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異世界召喚されたのは御伽世界  作者: 樹慈
第二章 【再会】
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第二章30 『黒髪』

 


「……ぶぇ。……戻っててよかったよ」


「騒がせちゃってごめんなの」


「いいのいいの。帰ってくるつもりだったんだし、こっちこそむしろ騒がせちゃったもん。お互い様ねー」


「ツルギくんもどうか許してあげてください。悪気はなかったんですよ」


「……ぐぇ。……許すも何も……大事にならなくてよかったから」


「兄さんお体がお疲れですし、わたくしとご一緒に眠りましょうですわ。それこそ色々な意味で」


「グレーテルって暴食なんだよな。まるで色欲――いや、肉食系女子って意味の暴食か!? 複雑な意味合いだなおい!」


 額に汗を湿らせ頬に伝わせるツルギ。

 寄り添ってくるグレーテルに対して最大限の小声でそれを口にする。それはもちろん『大罪の担い手』の悪評が世間に広がっている事象があるが故。『禁忌の兄妹』と呼ばれる妹のグレーテル。名前こそ同じであるとサチコが警戒を見せていないところを見ればシンシアが先に釘を打った可能性もあるが、極力知れ渡ることへの配慮なのだ。


 ともあれ、状況の悪化は最小限に抑えられた。

 ツルギの疲労は最大限まで到達してしまっているのだが、


「それよりアリス。お前の召喚したシロウサギだけどさっさと行っちまって俺はこの有り様だ。少しくらい待つように躾をだな」


「……シロウサギより、足、遅いのが悪い……」


 まさにぐうの音も出ないとはこのことか。

 ともあれ通常運転なツルギ一行が険悪になりそうと思い至ったのか、サチコが焦燥にかられた様子で早口で申す。


「サチはこの通りぴんぴんしてるなの。明日は早くに出るなの? サチのせいでもあるけど時間も遅くなっちゃったなの」


 体感時間でもそこまでの時間は経ってはいない。故にサチコの配慮が胸に沁みる。

 だが、アリスのツルギへの冷酷な態度は出逢ってから今までなんら変わりない。しかし、それをこの場で言うのは野暮だろう。と、ツルギは背伸びをする。


「んー。そうだな。……って」


 一件落着と思考が安堵する寸前だった。

 だが、元々の要件は終えられていない。


「サチコが戻ってて安心したのはいいけど、『アリスメル村』には――」


「サチは行かないなの」


「やっぱりその気持ちは消えてないのか、おばあさんのこと心配だもんな」


「だからサチは行かないなの」


「だよな。無理強い出来る問題でもねぇのは分かってるけど」


「だからサチは行かないなの」


「何度も言わなくても分かってる。……ん?」


 自身とサチコとの会話の齟齬に気が付く。

 この世界でお馴染みとなりつつあるNPC化をすることで本来の意味を通じさせた。


「行かないんか!?」


「だからそう言ってるなの。……でも」


 肯定してから一言区切らせてから息を吐く。


「その時が来たら行くなの」


「その時?」


 サチコは一度頷く。

 一途な黒目の眼差しがツルギを射抜く。その瞳は今の彼女の決意を露わにしていて、その決意にはただの少年であるツルギは否定も出来ない。


「だからくさなぎさんたちとの王国に一緒ってなのは、ごめんなさいなの」


「いやそりゃいいんだ。けど」


 サチコが横目で一度シンシアを見つめた気がしてそれ以上の言葉を繋げることを躊躇った。


「サチは、おばあちゃんに何かあった時に側に居れないのは嫌なの。『アリスメル村』にいなくても少しでも近くにいて、事情が落ち着いたその時にすぐに駆けつけたいなの」


 この子の根は一途なのだ。

 祖母を想い、善意に対する恩返しの心を忘れない。


 きっとウァサゴの所へ一目散に駆けて行きたいのだろう。

 私情は分からないがこの一軒家はシンシア宅と同様程の広さがあると思われる。両親不在がたまたま今日だったのかは分からないが、そこにツルギと年齢も近い少女が一人で暮らしていると思っていい。両親不在は他の村に行っているのか、最悪な状況があるのか考えたくもないが。

