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異世界召喚されたのは御伽世界  作者: 樹慈
第二章 【再会】
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第二章19 『回想2』

 


「……にぃ、さ……ん?」


 渇き切った瞳は涙で潤んではいなく定まらない瞳孔がアテラの姿をその表面に映しているだけだ。


「ええ。あなたのお兄さん、ヘンゼルを借りててごめんなさい。でも」


「――何を仰っているのですか?」


 アテラの言葉を遮るグレーテル。その表情は歪に歪んだ笑みを作っている。アテラが口を挿む前に先んじて続けられる。


「兄さんはここに居ますわ。あなたが何を仰って何のためにわたくしに嘘を吐くのか分かりませんわ。兄さんはどこにも行っていませんわ。昨日も今日も明日もこれからもずっとずっとずっとずっとずっと、ずっとわたくしの傍らに居ますわ。ああ、兄さん。今日もお変わりのない寝顔、うふふ。本当に可愛らしいですわ。兄さん兄さん兄さん兄さん」


 グレーテルは光の灯っていない双眸を膝元の兄に落として微笑みかける。

 アテラはグレーテルに歩み寄り小さく震える肩にそっと手を伸ばして囁きかける。


「グレーテル。ヘンゼルは……なくなっ」


 触れる寸前に紫苑髪の少女に弾かれる。乾いた室内に空気が弾ける音が響き渡り虚無に還る。アテラは手を拒まれ口を噤んでしまう。静寂が風もない森の中、隠れ家に同化して少女の瞳から一粒の滴が青年の頬に垂れる音が聞こえる。


「兄さんはここに居ますわ。ずっとずっと、ここに居ますわ。兄さんはわたくしを置いてどこかへなんて行きませんわ。逝きませんですわ」


「グレーテル、あなた……」


 少女は元から気付いている。知っている。理解している。ただその現実を受け入れることが出来ないのだ。


「兄さんは言いましたわ。いつも通り家で待っていておくれ。そう、言いましたわ。兄さんはそう言ってその後笑顔でお帰りになりますわ。いつも通り、家で待っています。わたくしは待っていました。兄さんの言い付け通り昨日もその前もその前もその前もその前も!」


 少女の叫びは静寂の隠れ家から静寂な森中にまで響き渡っているのかと思えるほどの嘆き。


「わたくしが家で待っていれば、兄さんはいつもとお変わりのない笑顔でお帰りになりますわ。帰って……きますわ」


 少女はアテラに視線を向けたかのように見えた。だが、その奥の風景を瞳に映してから兄を捜して捜して、膝元に再び視線を落とす。


「兄さんは……兄さんは……兄さん、お帰りなさいですわ。今日もわたくしのためにあの人間にお一人で……感謝してもしきれませんわ。兄さんとわたくしの時間を妨げるあの人間、にんげんが……憎いですわ」


 夢と現の狭間に居る少女は瞳孔を開いて、夢にも現にもいない憎悪の相手に牙を剥く。


「にんげんが悪いですわ。そうですわ、にんげんが全部ぜんぶわるいですわ。にんげんが」


 アテラの訪問がきっかけだったのか、現実を直視せざる得なくなったのか心意は分からない。だが、乾いた灰色の双眸は、滴を流し始める。膝元の青年に流れ続ける雫が重なれば重なる程双眸は灰色を忘れ、赤みが増して瞳孔が縮こまる。


 払われた手に力を少し込めてから緩めて、その彼女の肩に優しく手を乗せて、


「グレーテル」


「にんげんが、にんげんがいるから」


「グレーテル聞いて」


「全て総てすべてにんげんが」


 瞳孔が開き眼前の青年さえも見失いそうになる少女。


「グレーテル……」


 赤一色の双眸に変貌し、牙が鋭くなり、二つに分けられた髪が逆立ち。アテラはそんな少女の頭を撫でて、


「ヘンゼルの瞳。赤かったのよ。真っ赤。私くらい赤かったの。その意味、グレーテルなら分かるわね?」


「…………」


「あなたたち兄妹、いいえ。大罪の担い手はその義務を果たさなくてはならない。それを怠ったことによる侵蝕があの時のヘンゼルには完全に蝕んでいたの。でも、それでもヘンゼルは侵蝕に抗った。そして立ち向かった」


