髪飾り
作戦会議翌日午後19:00。SISの皆は警護に当たってるらしい。あの後メール来るわ電話なりっぱなしやらで大変だった。普通に考えれば俺が全面的に悪いのだが。
俺は、パーティー会場から1?程離れた無人ビルの階段を上っている。10階建てという高さなのでエレベーターは一応あるのだが、廃ビルらしく電力が通っていないため階段を上っていくしかない。小型拳銃"SIG P226"の銃口下の部分にライトをつけ、おぼつかない足元を照らす。今8階か...。
正直もっと狙撃に他に最適な場所はある。ここであるメリットはほとんどない。ではなぜここにアタリをつけたか。
6年前からここは何も変わっちゃいない。ある種、俺にとって思い出の場所だ。
最上階にたどり着く。屋上へと出るドアの前で拳銃のスライドを引き、初弾装填する。ドアを音をたてないように慎重にあける。
革靴の音をたてないように、うつぶせになりながら狙いを会場の方向に定めている女性に近づく。
「動くな。大人しく狙撃銃から手を離せ、そして手を上げろ。河部舞。いや、カチューシャと呼んだ方が良いかな?」
何のためらいもなく、拳銃を彼女の頭に向ける。
「なんで…ばれた…!!」」
「PTRD1941とかいう骨董品を使っている時点で、まずお前がほぼカチューシャってことは確定。」
「そこじゃない…!なぜ私の本名を知ってる…!」
「6年前、5月22日、河部正明が死んだ。そのとき隣にいたのを俺はここから見ていたのさ。まあ、ここから見ていたって時点で…」
--------彼女はなにかがはじけたように、拳銃を突きつけられているにもかかわらず、それを起き上がった瞬間蹴り飛ばし、今度は逆に俺に拳銃を突きつけてきた。自分の銃から3mほど離れていて、取りに行ったら撃たれるだろう。その拳銃は、"スタームルガーMk.III"。威力は恐ろしく弱いが、逆に言えば発砲音が小さいという大きな利点もある。サプレッサー(減音器)を銃口の先に着けると、ほとんど発砲音がしないといわれている。。彼女の銃もそれがついている。要は典型的な暗殺用拳銃だ。
「物騒なもん突きつけてくるなぁ...。」
変に冷静な自分がいる。とりあえず両手をあげてはいるが。
「少しでも動いてみろ...脳みそを22口径でかき回してやる…!」
相手はちょっと興奮気味。目は鬼のように鋭く、まるで無差別殺傷事件でも起こしそうな雰囲気だ。本当に発砲しかねないが、こちらには武器がない。彼我の距離は1mほど。
「えいやっ、と。」
相手の下に潜り込むように突進し、腕をつかんで背負い投げ。そこらへんに飛んだ彼女の銃をすかさず回収。相手がひるんだすきに抑え込んだ。今度は面と向かっている。目力だけで殺されそうだ。
「殺す、殺す、ぶっ殺してやるっ!」
明らかに錯乱状態。別に女性に乱暴する趣味などない。暴れる彼女を押さえつける。念のため、ボディーチェックも。太もものあたりに隠しってあったナイフを放り投げる。
「ナイフなんて物騒だな。さて、お前はFSB所属の"鷹"で間違いないんだな?」
「そうだ...。なぜわかった!」
「お前、左利きなのに、軍人らしく銃の利き手は右手なんだな。足跡残しすぎだ。あと、声。SISに襲撃されたとき、軽快に歌ってたろ。元シギントらしいが、ヒューミントになるんじゃなかったな。」
ヒューミントとは、"HUMan INTelligence"、つまりは人的諜報の意だ。
「くっ...。」
あのかわいらしい大学生姿からは想像できない表情だ。俺への恨みが6年間も蓄積した結果だろう。ずっと憎んできた相手に抑えつけられたら、屈辱的だろう。惚れた相手が、憎しみを持っていた人でした、小説一冊は余裕で書けそうだ。デートしてた時は、6年前スコープ越しに見た表情と変わらないのにな。
さて、こいつをどうするか...。佐藤に連絡して、引き渡すか。と思い、携帯を片手で取り出すが...。
「とまれっ!矢野章一!」
俺の本名!?ドアからグラサンスーツ姿の男が二人が出てくる。俺の本名を知ってるということは、FSBじゃない...。まずい、おそらく日本陸軍だ。やつらは確実に俺を殺しにかかってくる。間髪を入れず、彼女に向けていた拳銃をやつらに向け二人を反撃の隙すら与えずに撃ち殺す。
「きゃ!」
叫び声をあげた彼女を無視し、左手の腕時計のバンドを彼女の右腕と一緒に括り付けて、簡易手錠とする。自分が逃げるために、「処理」してもいいが、FSBの情報は貴重だ。こいつと逃げることにしよう...。とりあえず、自分の拳銃も回収する。
マークされてるだろう、イギリス大使館にも、自分の自宅にも、迷惑がかかるのでハムレットにもおそらく逃げ込めない。
かくして俺と河部の逃走劇が始まるのであった。