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異世界召喚されたのは御伽世界  作者: 樹慈
第二章 【再会】
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第二章27 『サチコ家の団欒』

 


「――というわけです」


 ツルギらに説明されたのは簡易的ではあるが不備はない説明であった。


 ツルギ一行が発った後、アガレスからの頼まれごとを受けて尾行をして先に『ロトリア村』で待っていた。アガレスの頼まれごともアリスの言伝が大半を占めていることと、この場でそのことを聞くことが出来、アリスへの念押しを含めツルギらにも情報の共有をすることが叶った。

 故にこの場を借りて簡易的ではあるがアリスのしなければならない事。と村人の変化。それにツルギへの過大評価。


 それが聞くことが出来て微笑み……ニヤケ面がエンドレスな状態に陥ってしまったのは致し方ない。


「……気持ちが悪い……」


「だからその言い方どうにかならねぇ?」


「そうだよアーちゃん。その気持ちには同感だけどその言い方は少し酷いかな。キモ! くらいがちょうどいいんだよー」


 途中でアリスが「あーちゃん?」と首を傾げているのとツルギの「同感っ!?」と悲壮の表情へ変化を遂げた後に、グレーテルがこれ見よがしに両手を絡めて祈るような形を作りつつ頬を紅潮させて息を荒げる。


「猫娘も怠け娘も全く兄さんの良さに気付いてはおりませんですわ。わたくしは兄さんの素晴らしい笑みと華麗なる微笑みと安らぎを与えてくださる笑声はこの世――いいえ。わたくし以外には勿体ないですわ。わたくしの兄さんはわたくしだけのものですわ。他の誰が嫌おうとわたくしは兄さんの味方ですわ。……いいえ、寧ろ泥棒猫が一掃されていいことですわ。ですから兄さん、その歪な不気味な微笑みを愚者共に知らしめましょう!」


「好きなのか嫌いなのかどっちだ! グレーテル、お前の言い方が一番辛いぞ!!」


「わたくしったら……。どうしたら!」


「グーちゃんもツルギの笑顔に対して思うところあったんだね。……あれ」


 最後の一文を頷いて親身になるカガミが、何かに気付いて顎に人差し指を当てる。


「……って、私ツルギのこと嫌いじゃないもん!」


「そんなことどうでもいいですわ。猫娘のことなんか聞いていませんわ」


「にゃあー!」


 嫌いじゃない。それは普通以上の回答であり、この状況と前文を交えれば遠回しの告白にも取れる事案が発動したが、当人のツルギは二人の仲の良いやり取りを見て和んでいる瞳をしている。

 それに加えて、今にも飛びかかりそうになるカガミのスカートの裾をちょこんと摘まむ金髪少女のアリス。


「? どうかしたの?」


「……あーちゃん。って何……?」


 その問いにカガミは怒涛の憤怒がどこかへ消え去って椅子に腰を落ち着かせる。


「何って、ほら。グレーテルちゃんのことグーちゃんって呼んでるじゃん?」


「…………」


「グーちゃんなんて呼んでなんてお願いした覚えはありませんわ。それよりも兄さん、猫娘は静かになりましたわ。わたくしと兄さんの愛の営みの好機ですわ。さあ、早く御脱ぎになって下さいですわ」


「グレーテル、ちょっと何言ってるか分からない」


 ちょっとしたきっかけでグレーテルの兄への愛の求愛が激しくなるのを抑制するには少し冷たくするのが一番だとこの一日で学んだツルギ。その二人を余所にカガミの言葉を待つアリスはやる気のない半眼の双眸が、誰にも気付かれないほどに小さく揺れる。それは当人のアリスも分からないほどに小さく燃える。


