜の帳が差してくる。ツルギ一行とカール、ニコラス、数人の若い男たちが小さな丘に訪れた夜の帳を受けた。


 そこにはやはり六人はいなかった。


「くそ。ここにもいねぇ」


「…………」


「アリス、チェシャネコは?」


「……まだ、って……」


「シンシアもウァサゴには余計なことは言わないはずだ。『アリスメル村』に着いた時点でこっちに連絡は入るし、仮にシンシアを越えてウァサゴに会えていたとしたら、カガミに何かしらアクションが入るはずだし……」


 一人で思考するツルギがずらずらと現状と推測を口から漏らす。

 すると、横に立っているカガミが一つ呟いた。


「そっか。その方法があるね」


「……その方法?」


「私は預言者ウァサゴと契約を交わした者。つまり、さっちんの最終目的のはずのウァサゴさんとの対面がどうなったのかすぐに分かる。どうして気付かなかったんだろう」


 契約は、場所を越え、時間を逸脱し、契約者同士の『精神世界』を創り出す。

 時間の概念から外れ空間を跨ぎ、契約者同士は対話が叶う。

 だが、ツルギの最重要項目はサチコであり子供たちであり、カガミであるのだ。


 ウァサゴが危惧な存在かと問われれば、――否。と答えられるだろう。

 だが、それ以上にカガミという少女はツルギの中で仲間でありそれ以前に幼馴染なのだ。守らなくてはならない存在なのだ。一縷の危惧があればそれは望めない。


「それは、だめだ」


「なんで? 私がウァサゴさんと話せば一先ずは落ち着く。違う?」


「それはだめだ」


「分からないよ、ツルギの考えてること。確かにウァサゴさんには心配かけちゃうけど、さっちんがもしもウァサゴさんに会えてたら解決じゃない?」


「……だめだ」


「だから分からないってば」


「そんなことしてウァサゴがお前をどうにかしちまうことだって考えられるんだぞ! そんなことだめだ、絶対だめだ!」


「そっか。そっか、ツルギ」


 ツルギの懇願の祈願を受け入れるように納得したのか二度頷いて、カガミはツルギを一心に見つめる。

 自身の右手の甲を撫でて、そっと抱き寄せた。


「私がどうなるとかどうだっていい。それよりもさっちんと子供たちのことでしょ」


「――待て!」


「――ウァサゴさん、応えて――」


 その刹那は瞬間的に訪れる。

 カガミの手の甲が光に満ち、ウァサゴとの契約時の陣が現れる。ツルギが触れようと手を伸ばした刹那。


 カガミの精神は、この場所を離れ、時間を逸脱し、白色に埋め尽くされる『精神世界』へ誘われる。



 † † † † † † † † † † † †



 白い世界を縦横無尽に飛び交う黄金色の光たち。

 光の辿った跡は残像か、一本の筋が残って数秒後に消えていく。身体にかかる重力を感じずに宙に浮いている感覚がカガミを支配する。

 そこには、カガミと預言者ウァサゴしかいない。


「ウァサゴさん」


「カガミよ。久しいの」


「ここが、『精神世界』」


「そうじゃの。主がここに呼んだとなると、何かあったのじゃの?」


「契約をしてまだ日もそんなに経ってないんですけど、聞きたいことがあって」


 ウァサゴは言葉を割り込ませずに口を噤みかけるカガミの言葉を待った。


 本当にサチコのことを尋ねるのは正しい決断なのか。まだ、自分たちにはウァサゴに頼らずとも何か手立てはないのか。ウァサゴの危惧を増やしてしまうだけにならないのか。


 カガミの思考が不安に染まる。

 聞く。そう決めてここに来たのに、いざとなったら意気地なしで自分が嫌になる。


 預言者としてどれをどこまで預言しているのか分からない。きっと今回のことは預言していない可能性が高い。

 故に、ツルギとカガミに「孫を近付けないように」と頼んだのだ。


 自身の預言しかねる最悪があるのだろう。

 そして、限りなくその最悪に近付いてしまっているのだ。サチコは行方知れず、村の子供たちも同様になってしまった。それは、カガミたちの責任でもあるのだ。カガミの責任であるのだ。


