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異世界召喚されたのは御伽世界  作者: 樹慈
第二章 【再会】
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第二章24 『ステップ・スリー』

 道中はこれと言って過酷ではなかった。平穏なことが一番なのはいいことであるのだが、預言者ウァサゴから先日『大陸崩壊』の預言を授かりその翌日がこれほど平穏なのは少しばかり感慨深い。


 まあ、過酷と言えば。グレーテルが情を堪えずに『兄』として認識しているツルギに対して盛大なハグを時稀にしてしまい、それに対してカガミがグレーテルではなくツルギにしがみついて二人を剥がそうと奮闘する。と言った場面が幾度か見られた。第三者から見てそれはイチャラブのワンシーンと鼻で笑われることだろうが、当事者の女性耐性皆無、寧ろマイナスのツルギにとっては嗚咽が止まないワンシーンだった。いわゆる女性アレルギー『ステップ・ワン』と言えたところか。


 ともあれ、時刻は――。


「えーっと。六時半過ぎくらいかなぁー」


 背に照りつける夕陽が心地よい暖かさを送りつけてくる。ツルギの隣で時刻を囁くカガミ。

 二人の足元から伸びる影が地面にはっきりとその形を、輪郭を描いて細く長くその直線の道に佇む。


「時間的にも向こうと大差ない感じ? この時間に日没じゃあ春過ぎってのは同じなんだろうし」


 ツルギが二度目の異世界召喚を果たしたのは五月のことだ。梅雨前の過ごしやすい時期だ。そして、冬からの大きな変化として日没が印象的なのだ。だが、この日暮れが伸びている時間が同じなのか、冬は短く夏は長くといったツルギの世界、『日本』での常識がどこまで通用範囲なのかは、異世界生活が短すぎる異邦人にとって未知数ではある。


「まあ分かったからってどうこうなるもんでもねぇけどさ。……ってか、なんでじか」


「兄さん。誰か居りますわ」


 ツルギの言葉を遮ったのはグレーテルだ。カガミとの間に割り込み入る紫苑色の少女。二つに束ね分けた髪が夕陽の朱色を反射させる。少年らの足元から伸びる影法師は三つになり、一つは独特に細いが双方にしなやかリボンのような髪が存在感を目立たせる。


 少女が割り込むことによって元からいた少女が「むぅ」と唸りながら、頬を少し膨らませて眉を寄せる。

 だが、心情としてはこれといって機嫌が悪化したわけではないと見られる。

 背で陽を浴びているが故に顔に差し込む光源はないに等しいが、グレーテルの微笑ましい笑みが見えるとカガミも観念したのか頬に入れた空気をわざとらしい嘆息に混めて吐く。眉を八の字に緩めて、腰に手を宛がう。


「……もう、しょうがないんだからぁ」


「何がしょうがないのかわかりませんわ。ですが、兄さんがかっこいいことはお認めになりましたのね」


「グレーテル、今そんな会話してたか? ――んなことより」


 今にも飛び付こうとしなくもなくもあるグレーテルに苦笑を送りつけその視線をグレーテルの指した発言の先に向ける。


 山道のような獣道を舗装した砂利混じりの乾いた地面に伸びる影法師のその先、影法師のちょうど先端のその先。アリスメル村からの土の道の終着地か。待ちに待ったと堂々たる門構え。道幅に合った門の裾から約二メートルほどの高さに異世界言語で表示されている村名。その看板の下、道の中央、ツルギらの正面。その者は、『ロトリア村』と掲げられた門の下に佇む。


「遂に、着いたのか……ロトリア村。そんでもってあの人は」


 達成感混じりの息遣いで息を吐く。


「……ウァサゴの、まご……」


 すると、遂に四人目、ツルギ一行の最後の一人がカガミとグレーテルの反対側から少しばかりの距離感を感じさせて影法師をゆったりとした動きで現せる。

 地面に着かない足から伸びずに、地面に写る影法師もまた、主がいなく戸惑って浮遊しているようにも見える。どういった原理なのかはおおよそ検討がついている未だ見ない『チャシャネコ』の存在は気にかけないようにして、彼女の言った言葉に耳を貸す。


「あの人が、ウァサゴの孫」


 当初、この場合は一度目の異世界召喚の時の話だ。あの時にロトリア村で一泊させてもらうという話をしてあり、その事柄はきっとまだ満たされていない。それはシンシアが推測とも言っていたが事実として、約半日を費やして辿り着くことが出来た道のりは決して安易でありふれた道のりではないことに当人のツルギはこの時に、先に発ったアテラとマモンが寄り道をせずに王国へ向かったのだと信じることが出来た。


 そして、次に預言者からの願いである「孫を近付かないように」とどう伝えるものかを悩み腕を組む。兎にも角にも、エドアルト王国からの刺客や何らかの力が作用されたのか分からないが魔獣や魔族に遭遇しなかったことは安堵の嘆息を吐かせるのに十二分に満足のいった道筋ではないだろうか。


