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異世界召喚されたのは御伽世界  作者: 樹慈
第二章 【再会】
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第二章32 『あーん』

 朝陽から逃げた少女が一人、玄関の戸に背を預けて俯く。

 胸が握られるような苦しさ。喉が細くなったと錯覚するほどに呼吸がやり難い。そして、左胸の奥のうるささ。脈動が全身の脈から聞こえている気がする。うるさいほどに。


 この気持ちはなんなのだろう。

 苦しい。恐い。苦しい。怖い。苦しい。嫌だ。苦しい。


 こんな気持ちは初めて経験する。

 最近、彼に近付く女性が多いからか……。八つ当たりのようになってしまった。謝らなければならない。彼にも、彼女にも。きっと不快な気持ちにさせてしまったから。


 彼のことばかりが脳裏に過ぎる。

 視界が覚束ない。ぼやける。見え辛い。見えなければいいのに。


 見たいのに、見たくない。

 こんな気持ちはどこからやってくるんだろう。


 考えれば考える程に胸は締め付けられる感覚が増して息苦しさも増す。

 苦しくて苦しくて、痛い。


 でも、もう見えないから。視界が霞んで見えないから。

 見えなければもう大丈夫だから。次会った時は大丈夫だから。


 ――もう大丈夫だから。


「…………」


「――ッ!」


 不意だ。

 それは文字通り、視界が水面のようになった刹那で、思考を理性で振り切った刹那で、苦しい痛みの頂点に達した刹那で。


 感情を抑えて振り切って見ないと決めようとしたその時だ。

 小さな小さな掌が頭に優しく乗る。二度離して置いて、ぽんぽん。それをする者は何も口にしない。


 だが、その小さな掌がカガミに振れた刹那。

 溜め込んで溢さないように溜め込んだ涙の水面が目尻から決壊する。溜め込んだ以上に溢れ出てしまう雫たちが頬から顎に伝って乾いた木の床を湿らせる。


 言葉は発さられない。掌が頭に乗っている。ただそれだけの状態。

 なのに、どうして、これほどに、胸に閊えていた苦が双眸から溢れる雫と一緒に流れていく。そんな気持ちになる。


「……あーちゃん――ッ」


 視界の水面が流れたことで見たくないと願った現世が眼前に広がる。

 そこにはいつもと変わりない無表情を貫く空色のエプロンドレスを着る金髪少女が、水のように透き通った空色の双眸をカガミに送っている。半眼でやる気のなさそうな少女、アリス。


 カガミが愛称を呟くと、細い腕が頭の後ろに回って弱弱しい力で寄せられる。

 小さなその身に細いその腕に、抱かれる様に顔を埋めらされる。だが、拒絶も出来ない。逃げることも出来ない。その弱弱しい強い力の前にカガミは目元を少し痙攣させた。

 その刹那である。


「うわああぁぁぁああん!! あーちゃんあーちゃんあーちゃん、あーちゃん!」


「…………」


 その叫びを胸の中で抱きながらもアリスはその無表情を崩さない。無言を貫く。

 だが、悲嘆な叫びを優しく何度も何度も撫でる。


「うう、ツルギにきっと嫌われちゃった。もうツルギの前にいけない。一緒に居れない。こんな子ツルギも嫌だから」


 途中途中に鼻を啜る音と涙が溢れる息が混じりながらも言葉を発する。思いを吐き出す。


「嫉妬とか醜いって思われちゃうもん。まず彼女でもないもん。ただの幼馴染なのに嫉妬するなんて酷いことしちゃ――だぁぁぁぁあああ」


「…………」


「見限られたよね。グーちゃんの言う通りだよ。こんな単細胞な女、ツルギ好きになってくれない。好きになってもらわなくてもいいもん。嫌わないでくれればそれでいいもん」


「…………」


「だって私が好きなんだもん。好きになってもらわなくても私は好きだもん。本音はちょっとくらい好きになって欲しいなーって思うけど、でも、嫌われるくらいなら普通でいいもん。嫌われるのは嫌だもん」


「…………」


「アーちゃんも好きな人いないの? あ、もしかしてツルギ? こんなに可愛い子がライバルなんて勝ち目あるかなー。でも負けないよ! いくらアーちゃんでも負けてなんかあげないから!」


「……ぷ……」


「ぷー?」


「ぷははは」


「な、何事!?」


 いつの間にか胸から解放されていたカガミが目を白くしてあたふた。

 その眼前には空色のエプロンドレスを纏うウェーブのかかった金髪少女アリス。

 小さな口が薄い唇を開いて声を出している。口を可愛らしく弧を描いて、笑う。太陽の陽が金色の糸に乱反射して、口元を優しく照らして、笑顔を輝かせる。


「……ふふふ、だって、途中から、泣きもしないで……あはは」


「ねぇ、ちょっと」


「……ふぅ。……なに……?」


 呼吸を整えたアリスの肩を揺さぶりながらカガミは叫び狂う。


「反則。おのれめっちゃ笑顔可愛いじゃないかいないかいないかい!」


「……ふぇ、目、回る……」


「近年稀にみる天使降臨キター! 萌えるよ萌え萌えキュンキュンラブマックスだよ」


「……な、何、言ってるか、分からない……燃え、え……?」


「いいのいいの。いや! こんな天使の笑みにやられない男はいないよ。敵わないよぉお!」


「……だ、だから、なにを……。ふにゅっ!」


 立場逆転。

 頬を伝った涙の跡が残っているカガミの胸に小さな幼い少女が容易く抱き寄せられる。けたけたと笑うカガミに慌てふためく様子のアリス。


「でも男にアーちゃんは渡さない! 私のもんだー!」


「……わたし、カガミの物じゃない……?」


「あはは、アーちゃん。物じゃないよね。運命共同体的なやつ! ……あれ?」


「……共同体……んー……。……ん?」


「ちょっと今なんて?」


「……共同体……って」


「もうちょっと前」


「……えっと、わたし、カガミの物じゃない……って。……ふえっ!?」


 再び強く抱き付かれるアリスは目を回す。

 こうなってしまったカガミを止められるのはツルギだけなのだが、今回に限ってはツルギがその役目を果たそうとしてもきっと不可能だろう。それほどにカガミの胸を射抜いたアリス。