 少なくてもツルギの知ったこの異世界は理不尽で不条理で落胆してしまうことばかりだ。


 その少女が頼れる、守りたい、傍に居たい、そんな存在は祖母一人なのだろう。とツルギは思った。きっと推測でありながら多少は合っているのだと察しもついている。このようなことの察しが……皮肉なことだ。


 ともあれ、一人の少女の信念を思い綴られた相手ツルギは、歯痒さを奥歯で噛み締め黙らせ、肩の力を抜くような仕草を取った後に続けて口を開いた。


「分かったよ」


 恩返しを含めて『アリスメル村』に帰還するシンシアに同行したいサチコは意思を呑み込んだ。

 返しきれていない唯一の一つの恩。それに拘束される善人は、自身の願う恩返しさえ出来ない歯痒さを感じながらも感謝を唱える。


 自己欲を欲するために、祖母の懇願であることを忘れていたサチコは、自分可愛さでしか他人へ売り込むことしか出来ないのかもしれない。

 恩返しと言った方法を使って。



 † † † † † † † † † † † †



 寝間でゆったりとした時間を満喫しているツルギ。

 今この部屋にはツルギしかおらず、女性陣は別の部屋を設けられている。


 人一人が寝て起きちょっとした書き物をするための小さな机が設けられているだけの部屋は居間と違って変な飾りや置物は一切なく、文字通り寝て起きるための部屋なのだ。

 客人への仮宿としては申し分のない最低限過ぎる部屋だ。だが、少女は宿舎を営んでいるわけではない。故にやはり疑問であるが追及はよろしくない。


 ともあれ、ベッドに全身を放り出す。

 少し固めだが今の疲労を拭うにはもってこいだ。接しているところから血流が穏やかになっていく感覚を覚えて、


「ぐあぁ……風呂といい、寝床といい、生き返らぁ~」


 薄いシーツのしわを掌で広げる。小窓から射してくる月白が手の甲に優しくその輝きを纏わせる。


「それにしても、マモンとその『アテラ』は元気にやってるかな。……二人とも仲いいよな? 喧嘩してなければいいけど。……いや、マモンの性格考えれば喧嘩は早々ないか…。にしてもちょいと固いな」


