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異世界召喚されたのは御伽世界  作者: 樹慈
第二章 【再会】
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第二章25 『好きも嫌いも愛の内』

 何があり何が見えるのか、感覚が定まらない夢心地の中、浮遊感だけがツルギを支配する。


 遠く近くか定かでない場所から届く音が浮遊感だけに支配された世界から現実の世界に引き戻しに来る。


「……まだ起きないねー。主人公くんがいないとお話になりませんわー」


「……寝顔も素敵ですわ兄さん」


「……さっきから思ってるけど、グレーテルさんはお兄さんのこと大好きなの?」


 地雷を踏んだ声が鼓膜から脳を揺さぶった。それだけは言ってはならないとツルギの本能が告げた。

 そしてそれがきっかけになって、夢心地の世界は崩れ去り、視覚を白と赤を点滅させて現実へと誘う。視覚が瞼越しに急速に光を取り込むことで起きるホワイトアウト。霞みながら聞こえていた音たちはそれをきっかけにはっきりとした音になる。


「そうですわ。兄さんは素敵ですわ。偉大ですわ。寛大ですわ。これ以上ないお方は……いえ、兄さんこそがわたくしの運命のお方。兄さんの妹として産まれたその時から決まってくれた運命ですわ。兄さんが兄さんであって兄さんであるから兄さんはわたくしの兄さんですわ。兄さんがいて兄さんがいてくれましたから兄さんを愛して兄さんに愛されて。あぁあ、兄さん兄さん兄さぁん。兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さあん」


 甘い声が近付く。その刹那に瞼を上げれば、見知らぬ天井と蕩けた双眸に頬を少し紅潮させたグレーテルが手を開いて閉じてを繰り返していた。ツルギとグレーテルの間に割って入る茶色の髪の少女。


「だめだよー。グーちゃん。またツルギが苦しい思いしちゃうよー?」


 そう言い放つとグレーテルは蕩けた双眸をぎゅっと閉じて自制し、喉を鳴らす。

 そんな二人の少女から少し視線をずらす。


 風変わりな置物や質素な机と部屋に明かりを灯す設置型の照明が朱色に灯っている。異世界らしく中世のヨーロピアンな感じはやはり異世界だ。

 ともあれ視界を回していれば足の方向にいる見知らぬ少女。白色の頭巾を首に掛けて頭を露わにしている。艶のある黒髪は前髪が少し短めでもみあげが肩より少し下まで伸びている。前髪の印象もあってか童顔に見える少女が双眸を細めてハニカミながら笑みを浮かべている。


「聞いていた通りなの。二人とも仲良しなの」


「まあ私はこっち来たばかりで友達もアリスちゃんだけだったし、グーちゃんも友達になってくれると嬉しいかなー、なんて」


「何を仰っていますですわ。猫娘の分際で思いやがりも甚だしいですわ」


「むー」


 頬を膨らませて拗ねるカガミの横顔と、凛とした顔立ちをすまし顔にしてそっぽを向くグレーテル。邪険にしているグレーテルは嘗ては人を怨み憎しんでいた。今もそれは変わっていないのかもしれない。

 だが、今に至るまでの少女らのやり取りを見ていればどこか、人へ対しての邪険が柔らかいとも思える。


 そのことにどこか安堵したツルギが硬く硬直した頬を柔らかく解した。すると、双眸を細めていた黒髪の少女がツルギの起床に気が付き、声を上げた。


「あ! くさなぎさん起きたなの」


「え、あ、ほんとだ。おはようツルギ」


「兄さんおはようございますですわ。寝起きも凛々しくかっこいいですわ」


 横になっていた身体を起こしてツルギは腕を天井に向けて伸ばす。


「んー。ふう。おはようさん。一人で眠りこけてて悪かったよ」


「兄さんの寝顔が堪能出来ましたわ。理に適った事象はわたくしを全霊で癒しましたわ。可愛らしい寝顔、ごちそうさまですわ」


「主人公くんがお寝坊さんだとどうもこうにもならないんだからー」


「そう言うのでしたら猫娘はさっさと王国へ行けばいいですわ」


「そうゆうことじゃないもん。物語には主人公が必須なのー」


「それでしたら、『兄さんとわたくしの恋物語』が綴られるのですわ。猫娘はお邪魔虫ですわ」


 そんな変わらぬ仲が良いのか悪いのか分かりかねぬ関係性を見せつける少女二人を差し置いて、少年は足先で椅子に腰を落ち着かせて小窓から外を眺める空色のエプロンドレスを着た少女にも挨拶をしておく。


