コミックマーケット
『コミックマーケットを開くことが決定した。開くのは十日後……』
サラから、そう言葉を聞いたのは、次の日の部活中だった。
その言葉を、熏晴も、聞いていたため、熏晴はまるで、子供のように喜んだ。
「やったぜ! これで、熱い夏がまた始まるんだね!」
『ほかのイベント会場にしようか? と、したけど、コミケは、東京ビッグサイトでしか無理なんだって……』
サラがそう疲れた声で言う。あの大掛かりなイベントをこなせるような広さの場所は無いのだという。
参加者も多く、コミケにやってきた人間を、全て収容できるか? と、いうのが一番の問題らしい。
『だけど、開催は十日後なんだ。そんないきなり開くのが決まってしまって、広報をする間もないのに、そんなに人が集まるとは思えないけど……』
「いーや、コミケ参加者達をナメてはいけないよ。会社を休んででも来る人間なんていくらでもいるんだから、僕だって、開かれるというなら、学校を休んででも行く覚悟だし」
『開催は一応土日になってる。それで、人は多少集まると思うけど……』
「そんなの関係ないね。平日だろうが、行く人は行くよ。コミケはオタクの人生の集約所なんだから!」
熏晴がそう言うと、サラの返事は滞った。少しの間、返事を待つと、サラは小さな声で言う。
『理解できない……』
まあ、それはそうだろう。サラは見たところパンピーだし、このイベントに意気込みをかけるオタクの気持ちなどわからないだろう。
毎年、その時期になると、一気にテンションが上がり、狂ったようにマンガを描いたりしている、熏晴の事を見ている涼成は、オタクが、コミケにかける情熱の熱さは、知っているつもりだった。
「サラちゃんが心配している事は、完全に杞憂なんだって。大丈夫、信じてくれれば、絶対上手くいくよ」
熏晴がそう言う。
その言葉に、唸ったサラだが、結局コミケを開くことは、決まってしまっている。
『私が、こんなところで、こんな心配をしても意味ない。上手くいくというなら、その言葉を信じよう』
サラがそう言うと、熏晴は、とてつもなく喜んでいた。
「いやぁ、サラちゃん、僕らは以心伝心みたいだね」
熏晴が言う。さっきまで、すっごく噛み合わない会話をしていたのは、熏晴は覚えていないようだ。
『これで、今日の報告は終わり』
そう言うと、サラはさっさと電話を切ってしまった。
「まちたまえよ! また、サラちゃんの服のサイズを聞き忘れたよ!」
熏晴はとてつもなく残念そうにしてそう言う。
「言いたくないんだよ。お前サラにものすごくウザがられているぞ……」
涼成が言う。だが熏晴は、その涼成にふくれっ面で返した。
「覗きの常習犯で、女子たちから心底ウザがられている君には言われたくないね。僕はサラちゃんに、これからもアタックを続けるよ」
熏晴が言う。この言葉を聞いたら、サラはとてつもなく嫌な顔をするだろうという事は、想像に難しくない。
「がんばってくれ……サラ……」
涼成はサラのこれからの事を思い、過酷なものになるだろうと、考えた。
「コミケの日取りが決まったよ! 十日後らしいんだ!」
部室に戻った熏晴は、コスプレ研究会の面々に向けてそう言った。そうすると、コスプレ研究会の面々から、「おおー!」と、どよめきが起こる。
「これから張り切っていくよ! 十日後に完成を目指していこう!」
熏晴がそう言うと、コスプレ研究会の面々は口々に気合の入った返事をした。
そして、コスプレ衣装を作るためのミシンの音が、さらに勢いよく鳴るようになる。
「望愛ちゃーん。先に聞いてみたいんだけど、この中のどれを着たい?」
熏晴は、いくつかのアニメキャラの立ち絵を用意し、望愛に見せながらそう言う。
望愛はそれを見ると、三つある立ち絵を一枚ずつ眺めだした。
「ゆっくり悩むといいよ。君はうちの部のレイヤー担当だ。みんなが衣装を作るのを、期待しながら見ていてくれればいい」
熏晴はそう言う。
「た、だ、し、涼成はこっちに来て手伝ってもらうよ」
この特別扱いは望愛だけであるらしく、涼成には、なにか仕事が与えられるようだ。
「涼成。君は自分で作らなきゃいけないが、コスプレ未経験者で、いきなり十日で衣装を作れなんて言われても無理に決まってる」
熏晴が言う。熏晴からそう言われ、涼成は内心ほっとした。
いまから付け焼刃で衣装を作っても、ロクなものができないだろうというのは、涼成だって、わかっている。
「だから、既製品を涼成には着てもらおうと思っている。こんなのはどうだい?」
そう言って、熏晴は着ぐるみを取り出した。
「見ての通りさ。アニメキャラの衣装を真似るのは難しくてね、まるでアオザイみたいに、全身の大きさを測って作らなければ、着ることもできないようなものだってある」
熏晴は涼成に説明をする。涼成はそれをぼんやりしながら聞いていた。
「だから、俺が他人のものを着ることはできないって事か?」
「そうだね、それで、ただ一つの例外は着ぐるみだ。大きくて重いので着たがる人は多くないし、夏のど真ん中でこんな暑苦しいものを着ていたら、日射病でバタンと倒れる事だって、十分にありえる」
「おいおい……怖いな……」
涼成が言う。
「僕には、コスプレ研究会の部長として、部員の安全を管理しなけりゃならない。アホな奴が、日射病で倒れたら、ボクの責任にもなるんだよ」
相変わらず余計な事を言う熏晴。
「最悪、つなぎを着て、このお面を被ってもらうってのもいい。今から試着をしてみてくれ」
それを聞き、涼成は熏晴から渡された衣装を見た。そして、すぐに更衣室に行き、着替える。
涼成が更衣室備え付けの鏡で見た、自分の姿は。とても恥ずかしいものだった。
「こんなの着れるか!」
そう言って、お面を床に叩きつける涼成。
「なら着ぐるみしかないね? それとも、これから十日で作ってみるかい?」
熏晴が言う選択から、涼成は着ぐるみを着る事を選んだ。