 緑色のバンダナの大男を思い出し、今も忘却の果てにいる『アテラ』と言う女性の姿を想像して睡魔が侵蝕してくる。


 ……少しの間、睡魔に敗北し夢の国に誘われそうになった刹那。

 部屋と廊下を繋ぐ戸が三度ノック音を発して続けて遠慮しがちながら他人という壁が崩れた雰囲気で声を届ける。


「――固くてごめんなの。男の人はやっぱり柔らかいものが好き、なの? 女の子は固いものが好きって聞いたなの。でもくさなぎさんはやっぱり男の子なの」


「……やっぱり男の子ってなんだよ。ってかその変な常識を吹き込んだのは誰だ。もしかしなくても、グレ――」


 その名を口にした瞬間に紫苑色の髪を双方に分けたツインテールの少女の微笑みが脳裏を過ぎる。


「――いや、グレーテルじゃ『兄さんはわたくしを好きなのですわ』とかしか言わなそうだ。なら誰が……」


 きっとその言葉を当人が聞けば荒い息遣いで目を蕩けさせ色々な誘惑をしてくるだろう。それこそ肉食系女子の意味での『暴食の担い手』として。

 と、ツルギが苦笑していれば、その当人は別室で身体を震わせて薄い唇を小刻みにしながら淡い息を吐いている最中なのだが。今はその話はいいだろう。


 苦悩するツルギを余所におっとりとした口調が戸の先から聞こえる。


「悩んでいる最中で失礼しますなの」


「ああ、特に変なことしてないからいいぞ」


「やっぱり聞いていた通り、男の子は一人になると変なことをするなの」


「だからそれ吹き込んだの誰だよ!」


 戸が開き、白色の頭巾を装備していないサチコが涼しい表情で笑顔を作って部屋へ入る。


「誰かと聞かれれば少し前に知り合った方としか言えないなの。よいしょ」


「よからぬことを教えるやつが居たもんだ」


 サチコは軽いその身を小さな椅子に腰掛ける。

 前髪の短い黒髪が露わになっていて、「やっぱり」と前置きをして黒目を見つめる。


「似てんな」


「誰になの?」


「誰っつーか、ほら、俺の髪も黒髪で目も黒いだろ」


 少しのたれ目の真ん丸の瞳がツルギを見つめ返すと、喉を鳴らしながら一つ頷く。


「この黒色って俺の故郷の遺伝的なやつなんだよ」


「いでん……なの?」


「ああ、日本って国の日本人って人種。他にもアメリカンとかヨーロピアンとかよく分からないけど色んな人種がいるんだ。髪の色も金とか茶とか他は思い付かないけど、まあ色んな人種のいる世界なんだよね」


「あめりーとか、よーろあん? とかは聞いたことないなの」


「とかは、って言うと――」


「ニホンは聞いたことあるなの」


 なんら変わらない無垢な表情の日本人似の少女がそれを呟く。

 脳回路が一旦停止をしてしまう。『日本』と言葉を聞いたことがある。そうサチコは言ったのだ。


「……聞いてる、なの?」


 ――祖母である預言者ウァサゴが伝えたのか、シンシアが伝えたのか、いや、シンシアの可能性は薄い。仮にシンシアが知っていて先にサチコへ伝えていたとしても今の発言の時点で「シンシアさんから」と付け足しがあるはずだ。

 しなかっただけと考慮してもシンシアはツルギが『日本』から来たことを知っているのだろうか。

 曖昧な記憶になりかけていることが悔やまれるが出身を伝えたことがあるのは『マモン』の家でした自己紹介のみだ。


「……ねね、聞いてるなの?」


 それらのことを合算させても、ツルギが『日本人』であり『日本』から来たことは預言者ウァサゴにすら言っていない。マモンがべらべらと他人のことを話しまわる性格でもないことはあの一件の関わりの中で深く分かっている。


 ――それだとしたら、誰が、なんのために、どうして……。


 疑問の泡が空気に晒される前に水中で溶けていく。

 開いていた瞳はその風景を認知せずに、疑問の海に溺れる寸前で眼前に振れられる白い小さな掌が暴れていた。


「ねねね、聞いてるなの」


「ぬあっ! なんじゃ!?」


「無視はよくないなの。何を悩んでいるなの?」


「そりゃ、うん。……サチコはなんで日本を知ってるんだ」


 振っていた手の人差し指を立てて顎に添えて少し考える。

 聞いたことがある。と言うことは記憶は曖昧なのだ。その真実が明かされればこの世界と元の世界を繋いでいる糸口にもなるのかもしれない。

 だが、


「……んんー。なんでかーなのー」


「どうにか思い出せねぇか?」


 顎に添えていた指ともう片方の指を頭に当てて見覚えのある思考する構え。

 数秒か数分が、サチコの唸り声で過ぎていった。もう無理なのだと諦めを口に、


「――無理言って悪かったよ。もうい――」


「あ」


 惚けた口調が発される。それを前置きにしてから黒髪を掻きながら苦笑を浮かべるサチコ。


「……えと、実は」


「実は……? ゴクリ」


 沈黙が焦燥感を掻き乱す。

 知ってどうなることでもない。だが、この世界に来て繋がるものが少なからずあるのだ。


 大きな形の同じ月。預言者ウァサゴの発した日本語。ツルギの知る有名な大罪、今は『暴食』『強欲』しか知らぬが他の五つもきっとあることだろう。そして、道中の石碑。


 元の世界には戻る気もないが、異世界召喚をされた者としてその謎には興味がある。

 その興味心が胸の鼓動を速めた。


「……サチのおじいちゃんの故郷が確かニホンって国って聞いてる。なの」


 その新事実は日本人似の少女がハーフ日本人としての仮定が構築された。それだけの話だ。




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