 涙と鼻水の跡を残すカガミと、カガミに抱かれ目を回すアリス。

 台所から朝食を手に持ったシンシアが机に並べて思わず笑みを溢す。


「あらあら、ツルギくんに『後のことは任せていいか?』と言われて『任せて下さい』って目で送り合ったのに。今回は私の出る幕はなかったみたいですね」


 少しの悔いと感情の大半を占める悦び。

 任された一件は負えれずに少年への謝罪の気持ちが沸く。だが、その反面に思いもよらぬ方向を辿った。

 人との関わりを最小限にし、他者に関心を持たず、関心を持たれないように感情と表情を『無』にし続けていたアリス。そのアリスが自身から自発的に他者を慰めた。


 今の彼女がどんな感情でその表情になったのか。

 それが問題点ではないのだ。前提をなしにして、結果としてアリスが他者へ感心を抱き行動した。その結果だけがシンシアが胸の奥底から溢れ返る悦びだった。


 ともあれ、ツルギの懇願は違った方向性ではあったものの『カガミを慰める』と言った内容は完遂した。


「ほらほら二人とも。とりあえず朝食にしませんか? カガミちゃんはお顔を洗ってからにしましてね?」


 酷い顔の可愛らしい表情のカガミが頬を火照らせて恥ずかしげにハニカム。アリスへの束縛を解除して頭を少し掻く。


「えへへ……。行ってきますー」


「……うぅ……」


 カガミは赤らめた顔を掌で少し隠しながらドタバタと洗面所へ向かって駆けていく。ようやく解放され自由を取り戻したアリスが肩の力を落として唸った。

 機嫌の悪そうな態度。気分の優れない吐息。いつもの双眸。だか、いつもと決して違った点があるのだ。それこそ、


「嬉しそうですね、アリスさん」


「……別に、そんなこと、ない……」


「ツルギくんの故郷では、そうゆうのは肯定になるんですよ」


「…………」


 苦汁を飲んだような表情に歪めかけたアリス。

 その刹那に床を蹴って跳ねて駆けてくる足音が近付き、二人が反応を起こす前に、歪みかけのアリスの背に抱き付いて蕩ける様な表情で笑うカガミ。


「――ふにゅっ!?」


「アーちゃんアーちゃん、あーん、してあげよっかー?」


「……何、言ってるか、分からない……」


 歪みかけた表情は、いつも通りの無表情に戻っている。

 だが、いつもの半眼の双眸はどことなく光を灯している。水面に乱反射する陽の光を思わせるほどに。


「その、あーん。って言うのはなんなんでしょうか?」


「あーん、ってのはこうゆうのを言うんだよ。ほらアーちゃん、あーんって口開けてみて? あーん、って」


「…………」


「あーん、って」


 戸惑いながらも拒絶はしないアリスは眉を少し歪ませて恐る恐る小さな口を少し開かせた。


「……あーん……?」


「はい、良く出来ましたはなまるとシンシアさんの手料理をどうぞー。あーん」


 フォークで挿した茸の炒め物をアリスの小さな口に吸いこまれるように迷うことなく侵入。


「――はむっ。……んむんむ」


「おいしい?」


 唇を閉じたまま口を動かして、カガミの問いに対し顔を上下に一度頷かせて肯定。

 そうすると、フォークを立てて自慢げに胸を張り腰に手を当てる。おまけに鼻を軽く鳴らしている。


「でしょでしょ。それはシンシアさんのおいしい手料理と、カガミの愛情がトッピングされてるからね。これこそが、あーん。なんだよー。もっかいする?」


「……ん……あーん……」


「ほれほれたーんと、お食べぇー」


 その光景は親鳥が雛に食事を与えている場面に非常に似ている。


「年を考えれば逆ですけどね。でも、あと少ししか見ていられないことが残念です」


 仲の良い姉妹にも見える二人を眺めながら一人朝食を進ませる。


 二人の仲の良さを目の当たりにしながらも、不意に思い至ってしまう。


「アリスさんは口を開いて閉じて食べるだけで、普段の怠けっぷりは変わらないのですけどね」


 歩くにも食事も怠惰を貪る少女アリス。

 それに対比して慈愛に溢れ、自身にも周囲にも勤勉に尽くす少女カガミ。


 二人は、実に良い相棒なのだ。とシンシアは一人朝食を進ませる。






どうも、樹慈です。

アリスの可愛さ伝わってくれればいいのですが……。

ともあれ、アリスを攻略したカガミ。

除け者の主人公はヒロインにヒロインを奪われ、奪い返せるのか!?

ハーレム主人公っぽい予定は第二章中では一応ないのですがね。へっへっへ……。

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