5話・「二人で一つ」について
ほとんど回想・説明回です。
瞼が閉じられ、黒で埋め尽くされていた視界が急に橙色に明るくなる。
「……ん?」
もう朝か。少し寝たりないんだけど……
しぶしぶ体を起こしつつ、ベットの隣にある机の上の時計に目を向ける。
その時計には、デジタル数字で〈6:30〉と表記されていた。
本来ならまだ爆睡しており、いつもの起床時間まで一時間もある。
「あれ?」
もしや時計が壊れたか?まだ買って3か月だったはずなんだけど……
まあいい、もうちょっと寝て居よう。そう思い、再び布団に戻ろうとした直後。
力ずくで押し付けるかのように、原稿用紙が顔に飛び込んできた。
「ぶふぉっ!」
顔がふさがり、口に空気が入ってこなくなる。
むせかえりながらも、右手で紙を掴み払った。
掴んだその紙には……
『 早く起きろ! 』
乱雑に書きなぐったような文字が、そこにあった。
三日前
『 俺に推理小説を、書かせてくれないか 』
人格〈人?〉を持つ謎の万年筆にそう頼まれた僕は、とりあえず「まずは最初の一章を書いてみてくれ」と頼んだ。
ネタもトリックも推理小説の才能も今は全くない僕だが、実は推理小説の読書歴はかなりある。
それこそあの作家の小説を読んでからだから、小学三年生から二十二歳現在に至るまでの15年間、推理小説を読んでいることになるだろう。
そのため、少なくとも普通の読者よりは見る目があると思う僕が、自分の目で〈読んで〉判断しようと思ったのだ。
万年筆はこの提案を聞いた後、『 もう受ける気になったんだな。任せとけ! 』
と書いた後、まるで意気揚々としているように原稿用紙にペン先を滑らせていった。
その翌日、万年筆から手〈あるのか?〉渡された、1センチぐらいの厚さがある原稿用紙の束に書かれていた、まだ一章しかない物語は、かなり出来が良かった。
序盤の展開、十人以上の登場人物の紹介の仕方、主人公の推理の見せ方、そしてトリックの難解さなどの技術がかなり高く、正直もう採用してもいいぐらいだった。
特にトリックの難易度が素晴らしく難解で、主人公の推理力を見せつける小さな事件のトリックですら、一つ推理小説ができるレベルなのだ。
これには、もう感激といってもいいほどの推理小説だった。(まだ一章しかないが)
しかし、二つ問題があった。
一つ目は、その量が多すぎること。
一章で100ページ越えなのだ。全部の章がある本になったら、一体どれぐらいのページがある本になるというのだ。
少なくとも、半分は減らさないといけないと思う。
まあ、それは削ればいいだけだ。
問題は二つ目なのだ。あまりにも心情描写がなさすぎる。
トリックやその他の技術は確かにすごいが、〈登場人物の心の声〉だけはあまりにも稚拙だった。
僕は読みながら頭の中で、心情描写を補完しながら読んでいたが、普通の読者だったら何を考えているのかさっぱりだろう。
万年筆に聞いてみれば、『 俺は正直人の考えていることがよくわからない 』と書かれた。
たぶん、あまり人に触れていないから、どんなことを考えているのかを見る機会がなかったのだろう。
そして、この二つの問題を解決するため、僕は万年筆にこう提案した。
「君が書いた小説の心情描写、削りは僕がやろうか」と。
万年筆は特に迷うことなくこれをOKした。
けっこう悩むかなと思ったので聞いてみたところ、
『 お前の書いた推理小説を読ませてもらったけど 心情描写はかなり良かった 人の心があまりわからない俺にも伝わるような文章だった だから任せよう 』
嬉しかった。
そんなに人に褒められたことがないからかもしれないが、そうだとしても単純に嬉しかった。
『 まあ、トリックは最悪だったけどな 』
「それは自覚しているけど……」
こんな指摘をされても、褒められた余韻は消えなかった。
全く……普段どんだけ褒められてないんだ僕は……。
だからこそ、この言葉は僕の心にとても深くしみ込んでいた。
「……わかった。推理はお前、小説は僕が書こう」
『 OK 』
自然に出たこぶしと万年筆の持ち手の部分が、こつんとぶつかる。
こうして、二人で一つの作品を執筆する日々が……始まった。
前半の続きは次回です。