三話・万年筆について
万年筆って作家の道具っぽいよね
ちなみに作者は、いつも何かを書くときはシャーペンです。
あの雑貨屋を出て、僕は近くの書店で原稿用紙を買ったあと、夕食を買って帰宅した。
いつもはPCのワープロで書いているが、たまには手書きをやってみようということで、主人からおすすめされた万年筆を購入した。値段はあまり高くはなかったし、けっこういい買い物だったと思う。
この万年筆を買ったのは、まあちょっとした気分転換だ。
正直、PCか手書きかで作品の質はそこまで変わらないと思う。手書きの方がPCより書きやすい作家もいるようだが、僕はどっちでもいい方だ。
だからと言って、ずっと同じもので書くのは飽きてしまうこともある。最後の推理小説を書くんだし、気分変えというよりもちょっとした願掛けをする、みたいな感じだ。まあ、ほとんど信じちゃいないけど。
それでも、少しでも変化が欲しかった。今までみたいにあんなレベルのトリックじゃなくて、もっとだませるようなトリックを考え出したかった。
だから、ほんのちょっとでも変われるようにと、この万年筆を買ったのかもしれない。
ほんの少しでも、自分を変えられるようにって……
僕は、住んでいるアパートに帰って来たと同時に、執筆の準備を始めた。
準備をすぐに済ませ、夕食もいつもより早く食べ終わる。
お風呂も入り、体をふき終わった後。僕はすぐに執筆用のテーブルへと向かった。
「よいしょ……っと」
あの雑貨屋と打って変わって、あまり装飾品のない部屋。その中のにある二つのテーブルのうち、中央にあるテーブルの前に足を組んで座る。
暗い方が集中できるため、部屋の電灯は消していた。
ほとんど真っ暗な部屋の中、唯一明るく照らされているテーブルには照明、原稿用紙やPCでは使わない厚い辞書。そして、ついさきほど買った万年筆が規則正しく並んでいる。
これで執筆の準備はできた。後は書くだけだ。
さて、まずはプロットの考え出しなんだが……うん、万年筆に慣れたいし原稿用紙に書こう。
そう決め、書くために姿勢を整え、目を閉じる。
これで最後……その考えを振り払うように、大きく息を吸って……吐く。
……やるか。
自分で作った緊張の中、僕は慎重に万年筆を手に取って、原稿用紙の右上のマスに……置いた。
その瞬間、持っていた万年筆が少しばかり輝きだした。
最初は青くぼや……っと光っていたが、僕が疑問を抱くより先に、突如、万年筆から一瞬で部屋を青く照らすほどの光があふれだす。
それと同時に、その光に持っていかれるように意識が離れていく。
視界がぼやけてくる。暗黒が迫ってくる。
それに反比例し、わずかな視界の中で万年筆の光が大きくなっていくのが見えた。
そして、意識が消える直前。
『よし、じゃあ事件を起こそうか』
最後に、そんな声が、聞こえた気がした……
「……ん?」
……なにがあった?
ゆっくりと目を開ける。
すると、いつもの見慣れた部屋の天井が僕の目に映っていた。
ということは、ここは僕の部屋だ。
横にあるベット近くの机にに置いてある時計を見てと、執筆開始から約30分しかたっていなかった。
それを確認すると同時に、意識が徐々に浮上してくる。
僕は今、部屋の中央で大の字にあおむけで寝ていた。
どうやら、さっきまで僕は寝ていたらしい。
そうか。小説を書く直前に寝てしまったのか。
まったく、なぜあのタイミングで眠気が来てしまったんだ。これじゃあ、せっかく入れた気合が消えてしまったじゃないか。
「いてて……」
どうやら、寝るときに床に後頭部をぶつけてしまったようだ。
頭に手を添えながら起き上がりつつ、最後に見た夢を思い出す。
買ったばかりの万年筆が光りだすなんて、どんな夢なんだ。
少しばかり苦笑しながら完全に起き上がり、テーブルの上にある原稿用紙を見ようとする。
「はは、変な夢……だった……なあ……」
だけど、部屋には僕以外に動いているものがもう一つあった。
〈それ〉を見ると同時に、尻すぼみに声が小さくなっていく。
〈それ〉は……
原稿用紙の上で、文字を書いている、空中に浮いた万年筆だった。