わたしの世界
\\\\ ٩( 'ω' )و ////
ある日神様は言いました。
お前は、本当によくやってくれていると。
ある日神様は言いました。
お前は、何故このような私に尽くしてくれるのかと。
ある日神様は言いました。
お前は、私の元に居ても幸せなのかと。
ある日神様は言いました。
お前には、幸せになって欲しいんだと。
ある日神様は言いました──
─────────────────────
今日も太陽が張り切り、温度計の数値を順調に上げてゆきます。
わたしはそんな暑さの中、長い長い道を主様と歩きます。
主様は神様です。
これはわたしがおかしいのではなく、主様は本当に神様なんです。
しかし、わたしが主様を神様と言うと、主様は困ったように笑い「私はそんなに立派なものではないよ」と言います。
でも、主様は神様です。川を逆流させ、地を割り、天からは雷を落とす。そんな事が出来る人間は居ません。
だから主様は神様だと、わたしは思っています。
そんな主様が、ある日わたしの母親だという女性と会わせました。わたしには母親の記憶などありません。でも、主様が言うのならわたしの母親なのでしょう。そして、わたしはわたしの母親となったその人と暮らす事になりました。
それからは主様とは中々会えません。主様はわたしが庭で遊んでいると、たまに現れてたわいもない話をして去っていきました。
ある日、わたしは母に尋ねることにしました。
主様はわたしの父親なのか──と。
しかし、母は首を傾げ、はて?という表情をするとその後何もなかったかのように、また家事に戻ります。
母はどこか無機質で、まるで決まった動きしか出来ない機械のようでした。
─────────────────────
わたしは考えました。主様は神様です。つまり、主様はわたしの父親ではないのかもしれません。
では、主様は一体何故、わたしのような人間と共に歩んでくれるのでしょうか?わたしには分かりません。
人間には、母親と父親がいるものです。でも、わたしには主様しかいませんでした。母親は後に現れた他人のようなものです。でも、主様はわたしが産まれた時から居ます。
主様は母よりわたしの親なのではないでしょうか?
母はわたしが現れた時、能面をつけているかのような、無表情でした。
主様はわたしが産まれた時、涙を流しました。
何故なのでしょう?子供のわたしには何も分かりません。主様に聞いても「お前は知らなくて良い事だ。知らない方が幸せなこともある」としか言ってくれません。
わたしは主様と同じくらい大きくなれば知れると思い、自らが大きくなるのが楽しみになりました。
─────────────────────
母と会い、十数ヶ月の月日が流れました。
最近は主様と会うことも減り、わたしは主様が恋しくて仕方なくなっていました。
主様はわたしに会う度に「お前はよくやってくれているようだな」「お前は幸せになれているか?」と聞いてきます。
何の意味があるのかわたしには分かりませんが、わたしは幸せなので「うん!」と答えると、主様は「そうか」と応え笑いました。
それからも短い時間の中、主様と話しているうちにわたしは主様と会えない時間にはソワソワと、会う前にはドキドキするようになり始めました。
これはなんなのでしょうか?
町の人と話しても母と話しても、こんな風にはなりません。
母は相変わらず無機質で、きっと答えを教えてはくれないでしょう。だからわたしは今日も考えます。
この気持ちはなんなのでしょうか?
─────────────────────
「ちょっとおいで」
母がある日突然わたしを呼びました。母がわたしを呼ぶのは珍しい事です。
「お母様どうしたの?」
わたしは、母が何かしてくれるんじゃないかと期待して、それを隠す事もせずパタパタと足音を鳴らしながら母に駆け寄りました。
「あなた、今日誕生日でしょ?」
それを聞いた瞬間、わたしは大層驚きました。まさか、わたしに無関心だった母がわたしの産まれた日を覚えてるとは思っていなかったからです。
それと同時に、わたしはこの人はやっぱりわたしの母親なんだな、という事を実感しました。
「うちは裕福ではないから、こんなものしかあげられないけど、大事にしてくれるかしら?」
母がくれたのは、真っ赤な頭巾でした。手作りなのか、少し不格好な頭巾。
わたしは、首が取れてしまうんじゃないかと思うほどに首を縦に振りました。
そして、それが可笑しかったのか母はクスッと、少しですが初めて笑ったのです。
その反応にわたしは嬉しくて嬉しくて堪らなくなり、母に抱き着き泣きました。
何故嬉しいのに泣いてしまうのでしょうか?