「何をお悩みになってらっしゃるですの?」


「んいやぁさ、ばあさんからお孫さんをアリスメル村に近付かないようにって伝言預かってるんだけどさ……」


「そんなことでしたの。ならそのままお伝えになればよろしいですわ?」


「そうっちゃそうなんだが、多分そう伝えたら心配して絶対行くぜ?」


 顎に指を立てて空を見上げる灰色の双眸は納得のいかない色を浮かべる。


「だって、グレーテルは俺があの村にいるけど近付かないでって言ったらどうするよ」


「はい。兄さんから離れませんわ」


「だろ」


「納得しましたわ。でしたら、そうですわね……」


 んー、と悩みの色が見えると思えば満天の笑顔を差し出して、


「わたくしは兄さんさえいらしてくれれば何も望まないですわ」


「いやそれとこれは何も関係ねぇからな」


 けろっと純朴な灰色の双眸を露わにする少女とそんな調子の少女への対応に肩の力が抜けてしまう少年。その二人をその場に置き去りに茶色がかった髪の少女、カガミと宙に座る少女、アリスが先を切って行く。

 カガミが夕陽に照らされる横顔を向けて、


「今悩んでてもしょうがないよー。ウァサゴさんのお孫さんはもう目の前。待たせるのも悪いからそのことはとりあえず保留で先に挨拶済ませとこうよー」


「……まあ、そうだな。約束は約束、いざとなったらグレーテルの言った通りそんまんま伝えるか」


 夕陽は森の根元へ沈みかかり正面には大きな大きな月が陽の光を反射して浮かぶ。正面から暗がりはやってくる。四人は一先ずの中間地点である『ロトリア村』へ到着を果たす。


 森と『ロトリア村』の境界線である門口に佇む少女が一人。

 沈みかかる夕陽に照らされて姿がよく見える。一見派手でもない地味でもない服装は、裾が膝下まである赤色のスカートの上に肩から下がる茶色の前掛けがその一部の存在感を抑制し、さらに頭から被っている白色のローブは腰ほどの長さまであり純白故に地味さが増す。ローブよりもずきんと例えたほうが分かりやすい。

 だが、ずきんを被ることで顔がよくは見えないのだ。


 そのウァサゴ孫を目の前にしてツルギは元の世界で培ったステータスを見せつける。


「えっと、なんつーかなんつえばいいんだ……」


 これぞ不登校児、半引きこもり少年の姿である。頭を無雑作に掻いて自身の発言を整理しようと試みるが、ウァサゴからの伝言が脳を過ぎる。そして久しぶりの初対面女子に対面したことで顔が真っ赤になっているのだが、背で受け止める夕陽の助けもあって相手にはそれは分からない。


 ごもごもとしていれば嘆息も吐かずに宙に座る少女が一口開く。


「……アリスメル村から、来た……」


 事態を改善してくれたアリスへ心の底からの感謝の念を瞳をパチパチさせて眼差しに込めて送りつけるがそれに気付いた刹那に何も言わずにそっぽを向けられる。

 気落ちしながら苦笑を浮かべていれば逆側に寄り添ったグレーテルが少し踵を浮かせて頭を撫で始める。


「兄さんにはわたくしが居ますわ。そこの骨もないに等しい女なんか放って置いてわたくしと――」


「こらこらグーちゃん。そんなに撫でまくっちゃうとツルギがー。……私も撫でたいのに、むしろ撫でられたいのに」


「さんぎゅーかがみぃ。でか、なんが言っだがぁあ?」


 目を充血し鼻から垂れかかる鼻水を辛うじて啜り上げる。


「愛を育むことに遠慮も賢慮も謙虚不要ですわ。そうして猫娘は端から視姦するしか脳がないのですから兄さんとわたくしの営みを止める権利は皆無、ですわ。ふん、さささ兄さん。早くぅ、早く兄さんと一つにぃ、一心一体に……」


「ムガーッ!」


 逆上してしまうカガミがフンガーからムガ―にテンションアップをするのに数日もかからなかったことは置いておいたとして、


「いやカガミはそうゆうこと言ってるんじゃないんだ。うぇ、もう――」


 冷静に堪えようのない逆流を押し砕き、すっとした凛とした顔色でカガミを擁護するのだが、間に合わない。膝が折れ曲がりその場に座り込んでしまう。女性アレルギー『ステップ・ツー』である逆流を抑制したその先、女性アレルギー『ステップ・スリー』に突入し始めたのだ。飛び去ろうとする意識。精神が浮いていく感覚が支配する。


 そのやり取りを横目で冷酷に無慈悲に瞳に映して誰にも聞こえないように声も漏らす。


「……バカね……」


 その声の呟きはアリス自身、自分の耳にも届かない程度。はたまたアリス自身はそれを呟いていたことにも気付いていない様子である。


 その少年少女のやり取りを見つめる少女へ対して、待ち受けていた少女が吹き笑いと甲高い声を出す。


「ぷっはは。あ、ごめんなの? アリスさんいつも通りなの。あと、この人がくさなぎさんってひ――……」


 視界は暗転して、目を凝らしてもピントの問題ではないが故に視界が改善されることはなかった。撫でられていた頭は気付けば退かされて肩を揺らしていた。朦朧と遠のく意識が途切れる合間に微かな声を聴きとっていく。


「ツルギ! 今まで意識失ったことないのに」

「兄さん、どうしたのですわ。――死なないでっ!」

「くさなぎさん? 大丈夫なの!?」


 長年の関わりのある声色は意識を失いかけた少年に対して不安や危惧を語っていて、至って平常運転の仮の妹の声色は急展開によって精神状態が急上昇し、初対面の知らぬ声色は遠慮しながらにも焦燥が露わになって、残る一人は――。


「……はぁ……。……バカね――……」


 冷酷に冷静に冷徹に、いつも通りの声色をツルギの鼓膜に届けると、ツルギは意識を完全に失う。




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