プロローグ
誰か読んでくれたらいいな。
アルバート・オーキンは、気の抜けた表情をしながら『王立自然公園 タリスマン』と銘打たれた立派な門の前に立っていた。ここタリスマンは、低級モンスターの楽園として有名で、入場門前の広場は人で賑わっていた。二つの大小からなる連なった太陽は、真上まで上っており、時刻は正午少し回ったころである。アルは、額に汗を流しながら紫煙をくゆらしていた。煙草の先端からは、煙がまっすぐに揺らめきながら上がっている。風も穏やかで、晴天。絶好の行楽日和である。
「アル、煙草なんて吸って!」
アルの背後から、少し息のあがった声が投げかけられた。悪びれた表情もせず、煙草の火をもみ消し、振り向くと金髪の長い髪をした14、5歳に見える少女が両膝に手をついて怒った表情を見せていた。少女は気品さを有しており、どうやらそれなりの身分のようである。それに対照的でアルはどこか頼りなく服装も同じ仕事着なのにだらしなく見える。どうやらアルはこの少女を待っていたようである。
「タリスマンで煙草なんて洒落がきいてるだろ?」
「気が抜けすぎなんじゃない?」
「どうでもいいが、ドロシー・・・。遅刻だよね?」
「っ・・・」
アルの的確な指摘にドロシー・キャリックは、言葉を詰まらせた。アルとドロシーは同じ仕事の同僚でバディを組んでいる。ここには仕事で来ており、集合時間は正午だった。一瞬、言葉を詰まらせたドロシーだったがアルが煙草を吸っているのが気に食わないらしい。
「これからモンスターの調査に行くのに退魔の効果のある煙草って仕事する気あるの?」
低級モンスターの楽園であるタリスマンでは、遭遇するモンスターは下位モンスターである。王立魔力調査官のアルとドロシーは冒険者のランクでいえば、Cクラス。冒険者のクラスは8段階のS、A、B、C、D、E、FとSSである。下位モンスターはE、Fクラスの冒険者でも余裕・・・とまではいかないが倒せるモンスター。冒険者でいえば、Cクラスの二人はまず危険はない。アルの吸っているタリスマンこと退魔煙草はF級モンスターを寄せ付けず、E級モンスターはあまり寄ってこなくなる効果を持つ。
「正直ない」
「でしょうね・・・」
ボーとした表情で仕事放棄宣言のアルを横目にドロシーは水筒を取り出し、水を飲んだ。
魔力調査官は基本的な仕事として、
・モンスターの生態調査
・冒険者への注意喚起、情報伝達
・パワースポット発生のメカニズム研究
・魔神復活の兆候の監視
の4つある。
今回、二人は下位(E、F)モンスターの生態調査の任務のため、ここタリスマンを訪れている。
「王立自然公園にも指定されてるここで、俺たちが調査することなんてないだろ」
「アル、ここは下位モンスターしか出ないけど調査地としては最も優秀な場所の一つなことなのは知ってるでしょ」
アルは困った顔のドロシーを横目に手に持っていた煙草の箱を自分の背負っているバックパックにしまう。バックパックは良く手入れされており、様々な道具が入ってるようである。
王立自然公園タリスマンは様々な種族のモンスターが生息しており、下位モンスターの天敵となる上位モンスターが発生しない稀有な地域として特別指定地域になっている。周辺には王立の名の付く研究施設が建ち並び、国内に限らず諸国からも研究員が来訪する。モンスターの種類はゆうに3000種類を超え、新しいアイテム、武器、防具などの研究、モンスターの属性に関する研究と多岐にわたって行われている。
「それは耳にタコができるくらい学生時代に聞かされたさ」
「下位モンスター相手の調査じゃってなめてないわけね。じゃあ何が不満なわけ?」
「そういえば、今日は珍しいな。なんで遅刻したんだ?」
アルは素知らぬ顔でドロシーに遅刻した理由を尋ねた。ドロシーは誠実で真面目な調査員として評価されており、そんな彼女が遅刻するのは理由があったのはアルには明白だった。こうなったドロシーが苦手なアルは早く話題を変えて通常営業に戻したかった。
「私の小言が聞きたくないなら初めから煙草なんて吹かさないでよね」
「ああ、悪かったよ」
「遅刻した理由なんだけど・・・。今回の調査疑問な点があって資料あったってたら、寝坊しちゃった」
ドロシーは寝坊しちゃったの部分が聞き取れないほど小さく言う。真面目な性格のドロシーだが少し抜けているところがあるらしい。
「普通に遅刻じゃねぇか。特別な理由があるのかと思ってたぜ」
「悪かったわよ!」
「で、疑問点は解決できたのかい?」
「んー、大丈夫かな」
「あっそ」
アルはタリスマンの門に向くと大あくびをしている門番を共感めいた顔で見つつ、受付の方へ歩みを進めた。ドロシーもやっと仕事する気になったかとあきれ顔で後ろをついていく。
「身分証の提示を」
「はい」
「マギ・バーストの方ですか。今日は行楽日和でモンスターもかなり落ち着いてるみたいですよ」
マギ・バースト。魔力調査官の別名である。
「後ろの御嬢さんはお連れさんですか?」
「ああ学生指導の教練ですよ」
アルは受付の質問に即座に答えると足を思いっきりドロシーに踏まれた。ドロシーは受付に身分証を提示する。
「ああ、すいません。失礼をしました」
「いいわ。気にしないで、慣れてるから」
ドロシーは見た目からよく学生に見間違われるらしい。身分証を確認している受付に二人は答える。
「アルバート・オーキン二級調査官です」
「ドロシー・キャリック一級調査官です」
ドロシーはアルの顔を見ながらにやりと笑った。
「はい。確認しました。お気をつけて」
アルは顔を引きつらせながら受付から二つ入場許可証を受け取ると、ドロシーにもう一つを投げ渡した。
「ほらよ。一級調査官殿」
「上官に向かってそれですか」
「すいませんね。上官殿。わたくし二級なものでまだなれませんで」
「悪かったわよ。でも先に嫌味言ってきたのはアルの方よ」
ドロシーはつい最近、一級調査官の試験を合格して二級から一級にあがった。しかし、調査官としてはアルとはまだ同じ階級である。冗談も交わすようになった二人は、バディを組んで半年。アルもドロシーも同い年の17歳になる。最初のうちは二人とも性格不一致で長く持たないんじゃないかと考えていた。しかし、半年たってこうである。
「今回の調査内容は?」
「また資料、読んできてないの?あきれた・・・」
「すいません。二級なもので」
「しょうがないわね。今回の調査は・・・」
初めてすぎて、どうなのか・・・