 その責任を果たすべく、カガミは一度息を呑みこんでウァサゴを見やる。


「さっちん……サチコちゃんは『アリスメル村』にいますか?」


「――――」


 その言葉で全てを察したウァサゴ。カガミは無言を肯定ではなく、否定で読み取る。

 口を噤み。喉を鳴らさずに、閉ざされた双眸の片目を薄らと開きカガミを見つめる。

 黄金に輝く瞳。『精神世界』の光たちと同じように瞳の中にも黄金色の輝く光が幾つか泳ぐ。


「ウァサゴさん」


 その呼びかけに応じるように瞳を閉じて、噤んだ口を開いた。


「――見よ。預言を」


 意識と感覚を越えて脳に直接その場面が過ぎる。

 暗い世界にぽっかりと浮かんだ映像。洞窟の前に子供たち、暗い洞窟、赤い眼を持つ魔獣。


「これって……」


「今の儂にはこれが限界じゃの。子供たちにも被害が及ぶかもしれぬの。カガミよ、儂の孫のことをよろしく頼むの」


「これは私たちの失態でもあるから、必ず」


 白色の世界が視界に侵蝕してくる。

 徐々に薄れる黄金色の光たち。預言者ウァサゴ。自身の存在。

 霞む世界の中、ウァサゴは懇願を口にする。


「あの戯けにも伝えておくれ。――幸あれ」


 言葉を返すための口もなくなったカガミはそれに対して何も返せない。

 今は視界が白色に埋め尽くされ、自身の目で風景を捉えているのかすら疑問になっていく世界。


 全てが白色になった次の瞬間に、カガミは現世に還る。



 † † † † † † † † † † † †



 光り輝いた手の甲を握るツルギ。

 その瞬間は刹那。ツルギが触れた刹那にカガミの手の甲に浮かんだ陣は薄らとその輝きを沈めて、やがて陣すら形を残さずに綺麗な手の甲だけになる。


「――カガミ!」


 カガミは意識が戻り『精神世界』へ誘われる前の意識と同様の状態になっている。

 世界の急速な変化があったが、思考はその変化を分かっていたかのようにすんなり受け入れている。途切れることも朦朧とすることも霞むこともない。


「うん。カガミだよ。ツルギの幼馴染のカガミだよ」


「知ってる。行ったのか?」


 その問いへ頷いて返すと無事な様子、変わりないカガミの姿にツルギは安堵する。


「無事みたいで何よりだ。無茶すんなって。お前に何かあったら……俺は」


「大丈夫。何もなかったし、例え何かあったらツルギも助けてくれるでしょ? それに、アーちゃんも、グーちゃんも」


 手を握ったままのツルギを見つめてから、アリス、グレーテルを見やって、


「だから大丈夫! それより、ツルギの方が大丈夫?」


「え?」


 恍けた声を漏らすツルギだが、その危惧は的中である。

 握る接点から腕まで赤い斑点が浮かび上がり目が充血し始める。

 咄嗟に手を放して腰に宛がう。夜の空気にその表情と顔色を溶かすように背を向けて誤魔化す。


「だ、だいじょぶだあ。……それよりさ、ウァサゴはなんて?」


「うん。それなんだけど。……やっぱりさっちんも子供たちも『アリスメル村』にまだ行ってないっぽい」


「そうか。寧ろウァサゴにこの件が筒抜けになったから行ってた方が安心出来たわけだけど。なら、どこに――」


「洞窟の前に子供たち、暗い洞窟、赤い眼を持つ魔獣」


「それって」


「ウァサゴさんが預言したのかな、多分。直接脳に流れてきたんだけど」


「カール、この辺りに洞窟は?」


「聞いたことはありませんね」


 容易く否定されてしまう。

 だが、カールは指差す。夜の暗闇と同化するような森を指差す。


「ですが、あちらの奥に行った所に洞窟に似た、節制の森穴があるはずです」