 逆立った髪は静まりしなやかになり双眸は灰色に戻り、牙も徐々に引っ込む。


「それでは、なんで兄さん……」


「それはもちろん、あなたを守るため、そして、あの子を守るため。暴食の罪に溺れてもヘンゼルの意志は溺れなかった。だから、ヘンゼルの気持ち、少し分かってあげて?」


「なんで兄さん、人間は結局」


「裏切るわ、でもあの子は違う、違ったの」


「…………」


「それにきっとツルギとヘンゼルは、そうね……お友達になったから、かな」


「……おともだち」


「ええ。だからグレーテルも少しは人間のこと信じてもいいんじゃないかな。お兄さんはきっとグレーテルが誰かに牙を剥くことを望んでない。そう思うから。グレーテルは誰一人として人間を信じてこなかったの?」


「――あなたに、何が分かるって言うのです! 兄さんはもう……いない。その世界でわたくしは何を信じろと言うのですの! 兄さんが居ましたから、罪を抑制して生きてこられましたわ。兄さんが居ましたから、人間を喰らうことをせずに済みましたわ。兄さんが居ましたから、人間を信じる兄さんを信じてきましたわ。兄さんが信じることが出来ないこれから、誰を、どれを、何を……何も信じることは出来ませんわ。わたくしは兄さんを信じ、兄さんが信じている人間を信じていたわけではないのですわ」


 訴えかける灰色の双眸は涙を端に溜め込みアテラを睨み付ける。


「わたくしにもかつては親しい人間が居ましたわ。ですがわたくしを禁忌の兄妹とお分かりになった瞬間、掌を返して罵倒し蔑み疎んだ。彼女達になんの罪もありませんわ。あるとすれば、このわたくし。兄さんを愛し、人肉を喰らったわたくしですわ。……罪を課せられたわたくしに誰かを信じる事なんてどれほどに烏滸がましいのでしょう。罪滅ぼしですわ、全て一人で朽ちればよいのですわ」


「――――ッ!」


 無意識に肩に触れている手に力が籠る。少し強めに握るその手をもう片方で自身の膝まで落ち着かせて、俯きながらぼそりと声を漏らす。


「……罪と向き合い、罪を忘れず、罪と共に生き、罪を受け入れて……。罪は必ずして償うものではないの、共に進むことの大切さを……尊さを……知ってほしい……」


 両手を少女の膝元で寝ているかのような青年に向けて囁く。


「ヘンゼル。グレーテルと離れ離れにしちゃってごめんなさい。そしてありがとう。疲れたでしょ。ゆっくり休んで」


 刹那の光がアテラの掌から零れるとヘンゼルの額に沁み込んでいき何事もなかったかのように静寂が再び訪れる。


 こうして、アテラは到頭にしてその身に宿す魔力を空にしたのだった。


 グレーテルにはアテラの言葉が届いたのかは分からない。だが、確かにヘンゼルがその身に還ったことが分かったのか、グレーテルは大粒の涙を何粒も何粒も灰色の双眸から溢れ出し、膝元で眠る兄を見つめる。


「兄さん」


 その二人を真紅の瞳で優しく見つめた後、立ち上がって呟いた。


「あなたたち兄妹の愛が不幸であるのは私が許さない。……だから、少しだけ待っていて」


 その言葉を置き去りにアテラは二人に背を向けてその場を後にした。


「……いつもとお変わりのない兄さん。お帰りなさいですわ」


 少女の膝元で寝息一つ立てない青年は先刻と違って、少し微笑んでいて、少女はその笑みを見せる唇にそっと口づけをした。



 † † † † † † † † † † † †



 回想の時は終わり時は戻りエドアルト王国。

 朝を迎え二人と一霊はこれからの行動として先に潜伏している先人の元へ足を運んでいる最中。昼前だが王国は人々の通りが多く、馬車での移動をする商人たちも見かける。中には亜人も数名見られたりするが人々とおおらかに接しているところを見ると現行として王国在住の人や亜人は険悪な関係でないのが安堵出来る。

 移動中、自身の左耳朶に宿るイヤリングとなった精霊フンシーに精霊不在の際の一連の流れを説明を終えた。


 ――ともあれ、あの子たちが同行していない理由は分かったよ。グレーテルを同行させることはヘンゼルと離れさせることだもんね。


 ――今のあの子には荷が重いのは事実だから。


 少女は兄なしには今は生きることは出来ないだろう。無理に連れ出しても結果はいいものでないのは明白。時間が解決することと二人への暴挙を働いた元凶を排除することがアテラの出来る精一杯の最善であるのが事実。


 ――それで私の話はお終い。……フンシーも話してくれるわよね? 不在だった理由。空間移動したってことはあの時アリスメル村にまだ居たってことでしょ。どうして。


 精霊は少し間を空けてから溜息じみた声を漏らした。


 ――ん。……それはね。


 ――それは?