そう疑問に思うのに、涙は止まってくれません。その時、わたしはわたしが産まれた時を思い出しました。
主様はわたしが産まれた時、泣いていました。
もしかしたら、涙は嬉しい時にも流れるのかもしれません。わたしは主様がわたしの誕生を喜んでくれていたのだと、この時に気付いたのです。
─────────────────────
あの日からわたしは毎日赤い頭巾を被り続けました。
誕生日に主様が来た時、この姿を披露し褒めてもらえた時は、それはもう天にも昇る気持ちになりました。
その後町に繰り出すと、わたしの姿を見た人は、皆口々にわたしの大事な頭巾を似合っていると褒めてくれました。
それまで親しくなかった、皆と仲良くなれ、主様にも褒めてもらえたこの頭巾は、わたしにとってはまるで魔法の頭巾でした。
それから一週間くらい経ったある日。
家に戻った後に、わたしは母に謝りました。
表情のない母を怖がり、避けていた事に自責の念が込み上げてきたからです。
しかし、母は急だったからかキョトンと驚いたような表情になり
「謝る必要なんてないんだよ。あなたはわたしの可愛い娘なんだから。それに、悪いのは母さんでしょ?分かってるのよ?」
と言いました。
なんと母は気付いていたのです。
わたしはなんと愚かだったのだろうと今までの行動を悔いました。
ですが、今までやってきた事が消えるわけではありません。
その日からわたしは『良い子』になろうと決めたのです──
─────────────────────
また、月日が巡りました。
良い子になったわたしの世界は、今までの世界とはまるで別物でした。
全てが輝いて見える世界。なんと素晴らしいのでしょうか。
主様も、良い子になったわたしをとても褒めてくれました。
それと同時に少し悲しそうな表情をしたのを、わたしは見逃しませんでした。
わたしは何か、悪い事をしてしまったのでしょうか?
わたしはもっと『良い子』になると決めて、今まで以上の努力を続けました。
─────────────────────
よく晴れたある日の事でした。今日も太陽は張り切っています。
自然の中だからこそ、綺麗に澄んでいる空気を大きく吸い込むと、爽やかな気分になり、わたしは意気揚々と足を踏み出しました。
目的地は、母の母──つまり祖母の家でした。
わたしは祖母とはあまり仲が良くありません。
祖母は厳しい人で、その厳しさに耐えられなかったわたしは、一度激しく抵抗しました。
それからというもの、祖母はわたしの事を嫌っているようです。
わたしとしては、問題はないので構わないのですが、母はわたしと祖母の関係を気にしているようで、たまにお使いを頼むのでした。
そうして今日もお使いを頼まれたわたしは、渡すように頼まれたパンとミルクを持ち祖母の家に向かいます。
その長い長い道の途中でした。
「お嬢さん、何処に行くんだい?」
そう声をかけてきたのは、鋭い目付きをした、細身の男性でした。
その男性はニッと鋭い犬歯を覗かせ笑みを浮かべると、お互いの息がかかるくらいの距離に顔を近付けて来ました。
「随分嫌そうな顔してんじゃねーか、そんなに行きたくない場所なのか?」
何が可笑しいのか、男性はケラケラ笑います。
その男性の行動を不愉快に感じたわたしは、ムッとして言い返します。
「今からお婆様の家に行くのです。わたしはお婆様のことは嫌いだけれど、お母様の頼みですから」
わたしがそう言うと、男性は再びケラケラと笑いわたしから離れました。
「つまり嬢ちゃんは家のあるあっちの道から来て、この道の先にある婆さん家に行くってこったな?」
「はい。でも、この先はお婆様の家しかありませんよ?あなたはなんでこんな所にいるんでしょうか?」
ここの先には祖母の家くらいしかありません、しかし祖母の客人でもないようです。
わたしは得体の知れないその男性が少し怖くなりました。
「ちと腹が減ってな。適当に食えるもんを探してたんだよ」
そう言う男性を見ると、確かに痩せていますしお腹を空かせていそうです。わたしは少し男性を可哀想に思いました。
「良ければ、パンを少しお分けしましょうか?」
わたしは祖母の家に持って行くパンのうち一つを男性に差し出します。母の手作りであるパンは、まだ熱が残っておりほんのり温かく、いい香りが漂ってきます。
「いや、要らねぇよ。もっと美味そうなものを見っけたからな」
