感想文その3 『フェアリーテイル・クロニクル』
この作品はレビューがたくさんありますので、
少し捻った視点からレビューしてみようと思い至り執筆した所存です。
この話はどういう内容か、という点に関しては他の方々も語られているので細かい話は端折るが、
今回注目したのは「主人公および周囲の人間たちが心に持つもの」である。
主人公はとある事件により女性に対してトラウマを持つようになったが、
そのクラスメイト達も同様にさまざまなトラウマを持つに至っている。
とある女子生徒は「他人事だから」と深く気にせずに虐めを見過ごしてしまい、その結果精神が崩壊しかけた主人公の姿を見て深く傷つき、
同じ後悔はしまいと些細な虐めでも気にかけるようになった。
さて、昔彼女が見過ごしてしまったからといって、昔の彼女が特別ひどい人間だったかと聞かれた時、私は決して否と断言するだろう自信がある。
人間というもの、男女関係なく他人にそこまで親身になれるものではなく、
ましてや周囲から良くないとされている相手に対してはなおさらである。
実際「テロリストを捕まえた、どうする?」というようなSNSで投げられたとある問いに対しての答えは、
満場一致で「殺せ」というものであった。という件が存在する。
そういった事柄から考えれば、昔の彼女は特別に悪辣というわけでもなく“ごく普通の人間”だといえるだろう。
また、主人公とクラスメイトだった男子生徒は、事件以降女性嫌いとなった。
彼に関しては、クラスメイトである主人公が事件にあうところを見ており、半ば他人事ではないが故に、女性嫌いになったといえる。
ここで注目したいのは、大半の女子が止めようともせずにいるところを見て女性不信になったというところである。
確かに女性嫌いになるには十分であろうが、しかし男の中にも止めに行かなかった者もいるはずである。
しかし、それでも彼の嫌悪は女性だけに向けられている。
理由として「男子も同じかもしれない、というより同じなのだろうが、中学生男子など基本的に陰謀に向かない脳筋なのだから」と書いてあるが、
この言い方は、無自覚ながら男の中にも助けに行かなかった者がいる事から目を背けているのではないかと、
そして自分たちをあくまで被害者としたいのではないかと考えるようになった。
また、彼は前述した女子生徒が自分なりにできることをし始めたと聞き、そして最終話でこう言っている。
「積極的に手ぇ出しとった訳でもない奴がぼろぼろになりながら悲壮感たっぷりに償いなんぞしとったら、何一つ得してへん一番の被害者に非難が集中しかねんやん」
確かに彼の言っていることは尤もであるが、しかし、本当に主人公のことを考えるならばもっと早く伝えることができたのではないかと、私は考えている。
たしかに“被害者側”ではあるが。彼と前述した“加害者側”である女子生徒。
はたして差はどれほどあるのだろうかと問われた時、私は答えに悩み、こういうだろう。
「どちらも“ごく普通の人間”である」と
もっとも彼もその女子生徒にたいして、他の何もしていない連中よりよほどましだとも言っていることから、
相手を認めることができるようになったという点で、やはり前述した女子生徒と同じように一歩前に進んでいることも伺える。
また、主人公に関しても。
滅ぼすものであるラスボスに対しての最後のセリフは、自分の恐怖体験と比べればまだ怖くないというようなものであったが、
これは見方を変えれば「見方を含む大勢が死んでしまうかもしれない恐怖」よりも「過去に自分が受けた恐怖」のほうが上ということでもある。
未遂か実際に起こったかという違いこそあれ、他人事か否かというのはやはり大きいものだと思う。
また、主人公も一部の女性を認めることができるようになったという点でやはり大きく前進している。
これらの事に気付いた時、
「ああ、この作品は『人間誰しもが下劣さを心に持っている』という事を、主人公ですら例外にせずに書いているのだな」と深い感慨を受けた。
それと同時に「『だれしもが前に進めるわけではないが、それでも前に進むものもいるのだ』という事を、サブキャラ含めて描写している」のだと気付き、
「ああ、これは形を変えた人間賛歌なのだ」と受け取るようになった。
かのように、異世界転移物やチートの要素を盛り込みつつも、これらのテーマを作品に織り込む手腕、実に見事としかいい様がない。
なお、他の人がこの作品をどう受け取っているのか気になるところではあります