「よし、みんな行くぞ」


「――ですが」


 ツルギが一歩を踏み込んだ瞬間にカールは口を割り込ませる。


「おれたちは行けないのです」


「……もしかして、禁忌ってやつか?」


 無言のカール。それは肯定である証明だろう。

 この世界には幾つかの禁忌に近いものが存在するのだ。

 ツルギの知る。一つ『禁忌の兄妹』二つ『大罪の担い手』三つ『神』大きく分けてこれだ。


「この村の人たちがいけねぇ場所があんなら、俺たちが行く。元々俺たちの責任だ。自分の尻は自分で拭くよ」


 歩みを進めたツルギたち。彼らに声がかけられる。それは、ニコラスのものだ。


「確かに『ロトリア村』では掟として、節制の森に入ってはならない。があります。でも、僕らからしたらそんな掟はどうだっていいんです」


 ツルギたちは足を止めてニコラスの言葉に耳を傾ける。


「妹がいなくなってしまったんだ。掟なんか破っても構わない」


 ならばどうして躊躇するのだろう。

 妹や村の子供たちが行方知れずの今、たった一縷の希望が見えた今、なぜにその足は止まっているのだろう。

 それはきっと――、


「節制の森には、『暴食の獣・ヲルフォ』がいるとされています」


『暴食』それは、大罪の担い手の一つを占める地位である。

 人智を超え、獣を越え、人ならざるモノである。そして、『暴食の担い手』は今隣にいるグレーテルでもある。そして、グレーテルの兄・ヘンゼルもまた『暴食の担い手』であった。

 故に、ニコラスの言葉は信憑性が薄い。


 小声でグレーテルに囁く。


「ヲルフォ、知ってるか?」


「いえ、知りませんですわ。それに『暴食の担い手』は兄さんとわたくしの二人ですわ。どこぞの獣が割り込む余地は皆無ですわ」


 グレーテルの言い分は正しい。

 だが、『ロトリア村』を訪れ、サチコと対談をした時にあった違和感と安堵。

 それが、シンシアの撒いた種ではなく、元々よりこの村には『禁忌の兄妹』が伝えられていない事象と、彼彼女が『暴食の担い手』と言う事実が伝わらない真実なのだろう。


 グレーテルが恐れられる存在ではないことは実に喜ばしいことだ。

 だが、未知の難所が現れたこと他ならない。空間を喰い、記憶を貪れることが出来る『暴食の担い手』それに準ずる存在がいるのだ。アガレスもグレーテルも知り得ない存在『暴食の獣・ヲルフォ』が存在しているのだ。


 村の子供たちがいると思われる節制の森穴に。

 サチコもそこにいるのだろう、節制の森穴に。


「それなら寧ろいかねぇとな」


 躊躇う。そんなことはない。なぜなら、


「世界を揺るがす、神の教え子であるものに――無理です!」


「無理とかって、やってもねぇのに使うのはよくねぇぞ。『暴食の獣』だろうが神の教え子ってのは初めて聞いたけど、なんだろうが関係ねぇ」


「ぼ、暴食に……、『大罪の担い手』に敵う人間なんて存在しないッ!!」


「そりゃー、憶測だニコラス。俺はあの『大罪の担い手』『暴食の担い手』と互角に戦い、そして勝利し友にし、そして、今じゃこうして横を歩く仲間になってるんだ。ニコラス、聞け。俺の名前はツルギ。クサナギ・ツルギだ」


 なぜなら、こうして横を並ぶ彼女たちは、『暴食の担い手』であり、幾つもの従を従わせる少女であり、預言者ウァサゴの契約者である。

 そして、今は亡き『暴食の担い手・ヘンゼル』の友である。


「ちょっくら、行ってくる」


 節制の森。月光が荒々しく降り注ぐ夜が幕を開ける。




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