涼成は着ぐるみの洗いに
それから、涼成達はコミケの準備に入った。部室は、コスプレ研究会の面々の放つ、異様な活気に包まれていた。
望愛は、できあがった衣装のサイズ合わせのために、何度も更衣室にまで向かっていった。
そのたびに、「おおー! これはいいね!」とか、「これが真の私だー!」などと、声をあげる望愛。望愛もちゃっかり楽しんでいるようである。
「俺はなんで、こんなものを着ていなきゃならない?」
涼成は言う。まだコミケまで九日もあるというのに、今のうちから着ぐるみを着ている。
「まったく……何も仕事をしないで愚痴ばかり。ああいう奴がいると、みんなのやる気にかかわるね」
ジトリとした顔をしながら、涼成に向けて言う熏晴。
「一人だけぼけっと突っ立っている奴がいると、目障りなんだよ。何か? 仕事はないのかい?」
そう言われ、涼成は縮こまった。着るものはもう決まっている。
「この、臭い着ぐるみを着るんだし、俺は仕事が終わっているようなもんだろう?」
涼成はそう言う。それに熏晴が前に進み出てくる。
「何が、『臭い着ぐるみ』だって? 君は、相変わず余計な事を言うね……」
熏晴が言う。
「わかった、すまん……」
確かに借りたものを『臭い着ぐるみ』なんて言うのは失礼極まりない事だ。
涼成は熏晴から言われた言葉に、両手を合わせて謝った。
「ふん、まあ涼成がいちいち余計な事を言うのは、今に始まったことじゃないし、そんな事くらいじゃ、この心の広い熏晴様は怒ったりしないけど……」
それを、涼成はありがたく聞いた。
無論、『余計なことばかりを言うのは、むしろお前だろう』と、心の中では思っているのだが……
「そんなら、涼成。ボクが部長として命令を出す」
熏晴が言う。涼成の事を、ビシリと指さしながら言った。
「どうせなら、うちの備品の着ぐるみを洗いたまえ!」
そう言われ、涼成は、いくつかのきぐるみを受け取って部室から出て行った。
着ぐるみを洗うのは大変だ。
涼成は、着ぐるみの洗い方の説明書を、熏晴から受け取っていた。まず、自分の体に石鹸を付ける。
そして、着ぐるみに入る。
着ぐるみの中に入ったらよく動く。自分の体をブラシの代わりにして着ぐるみの中身を洗うのだ。
「すぐに泡が死ぬ……」
全く泡立たないのを見て、涼成は自分の体に、さらに洗剤を塗る事にした。
洗剤を塗るため一度着ぐるみを脱ぎ、体が洗剤でヌメヌメになると、また、着ぐるみに入っていく。
「涼成。取り込み中ごめん……」
そこにサラがやってきた。
「なっ……サラ! いつの間に!」
今の涼成はパンツ一枚である。今は着ぐるみを着ているが、さっきまで着ぐるみを脱いで体に洗剤を塗っていたのだ。
「その時も見えた……一言で言えば、貧相」
「やかましい!」
涼成は着ぐるみを着ながら言う。
「サラだけではなく……えーと……りんこ……いや、おっぱいさんも来たんですか?」
「凛子で合っているわよ! なんでわざわざ言い直したの!」
その凛子の事をサラは見上げた。
「だから、私一人でいくって……」
「ええ! 言われたわよ! だけど私だけ何もしないわけにもいかないでしょう!」
涼成から見れば、本当に凛子は何をしているのか分からない。涼成達に連絡をするのは、全部サラだし、この前だって、熏晴のセクハラを受ける覚悟で電話をしてきたり、会いに来たりしている。
「まあ、りん……おっぱいさんも、そんな事気にしないでいいですって」
涼成が言う。これは完全にワザとだ。それを感じた凛子は、これ以上話をしていても無駄であると理解したらしく、咳払いをして話を始めた。
「どう? 望愛とは楽しくやってる?」
凛子が聞いてくる。
「そうですね。望愛は楽しそうにしていますが、オレにとっては……いや、そんな事関係ないですね」
「そうね、望愛が楽しんでいればそれでいいわ」
凛子が言う。今の言葉を聞いて、サラは言う。
「凛子って隠れたゲスだよね」
サラがいきなりそんな言葉を言ったのに、凛子と涼成の二人は驚いた。
「涼成、別になにか面白くないことがあるんだったら、言ってもいいんだよ。関係ない話だって、話しちゃいけないって事じゃないんだから」
サラがそう言う。サラは、やっぱり気を使ってくれる。
「ありがとうサラさん。それにひきかえ、あの脳にまわすための栄養が胸にばっか、まわっていった人は……」
涼成が言う。
「それ、セクハラよ……訴えてやろうかしら」
「だから、私一人で行くって……」
サラは言う。それに、凛子は唸った。最初から、サラだけで行くと言われていたのに、無理矢理ついてきた凛子である。ここで、文句を言っても自分の首を絞めるだけである。
「涼成と親睦を深めるために努力をしているのに、りんこ……おっぱいは余計なことばかり言って……」
「サラ! あなたまで、私の事を『おっぱい』と呼び出すの!?」
サラは、涼しい顔をしている。
「なあ、あの人はおっぱいでいいだろう? サラはわかってるな……」
涼成は、サラの肩に手を回した。それに合わせて、サラも俺の肩に手を回してくる。
涼成とサラは、それに妙な一体感を感じ、同時に笑った。
凛子は、それを不思議な顔をして見ていた。
サラに比べれば、凛子は、どうも仲間意識が低いと、思ってしまう。
「ついていけないわ……」
この期に及び、そう言ってくる凛子。やはり、仲間意識が希薄な人間なのだろうと思ってしまう。
「二人共、私をダシにして楽しんでいるだけでしょう?」
凛子がそう言うと、涼成とサラは同時に言う。
「それの何が悪い?」
そして、凛子は、うんざりしたような顔をして、涼成とサラの事を見つめていた。