「アリスも悪かったよ。あと、ありがとうな」


「……何を……」


「言ってるのか分からない。って言いたいんだろうけど、この面子を考えても俺の状況的にも多分お前の使い魔が運んでくれたんだろ」


「…………」


 アリスはそのことに無言で対応。否定も肯定もしない微動だにすらしない表情を見てツルギは一方的にそれへの答えを肯定とした。

 わざわざ釘を刺すことはせずに視線を動かした。


「到着早々迷惑かけてすみません。えーっとあなたが――」


 黒髪を露わにしている幼顔の少女を見やると少女がその先を先行して口にする。


「はい。おばあちゃん、ウァサゴの孫のサチコなの。少しだけお話窺ってますなの、くさなぎさん」


 笑みをそっと差し出したサチコと名乗った少女が、細めていた双眸を開く。黒色の瞳の少女、サチコ。


「なんつーか、俺だけベッドってのもなんかむず痒いんで、場所移動出来ますかね?」


「はいなの。そろそろ夕飯も出来ると思うから居間に行くなの」


 優しく笑みを浮かべたサチコが再び双眸を細めた。



 † † † † † † † † † † † †



 居間をシャンデリアのような照明が照らす。よく見れば魔石のように見える。シンシア宅の照明も同様の照明があったことからこの世界は電子機類はやはりないのだろう。だが、魔石が放つ光はあちらの世界の照明と明るさに比はないが、直接見ても眩しいとも言い難い優しさを含む。

 ともあれ、ツルギ一行とサチコは会談を交え始める。


「俺は、アリスメル村から王国に向かうように言いつかったクサナギ・ツルギ。って言っても名前は知っているようだったけど、どして?」


 危惧ではないが、疑問である。

 ツルギはこの世界の人間ではない。起床から少し経った今なら意識を失う前の出来事が回想出来る。その時にサチコは言ったはずだ。「この人がくさなぎさんって人」とアリスに疑問を投げていた。

 ツルギが意識を失っている最中にアリス、グレーテル、カガミから説明を受けた場合を考えたが、明白になった意識はそれを否定した。なぜ、サチコはツルギをくさなぎさんと呼び知っていたのか。


