プロローグ
202X年、東京----
「ありがとうございました!」
男の名は、明石。コンビニのバイトで26歳、俗にいうフリーターだ。
平凡な身長、顔だちで、いわゆるどこにでもいる若者。定職に就くそぶりも見せない。
時計は午後10時を回った。もう上がる時間か...。交代のバイトも来たので、ロッカーに行き、着替えて帰宅。店から出た瞬間ネオンがまぶしい。街中はカップルと金髪集団ばかり。俺がバイトでしのいでる間みんなは好景気かと少しうらやむ。あとは足や手を失った人もちらほら...。どの道俺はぼっちだ。男一匹がいつもと同じく歩いて帰る。
今日は給料日か...と思った時に目の前に古ぼけたパブ。普段は入ることもないが、たまにはいいかと入ってみる。仲は清潔で、なかなかしゃれている。定年退職前ぐらいのルックスのマスター一人と、客は俺と先客のおじいさんのみ。若者だったら派手なバーとかもっと違うとこに入るか...。
「いらっしゃい!なにがいいかね?」
とりあえずカウンター席に座る。椅子のクッションもなかなかだ。革張りで反発具合もちょうどいい。酒もそこまで飲まないので何がいいのかわからない。
「お勧めのがあったらそれで。」
「あいよ!」
豪快な人だ。出された強くて辛いカクテルを飲みながら、先客とマスターと3人で談話。世代が違う人と話すのはいつだって楽しい。昔の話、最近の話、彼らは自分が知らないことを語ってくれる。
「明石君、君は朝鮮帰りかね?」
思わぬ質問に拍子抜ける。
「ええ、まあ、そうですけど...。」
"朝鮮帰り"、先の第二次朝鮮戦争で派遣された日本"国防軍"の生き残りのことだ。
「そういう目をしているよ。私の息子も朝鮮帰りだ。明るかったんだが、ふさぎ込むことが多くなってね...。ほとんど無傷で帰ってきたんだが...。」
遠い目をしながら彼は語る。
どうこうしているうちにもうすでにもうすでに2時。彼らに別れを告げて、少しばかり多い出費を払い、帰宅する。
と、2時過ぎだっていうのに町は活気に包まれている。で、2時過ぎだっていうのに前方から男の声。どうやら若い女性に金髪の男数人が絡んでいるらしい。こういうのはごろつき?ヤンキー?不良?チーマーっていうのか?面倒なことにはかかわりたくないので素通りするが...。そこは人間、なぜか放っておけない。やっぱどうするか?さっさと行こうと思うが、どうにでもなれと回れ右して男たちの方へ向かう。
「嫌がってるだろ、はなしてあげなよ。」
「なんだとぉ!?」
男たちの注意はこちらに向く。リーダー格の男はものすごい予想通りの反応。取り巻きは笑い、通行人は眉をひそめている。胸倉つかまれにらみ合いが続く。
「まぁまぁ、落ち着...」
拳が顔面向って飛んでくる。ちょっとばかしの血を吐く。慣れっこだが割と重くて痛い。かかわらなきゃよかったと心底後悔する。相手が油断したすきに、リーダーを投げ飛ばす。
「さあ!こっち!」
女性の手を引きBダッシュ。
「この野郎!追うぞ!」
そりゃあ追いかけてきますよね。
「しつこいやつらだなぁ。」
ぼそっとつぶやきながら、狭い路地を一気に曲がり、うまくやり過ごして逃走完了。
「あの、ありがとうございます!けがは大丈夫ですか!?」
割と長身だが結構かわいい声するもんだなこいつ。
「ああ、大丈夫。そんなに痛くないから。気をつけなよ?」
「なんとお礼を言ったらいいか!あ、お名前は?」
「明石、明石元一郎。」
名前まで聞かれるとはな...。
「明石さんですか!河部です!あ、ちょっと待ってください...。」
何やらレシートの裏にアルファベットの字面を書いている。左利きの、きれいな字だ。
「これ、メールアドレスです!では!」
「はぁ...。」
そういって彼女は走って帰って行ってしまった。
自分も帰宅。
さて、明日は"仕事"か...。