第二章12 『未来の話』
この先、未来、爾今。ウァサゴはどこまで知り今までにどれだけのその道筋を辿ったのだろうか。
この世界への異邦人、日柳剣が召喚され送喚され、再び異世界を訪れる。それさえも見えていたと今では思える。そしてそれはこの先の未来に関しても……。
この場にアリスの性格上いないのは置いておくとしても、精霊の姿がないこと。精霊は案内をせずに姿を眩ました。アリスの従者と思われる帽子屋が案内をした辺りを考えても精霊がツルギたちの傍に居る必要がない。または不要な存在と見据えていたのか。精霊にしてもアリスにしても疑問は残るが今は悠長なことは考えてはいられない。
なぜなら、
「……おいおいばあさん。異世界戻ってきて早々そんなこと言われても」
「…………」
「まあ、どうせそうゆう系統とは思ってたっちゃ思ってたけど実際聞くと溜息が出ちまうな……はぁ」
「思ってたことは思ってたんだ。でもその顔見ると想定内って感じなの?」
「まあな。ぶっちゃけこの世界の終焉に遭遇レベルまで考えてた。それに比べれば……だけど」
喉を鳴らして生唾を呑み込み潤いを与えようとするカガミ。ツルギも喉の渇きを感じていた。それを無視して現実の未来の話が零れる。
「……この大陸が破滅するって現実味有り過ぎるだろ」
過去のこの地域一帯を魔族や魔獣、魔王軍と称するべきか。魔王軍が押し寄せその際、その先の過去の話は知っている。その時は旧国王が辞任することで事態の悪化は免れた。だが、今回ウァサゴが見据えた未来は破滅だ。そして今までウァサゴが見据えた未来は少なからずその道筋を辿って過去を刻んできた。ならば未来預言に対して抗い整合させるのは不可能になる。
だが、
「ばあさん。それだけじゃねぇんだろ?」
「……それだけじゃないって?」
噤む口を開かせないウァサゴを確認してからカガミが疑問を投げかける。賢いのに鋭い時の勘は恐ろしいのに、どうして単純なことに気付かないのか。昔からの疑問が喉先に出かかるのを呑み干して答える。
「そりゃ、これからこの世界は破滅しますですー残念でしたねー。ってそんな可愛い面してねぇだろ」
「それは別に可愛くないけどぉ……寧ろ物騒なくらいだよぉ……」
「ともあれさ、俺たちに破滅する未来伝えて、未来は変えられないって、そんな酷な話をするために話してるわけじゃねぇ。それなら伝えない方がいくらかマシだ。抜け道くらいある。だから俺たちに話した。そうだろ、ばあさん」
危惧を呑み砕き瞳に闘志を燃やさせる。一変したツルギを黄金の双眸が薄らと見つめて閉じて口を開く。
「……説明しても説明しても理解が遅い、脳が足りん小僧かと思っとったが……見当違いのようじゃな。なんじゃ主ら、軽い説明で理解出来よう娘は勘が鈍うて、説明してもなお理解に及ばぬ小僧は鋭すぎる勘を携えておる」
「ばあさんは俺がこの先も鋭い勘を活かせると思うか?」
「……むぅ。どうじゃろうな」
その答えを聞いて一つの疑問が解消される。思想を表へ出すまいと表情を殺して口元に力が籠る。
「そっか。ま、それはいいとして。ばあさんの反応からして抜け道はあるんだな」
「……抜け道とはちと違うのじゃが、あるの。根底の因果が和らぐのは必至」
因果、運命を宿命を定められたもの。現在が逝くつく未来の果て。
「世界が因果を結ぶのは、誰かが未来を知る……とはまた違うかの。未来を見ることで結ばれるかの。それは儂が見据えた未来であっても同義。故に儂が見据えた預言は世界が因果を収束させよう。それについては先にも説明をしたな?」
ツルギもカガミも口を噤み顔を上下に頷かせるとウァサゴが続ける。