「それは……ま、すぐに分かるなの」


「煮え切らないなぁー。カガミとかは自己紹介したのか?」


「したよー。幼馴染ってのとこことは違う世界から来たことも。でも……」


「わたくしのことすら存じておりましたわ。なぜとお聞きになっても先のようにはぐらかすばかりで」


「……わたし、知り合い……」


 腕組みをして魔石の照明を見つめて唸るが、すぐに分かると言っていた。故にそれを掘り下げるのは野暮だろう。


「って、俺はどのくらい寝てたんだ?」


「んー、と。ロトリア村に付いたのが六時半過ぎで今七時だから二十分くらいかなー」


「初めてのステップ・スリーは二十分程度か、その内慣れるのか、慣れる気がしねぇ」


「兄さんのそう言うところも素敵ですわ」


「どんなところが素敵なんだよ。ってかカガミ、なんでそこまで細かい時間を――」


 そこまで言いかけると弾けたような笑い声がサチコから零れた。


「ぷっはは。あ、ごめんなの。でも、……ぷははは」


「何がおもろいんだか」


「だってだって、みなさん仲良しなの。サチにはそう見えるの、一人しかいないなの。だから羨ましいなの。素直に心のままに接せれる関係ってすごくいいことなの」


 羨ましいから笑う。妬まずに笑う。きっとそれはその輪に入りたいからなのかもしれない。サチコが何かを隠していたとしても一人の人で生き物で少女なのだ。


「んなこたぁねぇよ。現にアリスなんか俺をバカねバカねってばっかだしさ」


「それも、一つの愛なの。罵倒は嫌いだとかその人の嫌だと思うところに対して言ったり、または『嫉妬』であったりなの。それは『愛』の裏返しなの。素直に正直に『愛』を抱かないとそうゆうことは言わないなの。好きだと言うことも、嫌いだと言うことも、一種の『愛』なの。その人の一部分だけでも見ようと見た結果なの。だからサチはいいなぁーって思うなの。好きも嫌いも『愛』の内ってことなの」


「そうゆうもんかよ」


「そうゆうもんなの。だって、『愛』のない相手には何も抱かないなの。関係ない人が何しても何考えてもどうでもいいことなの。だからそこには『愛』はないなの。『愛』があることは素敵なの」


 熱弁に頬を赤らめてうっとりとした表情を浮かべる。本題から少し逸れている気もするが、今はその方が心地いいと感じた。

 その熱弁を受け少年はサチコを王国への同行の仲間として迎え入れる。それが、ウァサゴからの伝言と言う約束を容易く解決手口ではないだろうかと考えた。


 羨ましいと思うことはその輪に入りたいという願望である。その願望を叶えれば必然的に王国への同行をすることになる。そして、ウァサゴの「孫をアリスメル村に近付かないように」と言う伝言を伝えることなく約束を守ることが出来る。


 だが、気掛かりになるのは道中と王国の刺客と『大陸崩壊』である。故にツルギは一人で思考せざる負えない現状では最善の答えを導けない。

 苦悩の表情を浮かべていれば思考に割り込む声が一つ。


「どうかしたツルギ?」


 幼馴染のカガミである。カガミはツルギとの逆側の手をスカートのポケットに入れて名残り惜しむようにその手で前髪に触れる。

 何か言いたげな雰囲気があるが押し黙るところを見ると追及するのは野暮だろう。


 うっとりと艶美に虚ろになりかけているサチコは多少周りが見えていない。ツルギは少しだけ体をカガミに近付け掌で口元を隠す。

 少しばかりカガミは頬を紅潮させて口元を強張らせる。それでも耳を傾ける少女。


「ウァサゴの件なんだけど、王国までを同行させるってのはどうだろう」


「ん……。うん、いい案だと思う」


 数秒考えた後、カガミはツルギの案を肯定する。

 他二人の場合明白な答えはもらえない。グレーテルは、「兄さんがいますわ?」または「どんな女が一緒でも兄さんがいれば関係ないですわ」のどちらかだろう。前者の方が濃厚といえばいえる。アリスはと言えば、特に否定もないだろう。

 故にカガミの肯定があればこの一行の総意であるとも言える。


 息を一度呑み火照る表情のサチコへ問う。


「サチコさん。えっと、あの……」


 艶美な吐息を整えて「なの?」と首を傾げる黒髪黒目のサチコ。


「一緒に……。『エドアルト王国』まで、一緒に行きませんか?」


 数秒間を空けて首を横に振る。それを目の当たりにしてしまうと、ツルギは声を張り出しそうになる。

 だが、先手を打たれて椅子から立ち上がり言葉を繋げられる。


「事情があってなの。その事情っていうのは――」


 身体を散歩程ずらすと背後にあった扉が少し音を立てて開き始める。

 その扉から現れるのは、茶色の髪を肩まで伸ばした豊満な女性。よく見知った女性の突然の登場でツルギは出かけた声を喉に塞き止められ息が詰まる。


「――なの」


 ここに来て、『アリスメル村』の住民であり、ツルギとカガミの恩人でもあり、ツルギはより一層感謝の恩がある女性。シンシアの登場だ。


「ツルギくん、カガミちゃん、アリスさん、お久しぶりですね。グレーテルさんは初めましてですね」




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