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異世界召喚されたのは御伽世界  作者: 樹慈
第一章 【召喚・送喚】
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プロローグ 『暗闇の先へ』



 外からの陽の光が障子を伝って道場の中を照らしている。その光は艶やかな床に反射して本来の光の道筋を無視して四方八方に散りばめる。時間の感覚を無くしてしまいそうな空間。そして時間を切り取った空間が一つ。

 道場の中央に凛と背筋を正して正座をする道着姿の青年、日柳クサナギツルギ。正装の彼は一見容姿端麗に見えるだろうが、本来その整いかけた顔立ちは良くも悪くもなく普通という言葉が相応しい。


「――やっぱかっこいいな」


 その切り取られた空間を一心に瞳に焼き付ける少女がそっと小さく呟く。

 胸がキュッと締め付けられ頬は紅潮している。胸の高鳴りを急かすように落ち着かせるように手を胸元に置きながら彼女の想いを再認識する。


「……ってじゃなくて、つるぎー! そろそろ時間だよー」


 甲高い透き通る声は道場に響き渡り反響すらして余韻を残した。だが、その声はツルギに届かずにいた。切り取られた空間で彼はひたすらに精神を研ぎ澄ましている。

 そんなことはお構いなしと少しばかり音を立てて歩み寄った。彼女は寝ていると錯覚してしまう程に無表情な彼の眼前まで近付きそっと口元を緩めた。


 ――まったく、こんなに近くにいても気付かないなんて。き、キス……しちゃ。

 なんて恋愛青春物には付き物だ。でもそんな風船みたいに軽い子なんて存在しません。


 笑みを一つ浮かべてはムッと瞬間的に変貌させ、時間が止まった彼の額に優しくただ触れるくらいに中指で攻撃をする。

 一般人凡人ならば何の変哲もない攻撃、接触。その攻撃を受けた彼もそれに等しく背筋は未だ凛としたままだ。先刻の無反応からして誰しもがそれもなお反応しない。そう思うだろう。

 彼は瞼を上げて黒い瞳をジト目で彼女に見せた。それに満足したのか彼女は満面の笑みを悪戯に溢してくるりくるりと二回転しながら彼から少し距離を取る。

 その行動を瞳に入れて鬱陶しく口をへの字に曲げる。その瞳の周り、眼球の白部分はすでに赤く染まっている。


 説明をすれば産まれ持ったアレルギーだ。女性に触れることで身体に反応が出てしまう。今回の軽い接触でこれ様だ。接触する表面積が広ければ広いほど、時間が長ければ長いほど酷く反応は必至。過去にはそれで嘔吐したこともある程だ。

 別にツルギ自身が女性を嫌っている訳ではないし、幼い頃に居なくなった母親の温もりを知らないツルギ。

 そんな彼に徐々に慣れていけばいいな。と、優しく訓練と勝手に強引に今回のような接触をしてくれる彼女、ツルギの幼馴染、唯一の友人であり、ツルギに接触してくる拷問官と言っていい。


「なんなんだよ。ったく」


「なんだかんだと聞かれたら答えよー。そろそろ時間だよ?」


「学校なんて行かねぇって何度も……」


「……んー。学校も一緒に行きたいよ。でも、今日は日曜日だし。それに、私は今のこの関係も満足してるから全然問題ないのだー」


 親指をピンと立ててツルギに向けて突き出す。悪戯の満面の笑みは未だ小悪魔みたく笑みをより一層作った。

 彼女の優しさにいつまでも甘えたくない。一方的に頑張らせたくない。

 ――ならどうする?


 学校に向かわない足。本気で誠意を向けられない竹刀。触れられない手、触れさせたい存在。誰しもが出来るであろうことすら彼は出来なのだ。

 ――出来ないで終わりか?