「そして、儂が主らに言葉を授ければ恐らく早くて七の日、遅くても十の日で命の灯は尽きよう。つまり……分かろう?」
口を噤んだままのツルギ。彼の悲痛な表情を傍らで見守るカガミが「ツルギ」とだけ彼の名を囁く。
見据えることで収束してしまう因果。誰かから聞かされた預言は、一つの可能性である未来を知るだけである。
未来は誰かが見てしまえば世界がその未来を肯定、因果で縛りつける。だが、その因果の抜け道がある。そしてウァサゴは言った。自身の命の余命を。それはつまり、
「……ばあさんが死ぬことによって、未来を見たものがいなくなったことによって、因果がなくなる。そうゆうことか」
「戯けではあるが察しも時にはよい。その辺り感心してもよいかの」
「ばあさんが見た未来ってのは破滅するだけ……か?」
「これまた察しが良いの……」
「ばあさんはどこまでの未来を見れるんだ? 全てを見据えられるなら破滅を回避手掛かりにも」
「残念ながら、見るための、預言を授かるための魔力なぞ枯れ果てておってな。大陸の破滅はこの大地がこの世界が強制的に授けてきた他ならぬ。今まで強欲に見過ぎた罰が下ったのかもしれぬな」
「そうか。なら、任せとけ、異世界召喚された俺の真なる力でどうにかしてやらぁ。だからさ」
老成したものを敬い尊い慈しみを持って接しよう。そう少年は懇願し自信あり気に歯を見せつけながら親指を立ててポージング。
「気にしねぇでとっとと寝てろ」
端から聞けば敬っているのか疑問なところ。だがウァサゴは、
「優しさが身に沁みるの。あと百歳でも若ければ婿にしとうかったの」
それこその戯言を苦笑いで返して兎にも角にも今すぐは出来なくても明日からの行動として猶予はない。と考えていれば重要なことを聞いていなかった。
「ところで預言はいつのことなんだ?」
ウァサゴは言った。
預言があった未来はそれまでにその預言通りのことが起きても時間が前倒しにならず再び預言の時刻で預言の事柄が起きる、と。先送りになったとしてもそれは微妙な誤差の範囲でもある、と。
緩やかに微笑んでいたウァサゴはしかめ面に変わり口が再び重くなる。
「……まじで猶予ねぇ感じか」
ウァサゴは無言で唸るのみ。今まで大人しくなっていた少女が口を割った。
「ツルギ、ツルギが異世界を、この世界を救いたいって気持ちはすっごく分かるよ。でも、でもでも大陸を破滅させるほどのことに立ち向かえるの……」
「……それは」
「私怖いよ。ツルギがやっぱりいなくなっちゃうんじゃないか、って」
「……カガミ」
「大陸がとかそんなの知らない。ツルギに生きててほしい。わがままなの分かってる。でも、それでもっ――」
横へ顔を向けることなくツルギは掌をカガミの眼前に突出し言葉を妨げる。
きっと彼女の瞳には大粒の涙が溜まっていることだろう。だが彼女の気持ちを超えても行かなくてはならない。
「――ばあさん。俺、ぶっちゃけ大陸破滅とか興味ねぇんだ」
「なんじゃと!?」
「まあ焦んな。俺は大陸破滅も世界崩壊もぶっちゃけどうでもいい。勝手に潰れてろってな。だけどそこに住む人々が泣いて悲しんで。それにみんなから蔑まれやっと落ち着いた家に住めた奴らとか、見知らぬ異邦人を泊めてくれる人とか、外で寝てれば不器用な優しさで風邪ひかねぇようにってするぶっきらぼうとか、そんなやつらが苦労はあっても健康に生きれねぇと困る。だから俺は今回の件をどうにかしたいってそう思う。それに――」
アリスメル村の人々とは深い関わりをしたことはない。だがあの日ツルギに向けられた視線は、住民として受け入れていた。勘違いでもどうでもいい。だがツルギはそう受け入れられたことが、鳥肌が立つほど嬉しく思った。ふと現世のクラスメイト、特にあいつらの面が脳裏を過ぎる。