「グレーテルちゃんはグーちゃん。アリスちゃんも言いにくくないし可愛いけど」


「…………」


「やっぱり、なんていうか。あだ名っていうか、愛称は大切だなーって思ってさー」


 アリスは声も言葉も出すことはないが、喉を一度だけ鳴らした。瞳の輝きは何も変わらずジト目は健在。それよりも少しずつ下向きになる双眸は何を思っているのか。

 だが、カガミには関係ない。全く関係ないわけではなく、否定しない事、拒絶しないこと、拒否しないこと。拒むことのない事柄に対して抱いているのはきっと。


「あ、そう呼ばないでって言われても私が嫌だからね。いくら拒否してもやめてって言ってもやめてあげないんだからー」


「…………」


 困惑だ。

 体験し得ていない事象が起きた時の対処方法が分からないのだ。アリスという少女が何歳でどれほどの苦難を味わい、それほどに絶念した瞳になってしまったのか分からない。だけど分かることはある。今少女が戸惑っていることくらいは分かる。だから心からの拒絶がない限りカガミは寄り添い続ける。


 綺麗な金の糸たちが顔を隠し無表情の表情を隠してしまう。

 白い頬にかかる金色の髪。小さな肩から伸びる腕が少し力を入れて動作を止める。そして見えない口元から小さく呟くように言葉が吐かれた。


「……べつに、嫌じゃ、ないから……」


「そっか」


 それだけを返して満足げに一人微笑むカガミと何を思っていて何を感じて何を願っているのか誰にも知るよしもないアリス。

 兄への深い寵愛を延々と火照りながら口にするグレーテルと兄としてか一人の少年としてか立場を見失いそうになる少年は前者の女の子のやり取りを見つめてニヤケ面をするツルギ。


 彼らを一括りで遠目で眺める黒髪黒目の少女、サチコ。

 サチコの傍らに佇む女性、シンシアは頬笑む。


「本当に仲がいいなの」


「ええ。私もあまり長い間柄ではないのですけど、彼には特別な何かがあるのかもしれません」


「特別な、なの?」


「うふふ。魔法か魔術か、はたまた呪いか。彼の望まない形の引き寄せる『魅力の加護』と言いましょうか。ツルギくんに魅力があるのはこの場にいないあの子も痛い程承知でしょうし」


「あの子……なの?」


「いいえ、こちらの話です。ツルギくんに惚れた女の子のお話ですよ。うふふ」


「ほえ」


 母親のように、姉のように、一人の少年を巡る波乱に微笑みを映して台所へ姿を戻した。

 サチコの瞳に映る少年の姿はどこか親近感の沸く感情がありながら、言葉に出来ない近寄り難い何かがあると察し、少し離れた所から少年らを眺めるのだった。



 † † † † † † † † † † † †



 食卓へ並べられた料理たち。

 緑の野菜の上に乗る芋的な野菜。蒸かし芋に近いものだ。魚の塩焼きに近いもの。大きな目玉が飛び出て鋭い刃は剥き出しになっている。そして半透明の野菜スープ。茶碗に盛られた米は少し心もとないが、日本の米に近い見た目をしている。

 湯気の沸き立つスープを一口喉を通してツルギは今日と言う一日を終えると思い安堵を息に込めて吐き出した。


「いやぁ、まじでシンシアさんの作る料理ははんぱない。うまいよ」


「ほんとにおいしいです。あ、お昼ごはんもありがとうです」


「うふふ、お二人ともお世辞を言っても何も出ませんよ? 良く噛んで食べて下さいね」


 魚に続き米を口に運び、和の和みを楽しみ。ポテトサラダ的な野菜を摘まむ。

 ツルギに続いてカガミもシンシアの料理に本音を溢して次々と小さな口に運ぶ。そして無口で食事を進めるアリスとグレーテルは何も言うことはないが匙の止まることもない。

 アリスはいつもの清まし顔で、グレーテルに目を向けると見つめるこちらに気が付きいつものやり取りが垣間見れると思えたのだが。


「……ん。べ、別においしいなんて思っていませんわ。わたくしの手料理には足元にも及びませんですわ……あむあむ」


「うん。グレーテル、その反応はおいしいって言ってるもんだって俺の故郷じゃ言うんだぜ?」


 シンシアは微笑みを浮かべると「ありがとうございます」と丁寧に礼を言う。

 豪華とまでは言えない。寧ろ口は悪くなってしまうが質素と例える方が伝わりやすいだろう。だが、食卓に並んだ料理は絶品そのもの。薄味なのが少しばかり悔やまれるが、それでも素材本来の旨みを上手に引き出している。


