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あなたのそばにある道具  作者: blanker
夢半ばの万年筆
6/7

6話・プライドと褒め言葉について

今回かなり長いです。

あと、タイトルのように二話分あります。


「ちょっと、聞いていい?」

ノートPCの前に座り、万年筆が書いた小説を読んで、問う。

すると、返事の声の代わりにPCの横に、原稿用紙の裏面が浮かんできた。

『 なんだ?夢原むはら 』

さすがに三日も経てば、万年筆が宙に浮かびながら字を書いたり、原稿用紙がひらりと浮くことにも慣れ、このように違和感なく、会話……というより筆談できるようになった。

「いや、『慧太けいたは大人達の会話を尻目に、おとなしく椅子に座っている』って文があるけど、これどんな意図があるんだ?」

今、僕は昨日できた二章の原稿を、ノートPCに写し取っている。

僕はこの作品の原案者ではないので、わからない・おかしいと感じた描写を万年筆に聞きながら、作品を映しているのだが、おもったより疲れる作業だった。

聞いたことを元に、それをどのように感じたのかを、感情をいれて書かなければいけない。

自分の作品では、心情描写は半ば無意識で書いているから簡単かな、と思ったがとんでもなかった。

『 まあ、トリックの伏線を少し強調するように書いただけだ 』

「そうじゃなくて、この描写を賢一けんいちはどう感じた、を聞いているだよ」

一旦原稿用紙が下がって、また浮いてくる。

『 いや、そこまで考えてないが? 』

そう、一つ一つの描写の裏にある感情を、万年筆は考えていないのだ。

一人で書いていた時は、〈誰々は何々をこう感じているな〉と自然に考えていたから、悩まずにすらすらと感情描写が出てきていた。

しかし、原案者がそれを考えていないとすると、自分で作り出すしかない。

書いた本人もわからない感情を、そもそもなぜこの描写があるのかわからない自分が作るのだ。

正直、自分で納得できるような心情描写を書くのは、かなり難しかった。

「はぁ、ここもか……」

嘆くように、両手を頭に当てる。一つわからない箇所があるたびにこの調子だ。

『 そこまで辛かったら、無理して書かなくてもいいんだぜ? 』

「あー、うん。大丈夫大丈夫。問題ない」

『 いや、明らかに大丈夫な声音じゃねえ 』

たしかに、この心情描写を付け足す作業は、かなり難しくて疲れる。

だからといって、自分の得意分野である「感情表現」で手を抜きたくないし、最高の文章で表現したい。

これは、自分ができることへのプライド。

少なくとも、小説のかなりの部分を万年筆に任せているのだ。

それをもっと良い小説にしたいから、僕は万年筆を手伝っている。

改めて、このことを自覚する。

「……大丈夫だ。直せる」

自分に言い聞かせるように、宣言した。

しばらくの静寂。

そして、カリカリと文字を書く音が少しだけ聞こえ、

『 だったら、任せた 』

そう書かれた原稿用紙が、目の前に浮かぶのが見えた。





それからさらに三日後の、午後4時。

僕は、「全ボツ」と里美さとみさんに三度みたび言われたカフェの一角に座っていた。

外出用の恰好で、胸ポケットにはあの万年筆が入っていて、カフェの机には、万年筆が書いた小説の一章が置かれてある。

「あぁ、心配だ……」

あまりに不安が大きすぎて、口から心の声が漏れるのが聞こえた。。

幾度も推敲し出来栄えを確かめたが、それでもなお不安は残っている。

もしかしたら今回もだめかもしれない。これで最後かもしれない。

そんな言葉が、次々と浮かんでくる。

その時、右手が押さえつけられるように動き、かってに胸ポケットにある万年筆を握った。

「うわっ」

そのまま強引に机の上の原稿用紙の束が丸ごとめくられ、一番下の裏面にペン先がつけられる。

手が原稿用紙の上を滑った。

『 大丈夫 』

ただ、それだけ書き残されると、押さえつけられていた感じが無くなる。

「……」

そのまま字の横に、今度は自分の意志で書く。

『 ありがとう、落ち着いた 』

顔を小さく縦に動かす。

原稿用紙の束を元に戻し、胸ポケットに万年筆をしまうと、ちょうど里美さんがやってきた。

僕の前の椅子に腰かけ、しっかりとこちらに目線を向ける。

「さて、こんにちは夢原さん」

「こんにちは、里美さん」

お互いに挨拶をした直後、短刀直入に聞かれた。

「で、新作はどうなったの?」

無言で机の上の原稿用紙の束を差し出す。

「ん、自信がある目じゃない」

目線が合い、そういわれる。

そうだ。今回は自信がある。

〈自分を信じる〉だけじゃなくて、〈相手を信じる〉もあるけど。

「さて、と」

里美さんの目つきが真剣になる。

僕は静かに読み終わるのを待つ。



今までこの時間は、期待と不安が入り混じった感情で目をつぶっていたけど、今回は祈りを込めて目をつぶる。

万年筆と出会ってこの一週間。自分ができることを頑張った。

必死にいろんな文章を考えた。もっとよく伝わる言い回しを見つけようと躍起になった。

難しくて苦しかったけど、それと同じぐらい楽しく書けた。

最低でも、最高の出来を目指すことをやった。

だから……



「……夢原さん」

暗闇の世界から、急に呼ばれる声が聞こえた。

「はっ、はい!」

びっくりして裏声になる。

周りを見ると、人がいない。

どうやら自分たち以外は帰っていったようだ。

いや、今それはどうでもいい。

小説はどうなったのか。

目の前の里美さんは、震えながら声を出す。

「夢原さん。この推理小説……」

おもわず息をのむ。


次の瞬間、告げられた言葉は。

「ものすごくおもしろかったです!!」

これまでの人生で一番うれしい、褒め言葉だった。



まだ終わりじゃないよ?

まだもうちょっとだけ続くんじゃ。

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