 ただツルギはアレルギー反応が出る。それだけの自身が課せられた呪縛。周囲に害はない。

 ――なら、触れない。逃げる。それだけ……。


 それは、違うよな。

 目の前の幼馴染、矢田野ヤタノカガミ。カガミの突き出されただけの親指の立った小さな拳。カガミ自身それ以上もそれ以下の意味も期待もない。自分がそうしたいからしているただそれだけ。

 それで終わりだ。今までは、


 已然表情を崩さないカガミ。そして、時は満ちた。満足したのだ。

 カガミは、すっとゆっくりと突き出した手を引き戻そうと微動した。力強く反り返った親指の力を抜き始め、拳にすら先刻の意気込みを失くした。

 瞳はすでに足元に移され床と伸ばした腕が撓む最中。瞳に映った光景は神々しく輝く陽の光の反射。何もないと分かりきった何の期待もしなくなって諦めた腕がそれを邪魔した。


 ――その時。力強く加減を知らない勢いでそれは来た。諦めた手に触れる温かな感覚。人肌と言う名の癒しと緊張と確かにある愉悦。

 瞼を一層開け視界に入るのは元々諦めていた腕。それにしっかりと突き当てられた確かにそこにある恍惚の原因。数秒の時間が経っただろう。すでに触れられたそれは少しばかり赤く染まりかけ赤い斑点が浮かび上がっていた。


 ツルギは充血し切った眼を細めてカガミから視線を大げさに外し首ごと横っ面を拝ませる。額は先刻の攻撃のダメージで赤くはっきりとした模様が浮かび、頬はアレルギーなのか紅潮している。

 ツルギの方から接触しようとしてきたのは出逢ってからの十年一度もなかった。だから分からない。ツルギからした行為がどれ程身体に反応を起こすかと言うこと。触れていない部分も赤く染まるのかも。


「――あれだ、デコピンのお返しだ」


 その触れる時間は数えれば十秒に満たない数秒間。だが、彼女はその時間が長くかけがえのない初めての瞬間、至福の時と実感する。

 と、カガミは愛おしく和み惜しく分かれ離れになる恋人が一秒でも相手を見ていたい触れていたいその瞬間に似たように感じて元あるべき自身の定位置へ戻した。


「……は、ははは。いやぁ~、あれだもんね。一発は一発だもんね。文句ないよ、どんなに強くても痛くても文句ないよ」


「い、痛かったのか。悪い……」


 カガミは、ぶんぶんと溺れそうな鴨のように腕から手を振って「全然いいよ!」と、それにそれに。とぶつぶつ呟きループ。顔は全面赤く紅潮してまるで熟したトマトのようだ。


「ご、ごめん……」


 一人で赤くぶんぶんとしていれば、何を思ったのかツルギは頬の赤みが消え視線を自身のカガミに触れた赤く染まった斑点の浮かび上がった拳に落としていた。


 加減なんて都合じゃない。焦りと、今まで怠けた虚飾からのやりようのないやり方。やり方のわからない結果。結果の産んだ罪悪。

 自分が一歩を踏み出してもこうして傷を付ける。相手にも自分にも。男である自分ですらジリジリと痛みが伝わる。女の子の彼女は余計痛みを伴っただろう。自分の仕出かした罪の意識に今後の気持ちを固める。


 ――もう、望まない。


 変わろうとした結果の末路。それこそ今まで怠惰に過ごした時間よりも深い罪。結局ツルギには、『虚飾』という言葉がお似合いなのだろう。最低限のことをして流れるままに生き死ぬ。それで構わない。


 ――再び訪れたそれにツルギは動揺を隠せなかった。


 額に先刻よりも確かな打撃。痛みは伴うことはない。だが、精一杯の力での打撃攻撃だと言うことは分かる。

 視線の先には振るえる攻撃後の手。力を入れた手の逆の手は他人が見ても分かるほどに強く拳を作っていた。

 瞳を細め眼を潤すそれは重力に負けじとそこに残り続ける。


「……ツルギ。いっぱつは、いっぱつ。だよ……。じゃ、じゃあはやく、きてねっ」


 そして、瞬間的に引っ込められた手を抱き寄せてカガミは笑って、別れを告げる。

 くるりと半回転をして出入り口に駆けては、姿を隠した。カガミの居たそこには重力に勝ったが、遠心力に負けた雫が三滴残っている。


 ツルギは立ち上がり神棚の下に道場で唯一の存在を放つ日本刀を手に取り再び中央に戻る。

 深呼吸を一拍しては、刀を鞘からスッと半身刃を覗かせ収め直す。


 そして、再び息と整え始め、瞳を世界から眼の裏側にのみ向けさせる。あるのは神々しい陽の光の余韻での黒になりき切らない黒。


 そして、再び。息を肺一杯吸い込み。無心で鞘を握り。吸った空気を全て吐き出した。


 ――そして、暗い黒のみになる。





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