ヘンゼルとグレーテル。彼らは禁忌の兄妹と蔑まれ疎まれ、ようやく二人で静かに暮らせる隠れ家を与えてもらった。今ヘンゼルがどういった状況なのか最悪な想像が心中をざわつかせるが、仮に最悪な状況になっていたとしても彼の眠る場所はあの隠れ家でないとならない。それはツルギの自己満足だろうがそれでも友として彼の家を守りたい。
ふと異世界召喚されたツルギを親切に仮宿として泊めてくれた恩人シンシア。森の結界騒動の時に一番冷静にさせ俺のすべきことを指してくれた。その彼女も住民と同じく悲しむのだろう。
アリス。彼女への恩は明確にはなっていない。トランプ兵の壁も帽子屋も彼女の差し金なのかはっきりしていない。だが、十中八九アリスが気を回した結果だろう。冷静で冷酷で、だがどこか熱血な気がする。異世界二日目にアリスが忙しないと聞いた。それは彼女が気配りをしている辺りのことかもしれない。
それに――――。
「……どうかしたの、ツルギ……?」
涙を拭い切ったカガミが覗き込むが少年の瞳には映らない。そして少年の口がぱくぱくと開いて閉じてを繰り返す。
「……ぁ。……あ、……ア、……ッ」
下唇を強く噛み、非常に異常に非情に悲痛の表情を露わにする。瞳は細まりまるで睨み付けるように、手元に視線を送れば爪を立てて握り拳を握っている。
「……ツルギ」
触れて安堵を与えたい。触れて彼の辛さを肌を伝って分けてほしい。触れたい。
その願望は自制心で抑制され願った本人が叶えない。叶わせない。
悲痛な表情を噛み殺して苦痛を呑み干して苦悩に背を向ける。
「……わりぃ。ちと取り乱した。んで」
瞳を一度閉じて澄んだ瞳をウァサゴに向けた。
「そうゆうわけで俺的には大陸とかどうでもいい。でもこの地で関わった人々が悲しむならそれをその原因を排除する。だからカガミ、お前の気持ちは嬉しいし尊重したいけど」
わざとらしく溜息を溢してどこか満足気のある表情を浮かべてカガミは胸を張る。
「ツルギが異世界に来た理由。分かってたのに私ツルギの気持ち尊重出来てなかった。しっかり救ってね。この世界も、村の人たちも、ツルギの大切に想う人を」
「事が起こるのは明日を含めた十の日。時刻は不明じゃな。どれ、儂は日本の言葉は話せるがこちら、陰日向の地の言葉は疎いからの。質問があろうなら今の内じゃ」
割って入ったウァサゴは口を曲線にさせて机に肘を付き頬を預け、もう片方の手で机を軽く叩く。
「こっちの言葉疎いからってフンシーやアリスには大陸の危機なんで話さねぇんだ。助っ人は未来に立ち向かう人数多ければ多いほどいいだろ?」
「それは違うの。未来を認知するものが多ければ多いほど世界もまたそれを肯定で固め、因果は一筋になってしまうかの」
「んじゃ――」
と言いかけた刹那にウァサゴは割り込む。
「主ら以外に預言が広まれば見据えた儂が死のうことになりても世界は因果を放さなくなってしもう。……そう不安がることはありはせん。どれ、他はどうじゃ?」
そう、不安なんてない。未来は自分で開くものなのだから。
最期の預言でもしようと言うことなのだろう。ならば、
「質問とかじゃねぇが預言者ウァサゴ。口にしてほしいことがある。未来は見なくていい、分かり切ってるからな」
ツルギの不敵な笑みを薄らと黄金の瞳を片目開いて光を躍らせて待つ。
「カガミも、アリスも、シンシアも、グレーテルも、アリスメル村の人たちも、アガ爺も、ばあさん、あんたも含めて、寿命以外で死なない。全て丸く納まってハッピーエンドだ。そう預言者ウァサゴとして、口にしてくれ」