男性はわたしの差し出したパンを受け取らずに、元来た道を引き返してゆきます。
そうして男性の背中が見えなくなった後、わたしは彼のことを気にしないことにして再び祖母の家に向かうのでした。
─────────────────────
そうして辿りついた祖母の家。途中寄り道をしていた為、少し遅くなってしまいましたがしっかりと到着する事が出来ました。
しかし、家の中はとても静かでした。
ドアをノックしても返事はありません。もしかしたら祖母に何かあったのかもしれません。
わたしはそう考えるとすぐにドアを開けました。
部屋の中を見回しても、祖母の姿が見当たりません。机の上には、生肉と赤い液体の入っている瓶がありました。
長距離の移動により疲れていたわたしは、置かれていた生肉を一口頬張り、共に置かれていた赤い液体で喉を潤し、また元の位置に戻しておきます。
生肉は初めて食べましたが、血抜きが上手く言っていなかったのか生臭くて固く、あまり美味しくありませんでした。
赤い液体は独特の味をしており、飲んだ後は少し妙な感覚に捕らわれました。
それから、元に戻るまでを静かに過ごしていた時に、奥にあるベッドの掛け布団が盛り上がっている事に気付きました。
なんだ、祖母は寝ていたのか。そう思ったわたしは不用意にベッドに近付くと、祖母を揺すり声をかけました。
「お婆様、わたしです。パンとミルクを届けに来ま──ッ!?」
途中まで口にしたその時、掛け布団の中に潜んでいた者が、わたしに襲いかかって来たのです──
─────────────────────
その後は祖母にこっぴどく叱られました。
寄り道をして遅くなってしまったわたしを、驚かせようとしたそうです。
摘み食いもバレ、かなり酷く叱られたわたしは、トボトボと歩きながらまた長い長い道を歩いてゆきます。
長く怒られていたせいで、辺りは少し薄暗くなっており、足元が少し危険です。
しかし、母はわたしの帰りが遅いのを心配しているだろうな、と思うとその付き纏ってくる闇も怖くありません。
わたしはズンズンと薄暗いその道を歩いてゆきます。
そうしてどれくらい歩いたでしょうか。家が見えてきたその時、わたしはふと違和感を感じました。
何故ドアが開いているのか──
わたしの帰りの遅さを心配した母が、慌てて閉め忘れたのでしょうか?
いいえ、それはありません。だって母とはすれ違わなかったんですから。
「お母様……?」
わたしの小さく呟く程度で発したその声は、夜の闇に溶けて消えてしまいました。
そして訪れるのは静寂。
言い知れぬ悪寒がしたわたしは、半開きになっていたドアをゆっくり開きます。
部屋の中は薄暗く、部屋を照らすのは部屋の奥にある消えかけのランプの心許ない灯りでした。
「…………」
机の上には祖母の家にあったものと同じ、生肉と赤い液体が置いてありました。
そして視線をベッドに移したその時──
「帰ってきたのかい……?」
盛り上がった掛け布団から声が聞こえました。
母はちゃんとそこに居たのです。わたしは自分の心配が杞憂に終わった事に安堵しました。
「あなたも疲れたでしょう?そこにある肉を食べなさい?ブドウ酒もあるでしょう?」
「母様は食べないのですか?」
「私は体調が悪いから……あなただけで食べてしまいなさい」
なんだか母が素っ気なかった頃に戻ったような気がしながらも、わたしは生肉を取り出し一口頬張ります。
祖母の家で食べたものがあまり美味しくなかったので、食べるのは少し悩みましたが母が用意してくれたものはとても美味でした。
美味しさに刺激されたのか、長距離を移動した事によりお腹が空いていたのか、わたしはあっという間に肉を平らげてしまいました。
ブドウ酒は祖母のところで飲んだものとは別の味がしてあまり美味しくなかったですが、それも気になりません。きっと祖母の家にあったものは、別の飲み物だったのでしょう。
「食べ終わったのならベッドにきてさっさと寝ておしまい」
「は、はい……」
なんだか少し怖い声色の母に言われ、わたしは恐る恐るベッドに向かいます。
そしてベッドに入ろうとしたその時──
ヒュンッ
「えっ……!?」
風を切る音と共に、何か冷たいものが首元を過ぎ去って行く感覚。
ベッドの中から現れたのは母──ではなく、祖母の家に向かう時に出会った男性でした。
その振り切った手には厚手のナイフが握られています。