 ――……眠りこけていた。ってことさ。


 納得のいかない答えは真実を探ろうとする焦燥感が喉に刺さる。精霊の発言への疑心を意思として送りつける前に精霊は無理に話題をすり替える。


 ――おっと、マモンが裏路地に入って行ったよ。置いてかれないようにしなくちゃね。


 意識を意思から剥がして視界を見渡せると、先陣を切っていたマモンが露店の並ぶ脇道から手を振っている。


「おーい、置いてくぞ。時間は有限。有効的に活用する。それこそ男の本能!」


「あ、待って。よくは分からないけれどその意気込みはいいことよ。この先でいいのよね?」


「疑問はいらないな。俺様の進む先ことが真なる答えなのだから。な!」


「はいはい。じゃあ行きましょう。王国議会は五日後。おちおちしていられないもの」


「俺様の天命の頭脳が数多の策略を鑑みる時が来た。な!」


「天命って……。脳が寿命尽きる前に考えないとね」


「何を言っている。俺様の頭脳は永久不滅。往生の果てはだかる壁を薙ぎ倒させてもらうとする」


「往生じゃ亡くなってしまっているのだけれど」


 最早生きているのか分からなくなってしまったマモンの頭脳のことは口先だけに出して一旦置いておくとして。いつもの戯言を吐くマモンを追い越して暗い裏路地へ入り込む。


 エドアルト王国の暴挙を、エドアルト王国を改変させるために進む。


 ――正しく動いているのなら、アリスも明日にはここに来るはず。アリスの従者なくしては今回の案は難儀だもの。アリス、どうにか道中気を付けて。


 胸の中で思い描く未来への道筋を強く願うアテラ。その意思を読んでしまう精霊は一人で声を噤んだまま思う。


 ――アテラ、君の描く未来とは少し外れた世界にしてしまったボクを許しておくれ。アリスはツルギに同行する。故にエドアルト王国を訪れるのはいくらか先になってしまうからね。





あとがきコーナー10


ア「こんにちわ。アテラです」

ツ「どうもどうも。久しぶりの登場のアテラさん、二話に渡り結構な出番でしたな」

ア「そうね。もちろんこの物語のヒロインとしてはここから登場しまくっちゃうんだから」

ツ「張り切ってるな。……フラグ立たせまくりなんだけどね」

ア「? なにか言った?」

ツ「いんや、なんも。作中でもアテラにさっさと合流しないとな。紹介してない人いるし」

ア「そうなの? 二章も19話になったしその時になるのも時間の問題、よね」

ツ「……またしてもフラグを」

ア「その、ふらぐって食べ物? 立てるって言うのなら建物なのかしら」

ツ「そんな気にしなくてもいいぞ。独り言だから」

ア「もう! 折角のコーナーなのに独り言なんて!」

ツ「まあまあ。ともあれさ、お便りがあるんだ。ジャジャーン」

ア「あ、本当に来たんだ」

ツ「なんともむなしいことを言ってくれるヒロインだことで」

ア「それよりそれより、早く内容を聞かせて?」

ツ「あーどれどれ」

ア「ふむふむ」

ツ「最近読み始めました。アテラさんに質問です」

ア「ありがとうございまーす。なんでしょうか?」

ツ「イラストなどのイメージが出来ない現状なので尋ねたいのですが」

ア「はいはいどうしましたか?」

ツ「スリーサイズ……を、教えてください。ってさ」

ア「すりーさいず?」

ツ「意味も分からないアテラさんでした。以上第10回あとがきコーナーでした。定番な質問ありがとうございます」

ア「うーん。よく分からないけれど、ありがとうございました!」

ツ・ア「またね~」

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