「ふん。そんなことをして何になるか」
「何にもならねぇ。でも預言者の口から言葉にされたことってなんつーか。そうだな、まじない的な雰囲気あんじゃん?」
「ふ、ふふ。あっはっは! これは参った。よいの!」
その答えにツルギは肩の力が少し抜けるが抜けた瞬間に「じゃが」と付け足される。
「なんだなんだ、糠喜びか? 上げて落とす戦法か!?」
「違わい。一つ対価と言う程ではありはせんが、儂からの頼みごとを言い付かってはくれぬか?」
「寿命よこせとかは勘弁」
「戯け小僧! と言っても本調子が戻っとるの。よきよき。それでの。頼みごとなんじゃが、ツルギよ。隣村のロトリア村は存じておるか?」
「まあな」
アリスメル村からヘンゼルとグレーテルの隠れ家のその先にある隣の村。前回の異世界召喚の時にそれとなく聞いてはいるが詳しいことは分かってはいない。
「うむ。そこに住まう儂の孫娘にどうかこの村には来んように申し立て頼みたいのじゃが、どうじゃ?」
「はっ。そんなこと容易い。承ったぜばあさん」
「感謝するぞツルギよ。……それとなあ」
「なんだ欲張りだな。一つの要望に対して二つの要望とはこいつぁ問屋が卸させねぇかもしれねぇぞ」
「ん、日本男児たるものそれは、情けないの……と言うてもお主の要件は、そこのカガミに、グレーテル、アリス、シンシア、アリスメル村の住民と。数で比較すれば差もあり難」
「わぁーった。わあーったよ。んでなんだばあさん?」
口籠る老婆はどこか乙女染みて見える。
口を小さく窄めて開かれない瞳の片方に何度か力を込める。
パチパチ。
――なんだ?
パチパチパチ。
――だからなんだ?
…………バチーン!
――ウインクか!?
老婆からの急な好意に思わず可愛らしく思ってしまう。幻覚を疑っていると、視線を逸らしてウァサゴは続けた。
「……わ、儂と契約を。結んではくれぬか?」
ツルギは考えることもせずにすっと返答を返した。それは心の叫びかプライドの問題かは分からない。だが迷うことも戸惑うこともしなかった。
「それは出来ねぇ」
なぜ出来ないのかは分からない。でも契約をするのはウァサゴではないと言うのははっきりと魂が自覚していた。年齢や容姿でもない、だが一つ分かるのは契約をするのはたった一人の契約相手、容姿も声も名前すら知らない誰かでなければいけない。そう、魂が叫んだのだ。
その答えをすでに見て知っていたかのように嘆息を吐き「じゃろうな」と呟いた。その二人のやり取りを眺めていただけと思っていたカガミが声を張る。
「あ! あの! えっと。あのあの」
口の中で声と言いたいことと考えが籠るカガミ。窮屈な苦しさを呑み砕き決心を口から声にする。
「……わ、私でよければ、その、契約の相手になりましょうか……?」
謙虚な少女に向かって双眸は開いてはいないが驚愕の表情は読める。老婆はどこか満足気に肩を揺すって、
「カガミ、と言ったな。よいのか?」
「ウァサゴさん悪い人じゃなさそうですし、多分ツルギのために、この村のためにもだと思ったんです。だから内容はどうあれウァサゴさんと契約するのは嫌じゃないので……それに契約とかゲームとかアニメっぽくてすごいすごいし」
ゲーム、アニメ好きからしたら異世界は憧れでましてや契約ともなればお願いしたいほどなのは否めない。
「ツルギ、主はこんなにも良い娘が傍らに居って幸せじゃの。……カガミよ、契約する上で内容を話さずに行うのは禁忌である。故にしばし説明を請うの」
一度顔を頷かせるとウァサゴは柔らかく微笑むと「どれ」と前置きをして話し始める。