第二王子レイアード・ロス・グーリルの考察
「お待たせいたしました、レイアード殿下。こちらへどうぞ」
レイアードが案内された部屋はいつもの応接室ではなく、敷地内にある温室だった。
(兄上は、本当に真っ直ぐで……愚かな方だ)
偽りの婚約解消をしてフィレーヌの気持ちをあらためて確かめるなど無駄以外の何物でもないと、レイアードは知っていた。
(なんにせよ、私にも機会が巡ってきたことに変わりはない。兄上の失態は、私の利になる)
温室の中にある休憩室には姉弟だけでなく、その父親の宰相も揃っていた。
「ようこそいらっしゃいました、レイアード殿下。今日はどのようなご用件で、拙宅までいらっしゃったのでしょうか」
席を立ち、一応は臣下の礼を取りながら宰相であるテンダーがレイアードに問い掛ける。
彼には、宰相の問い掛けが自分を歓迎しているようには聞こえなかったので、そっと息を吐いた。
宰相の顔は、いつものように表情の変化に乏しいが、彼の態度にはいつもよりさらに愛想がないように、レイアードには感じられた。
「今回の件でロイン家には迷惑をかけてしまった。子息と親しくしている私個人として、それが心苦しく申し訳なく思っている。本来なら、この屋敷を訪れることは控えたほうがよかったのかもしれない。だが、兄の浅慮から、私の親友がいなくなっては困るのだ」
そう述べたレイアードにテンダーは軽く頷く。
「今回の件については、陛下から直々にお言葉を頂いております。レイアード殿下がお気に病まれることではございません」
宰相から返された言葉に、レイアードはほんの少しだが眉を顰めた。
「陛下から」という言葉を使うことで、暗にこの件はレイアードが立ち入る問題ではないことを示してくる。
「……わかった。そう言うのであれば、私はランフルとの関係はこれまで通り変わらず続けていこう」
レイアードは敢えてフィレーヌの名は出さずに、親友という「役割」に置いているランフルの名を出す。
この宰相の様子からは、自分が城で聞いた話以上の情報は得られそうになかった。
「レイアード様、どうぞこちらにおかけください。お時間の許す限り、我が家でごゆるりとお過ごしください」
そう言うとテンダーは、先程まで自分が座っていた席へとレイアードを案内させた。
「あら、お父様?どちらへ行かれるのですか」
レイアードに自分の席を勧めたことで、テンダーが温室から立ち去ることを察したらしく、可愛らしい仕草でフィレーヌは問い掛けた。
彼女は、一歳年上であるはずなのに、ランフルやレイアードよりも年下に見える。
本来ならば女性のほうが成長期が早いはずであるが、フィレーヌはまだ子どもの体付きから成長できていないように見える。
そのために、彼女の仕草が随分可愛らしく見えてしまうのだろう。
そんなフィレーヌの様子を見て、テンダーは表情を緩めた。王城では絶対に浮かべない、温かな笑みを娘に向ける。
「忘れていたことを思い出してな。少し部屋に戻ることにした。レイアード殿下も、わざわざランフルに会いに来てくださったようだしな」
(……「わざわざ」、と敢えて言うのは、嫌味にしか聞こえないな)
テンダーには、レイアードの訪問の本当の理由は伝えていない。だが、察しているかのように自分の前から立ち去ろうとしている。
ウェルターとフィレーヌの婚約解消の話は、どこまで進んでいるのか。どういう経緯でそのようなことになったのか。それが知りたいことであるのに、欲しい情報は手に入らない。
レイアードが父から聞いた話は、「ウェルターとフィレーヌの婚約を解消する」ことだけだった。
母から話を聞いてみれば、兄はどうやら「偽りの婚約解消」をすることで、自分に対するフィレーヌの気持ちを知りたかったらしいと答えてくれた。
(……まあ、簡単に聞くことができるとは思っていなかったが、ここまで邪険にされるとは想定外だった)
宰相の態度と、あっさりと婚約破棄を認めた王。
普通に考えたら、一度決まった婚約は簡単に解消することはできない。特に王太子ならば尚更だろう。
温室を去っていくテンダーの背中を見つめながら、兄の考えた茶番劇の裏に隠されている「何か」をレイアードは探していた。