 感心を魚を口に運んで一緒に呑み込む。するとサチコも小さな口で食事を進めて……


「ごちそうさまなの。おいしかったなの」


 満面の笑みと頬を少し桃色に紅潮させて実に満足そうな限りである。

 その口元には米粒が二つ。


「お粗末さまです。そう言ってもらえば作った甲斐があるってものですよ」


「さっちんはやーい。おいしいから箸が良く進むよね。スプーンだけど」


「猫娘はおかしなことを仰いますわ。橋は進みませんわ?」


「そうじゃないよー。えっとね、私の故郷じゃあこのスプーンじゃなくてね。棒を二本でごはんを食べるんだよ。今度使い方教えてあげるー」


「別にどうでもいいですわ。ですが猫娘と兄さんは同じ出身。兄さんのことを知りたいから、ですから教えてもらってあげますわ」


「もうもう、素直じゃないんだからー。でも日本の文化教えるって異文化交流っていうのかな? 教えたり教わったり、すごく素敵だと思う」


 なんて仲の良くなった二人のやり取りを横目で見守りつつどうしても言わなければならないことがある。

 それは日本人としての性というやつだろう。


「サチコさん。お弁当ついてまっせ」


 その言葉に目を丸くしてシンシアとサチコが首を傾げて互いの顔を見合う。グレーテルも唐突にツルギが言い出したそれを聞き逃すことはなかった。カガミもそれに然り。


「兄さんは何を仰り出すのですか? お食事をした後にお弁当だなんて食欲の化身ですわ」


 少しの呆れ顔を見せるグレーテルは『暴食の担い手』ではあるが、突っ込むのは野暮だろう。

 そのグレーテルの発言に感化されたのか見合った二人は笑いを吹き出す。


「ふふふ。グレーテルさんの仰る通りです。それにサチコちゃんは……」


「あはは。ええ、サチはお弁当も握り飯も持ってませんなの」


 そうして異世界の先住民の三人はツルギの言った本当の意味を理解せずに団欒を盛り上げる。

 そこへ申し訳ないと言わんばかりに小さく手を上げる異邦人の少女。


「あのぉー……」


「なんです猫娘。餌なら今お食べになっているのにまだ足りませんの?」


「おかわり……ってわけじゃないのよね」


「んんー?」


 口元に米粒を付けたままのサチコが興味津々とばかりに目を丸くしながら疑問符を浮かべて謙虚なカガミを見やる。


「ツルギの言った『お弁当』ってのは本当のお弁当じゃなくて、それも私たちの故郷の昔からの言い回しで……えっと」


 カガミに心で感謝を念じる。

 ボケやギャグ、はたまた漫才とも言える類は意味が通じるからこそ面白みがある。その意味が分からなければトンチンカンなことに変わりない。そして意味が通じない人には通じさせるべきなのだ。冗談をかました人が頭のネジが外れたままの認識を返上させるためにも。

 その説明を冗談を言った本人が言っては恥晒しでもある。黒歴史にもなりかねない事案であるのだ。それを買って出たカガミに感謝を……。

 そして、それが終わったらしっかりと話さなくてはならないことがある。


「ほっぺにごはん粒がついてると昔からお弁当って言うんだよー。だから、ツルギが言ったのはさっちんのほっぺたにごはん粒がついてるよって教えたかったんだよ」


 その事実を聞かされたサチコは耳までを真っ赤に染め上げて後ろを向き自身の頬に手を探らせ真実の答えを口に運び、ハニカム笑顔を団欒の場に向けた。


 微笑ましい雰囲気の中シリアスな話を持ち掛けることがこれほどに喉で塞き止まるものだとは。


「……あの、話が結構逸れるんだけどさ」


「……は、はい」


 紅潮したままのサチコが首を引っ込めて少し潤んだ瞳を上目遣いにする。


「なんで王国に同行出来ないんだ?」


「それは……」


 食卓が一息つく時に本題がサチコ家の団欒の場に提示される。少し空気の圧に変化を生じた。


 だが、ウェーブ掛かった金髪の少女は空色の双眸を半眼にしたまま食事を平らげると満足そうに吐息を一つ溢したのを誰も聞いてはいない。




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