その刃は紅くベットリと汚れています。それを認識した時、わたしの首から温かいものが噴出し、体がどんどん冷えていくのを感じました。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イイタいイタいイタいイタイイタイ
熱く燃えるような首元の激痛に、わたしの思考はぐちゃぐちゃになり、ろくに考える事が出来なくなってしまいます。
「よぉ……美味しそうな嬢ちゃん」
男性は何かを話しかけてきますが、わたしにはそれを聞いている余裕はありません。
とにかく逃げなければ──そう思ったわたしは、ドアに向かって駆け出します。
「逃がさねぇよ!」
叫び、わたしに肉薄してきた男性に足を切られ、わたしはバランスを崩し転倒してしまい、男性に組み伏せられてしまいました。
「ゃ……」
首を切られたからか、掠れた声すら殆ど出なくなり、体からもどんどん力が抜けてゆきます。
「……ッ!?」
突然腹部に感じた激痛に、わたしは歯を食いしばり何が起こったのか確認しようと身をよじります。
しかし、組み伏せられている体勢では確認する事も出来ず、次々と襲ってくる痛みに思考を焼かれるように感じながら、耐え続け──
どれくらいの時間が経ったでしょうか。途中でわたしは食べられているのだと気づいた時からかなりの時間が経ったでしょう。
しかし、何故わたしは死んでいないのでしょうか。
既に下腹部、足の感覚はありません。全て食べられてしまったのでしょう。
先程までは、左手を貪られているような、そんな感覚がしていましたが突然その感覚もなくなりました。
その時、ふと影がわたしの視界を覆いました。
何事かと死力を振り絞って顔を上げたわたしが見たのは──返り血浴びた主様でした。
─────────────────────
あぁ、主様。なぜ、今ここに。こんなお見苦しい姿を、あぁ、主様ここは危険です、怪しげな男が。それよりその返り血はどうして、助けに?あれ、どういう、主様、母様は?そうだ、母様を探さなキャ、母サマはドコ?ヌシサマドウニカ──
「──すまない、私にはどうしようもない……本当にすまない……」
ナぜナカレルのデスカ?ソンナカオヲシナイデクダサイ、わタシはアナタノコトガ──
「お前は……お前は、幸せだったのか?」
─────────────────────
彼女は息絶えた。次第にこの世界も終わるだろう。
「かなり食われたな……」
私は無惨にも喰い散らかされた少女を見つめる。
知らなかったといえ、母親を食べた者の末路はこれか、と冷たい瞳で死体を眺める。
しかしそれ以上は何も感じない。これで何度目だろうか?私が私の創った世界を壊してしまうのは。
私は神ではない。少女は神だと信じて疑わなかったようだが、私は元人間の 神の遣い である。
私は神に仕え、世界を管理していた。
しかし、私はある失敗をした。
獣が死に、虫が死に、植物が死に人々が死に、世界が死に、そして──神も死んだ。
私が世界を滅ぼしたのだ。
そうして滅びた世界で、私は生き続けた。何故神の遣いである私が生き残ったのか、理由は分からない。
一人生き残った私は世界で無意味に存在し続けた。
時が経つにつれ、私は壊れていき思いついた事が──世界の創り直しだった。
だが、私は世界を創った事がない。ロボットが作れる者に修理が出来たとしても、ロボットを修理出来るだけの者に作る事は出来ない。
私は世界を直す事しか出来ないのだ。
それ故に、私は見様見真似で世界の基盤を童話で補った。
一度目は灰かぶり
彼女は継母に殺された
二度目は白雪姫
彼女は実母に殺された
三度目は手なし娘
彼女は父親に殺された
四度目はヘンゼルとグレーテル
彼達は魔女に殺された
そして今回は何度目だろうか?
赤ずきんであった彼女は人喰に殺された。
世界に欠かせない彼女達が死んでしまうと、世界はすぐに壊れてしまう。
私はまだ世界を滅ぼし続けているのだ。
共に歩みながらも最終的には助けることのできない。彼女達の命を弄ぶ──私のやっている事は正解なのだろうか?
私に好意を寄せていてくれた少女は、既に息絶えている。しかし、私はどうも思っていない。
所詮彼女達とて作り物なのだから
物が壊れただけなのだから
崩れかけの世界で私は呟く
一度彼女に投げかけた言葉
私が神に言われ続けた言葉
『お前は──』
「……お前は幸せだったのか?」
すみません、前書きふざけました
後悔も反省もしていません