やる気のある人材を求む
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【急募】
英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語に堪能で、
外国にて一人で商品の買い付けを行え、店舗運営もこなせる方。
【パート・時給680円】
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法律に詳しく、また建築現場の監督や大型重機の運転もできる方。
「必要資格:弁護士・一級建築士・大型特殊」
【正社員以外・月収10万/年間休日45日】
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営業職だが高度な医療知識が必要になるため、業界経験者または知識がある方。
「必要資格:医師免許(同等程度の知識があれば免許不問)」
【パート・時給750円】
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「あいかわらずのクソみたいな求人だな」
数年前、一流大学を優秀な成績で卒業した俺だが未だに就職していない。
大不況が長く続いた日本、企業は超買い手市場の現状に胡坐をかきどんどんと労働者の待遇を落とし続けた。
その結果、日本の各地で膨大な数の離職者が出る、しかし、企業は代わりなどいくらでもいると強気の姿勢で労働者の待遇を変えなかった。
ちまたには求人が溢れ、そして奴隷のような待遇で働く日本人は後を絶たず、日本経済なんとか循環しているように思われた。
だが、ある日を境に求職者が消えた。
ハローワークに通う人は消え、求人のチラシを出しても電話がかかって来る気配はない。
全国の高校・大学の就職率はなんと軒並み0%。
低賃金で重労働、休みは少なくそれこそ比喩なしで死ぬまで働かされる日本での労働。
日本人達はついに奴隷のような労働に反発し働くのを止めてしまったのだ。
そんな状況に置かれても経営者たちは現実を認めず、奴隷のような条件の労働者募集を続けた。
既存の労働者の待遇も改善されなかったため、企業からの労働者流出は勢いを増し続けた。
マスコミは「若者の労働離れ」「日本憲法の労働の義務を果たさない非国民」と労働者を叩き、企業を擁護した。
その悪循環により、企業は徐々に衰退していき、そして日本経済は危機的状況まで追い詰められていた。
「従業員募集!年俸1000万円保証!男女年齢問わず!経験学歴不問!やる気のある人材を求む!」
ある日、そんなありえないほどの高条件の求人が出回った。
その会社は少し前なら名前を聞けば誰でも知っているほどの有名企業だった。
そんな有名企業も今では従業員はほとんどいなくなり、日本各地にあった支店は閉鎖。
いまでは倒産秒読みと言われていた。
「起死回生の売名行為」
「ブラック企業の最後の悪あがき」
世間のいたるところで失笑される倒産寸前の元有名企業。
しかし、試験日の告知がされると世間の失笑とは裏腹に、この怪しすぎる求人に100人を超える求職者が殺到した。
採用試験は本社で行われる「実技試験」だけというのも殺到の理由だろう。
本社前に並ぶ求職者達のその大半は冷やかし目的なのか、スーツ姿などは皆無でみなゆるい服装ばかりだ。
履歴書なども必要ないらしく、話のタネに来てみた俺も問題なく採用試験に参加できてしまった。
「それではこれより採用試験を開始させていただきます」
係員に誘導され着いた先は大型の多目的ホール、周囲はざわついている。
並んだ順番に一人づつ呼び出され、そして奥の小部屋に消えていく求職者達。
「次の方どうぞ」
試験開始から何時間程が経過しただろうか?
「次の方どうぞ」
戻ってきた者はいまだ一人も居らず、そして試験内容も明かされていない。
「次の方どうぞ」
そして、ついに俺の順番になった。
係員の誘導に従って小部屋に入る。
「はっなんなのコレ?」
そこには縛られた男が転がり、テーブルには一丁の銃が見えた。
いきなりの理解不能な出来事にうろたえていると、背後でガチャリとドアに鍵のかかる音が聞こえた。
「社長は他人を殺してでも我が社に入社したいという強い信念をもつ方を求めております。」
不意に係員が口を開く。
「告知でも申し上げましたとおり、当社には殺る気のある人材が必要です。」
「この場所での出来事は一切外部に流出いたしませんのでご安心ください。」
そして係員は暗に俺に人殺しを促した。
「なるほど、これが採用試験って訳か・・・。」
大きなリターンには大きなリスクが付きまとう、これからの自分の裕福な生活の為に他人を殺せるかというテスト。
他人の命と自分の裕福な生活、心の中で天秤にかけるとそれはあっさりと片方に傾いた。
俺は銃を手に取ると、転がっている男の頭に狙いを定め・・・
そして引き金を引いた。
「おめでとうございます。それでは採用となりますのでこちらのお部屋にお進みください。」
わずか数分の出来事、これで年俸1000万の企業に採用が決定した。
人を殺した罪悪感などない、むしろこれから年俸1000万の生活が待っていると思うと高揚感が湧き上がってくる。
次の部屋に向かうと、そこには沢山の男女がたたずんでいた。
ここにいるということは、俺と同じで殺る気のあった人材達なのだろう。
それからしばらく経つともう1人男が入ってきた。
見覚えのある顔、多分この会社の社長だ。
「おめでとうございます。非常にやる気のあった貴方達は当社に採用となります。」
「おまえらこれからは夢の年俸1000万の生活だ!」
部屋から歓声が上がる、それを見ながらわざとらしい拍手をしニヤニヤとする社長。
「じゃあ採用にあたって当社の就業規則の説明をしないとな」
そう言って社長は【就業規則】と書かれた本を取り出した。
「え~と、就業規則12条⑥刑法その他刑罰法規の各規定に違反する行為を行い、その犯罪事実が明らかとなった従業員は懲戒解雇とする。」
「はっ?」
「えっなになに?」
部屋内が酷くざわつく、そして社長が満面の笑みを浮かべ言った。
「就業規則によると、おまえら全員懲戒解雇だな」
大笑いする社長。
「誰がてめえら底辺労働者に大金なんか払うか!」
その言葉に激昂した男達が殴りかかった。
血まみれになりながら逃げ回る社長。
「全部おまえらが安い給料で働かないから悪いんだよ!」
外からパトカーのサイレンが聞こえる。どうやら社長を含め、俺達はもう終わりらしい。