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ザイの診療所の待合室で、少女が出てくるのを待っていた。
『付き添いはいらん。邪魔なだけだ』
偏屈な闇医者に追い出されたのは全員。アヌルをケイのところへ走らせ、死体の処理は手下どもに任せた。残った三人は少女の治療が無事に終わるのを待っていた。
(人……じゃねぇ、か)
彼はヴィズを見る。
ヴィズは扉の前に立ちじっと少女が出てくるのを待っていた。
こうしてみているととてもロボットには見えない。瞬きもするし、皮膚もなめらかだ。それも作り物の滑らかさには見えない。触れば他の人間同様に温かみを帯びているように見える。だが、彼のマスターであるユマはロボットだといい、本人も自分が機械であることを認めた。ロボットであれば傷がないのも、あの反応速度も納得がいく。しかし、やはり少年は機械には見えなかった。
「なぁ、レオ」
隣から話しかけられ振り向く。
真剣な面持ちでラギは言う。
「エース死んだの……俺が来たせい?」
レオは首を傾げる。
「何だそれは」
「だって、俺が狙われたからレオが撃ったんだろう? レオに人を殺させたの俺だ」
「ばーか、俺は最初から人殺しだって言っていただろう?」
彼は傍らの少年の髪をかき混ぜた。
人が死んだことより傍らにいる男が人を殺してしまったことを気にしている。レオの手は洗っても綺麗にならないほど汚れきっているというのに。
「それにお前がさせたんじゃねぇ。俺がそうするべきだって選んだんだ」
最初から自分の手は汚れていた。だからあの時も迷わず引き金を引いていた。別に最初から殺す気であった訳ではなかったが、あの一瞬迷いはなかった。急所を外さなかった弾丸はまだあの少年の脳の中にとどまっているだろう。
正直なところ、撃った瞬間はもう間に合わずラギが刺されてしまっていると思っていた。エースを殺したのはラギが狙われたと言う事もあるだろう。瞬時に二人を天秤にかけ、大切な方を選んだ。けれど、それだけではない。彼のことが哀れだったからだ。
「俺、でもほっとした」
「うん?」
「兄貴が犯人じゃなくてほっとした」
「そりゃそうだろうな」
「レオが、これ以上傷つかないで良かった」
言われてレオは目を見開く。
言われたことを飲み込んで、ようやく自分自身のことに気付く。
(……ああ、そう言うことか)
自分が少年を傍らに置きたがっていた理由、そして少年が思っていたよりも強かであったことに気付いた。
弱くあって欲しかったのだ。自分と同じ境遇に産まれた少年に。少年を守ることで自分を守ろうとしていたのだ。誰一人守ってくれなかったあの頃の自分を。そして自分は守るべき者があることで安心していた。
自分のやっていることが正しいとは思えなかった。沢山の人間を犠牲にして街を成り立たせたところで所詮は恐怖で人を押さえつけているだけだ。この街はそもそもそうしなければまともに動かなかったのだろうが、今はもう違う時期に入り始めているのだろう。自警団が出来たのがその答えなのだろう。
自覚し始めると自分の居場所を失ってしまう気がした。認めたくない。自分はもうこの街にもう必要ないことを認めたくない。ラギを守るためという理由を付ければ安心してやってこられた。ラギを守るためにはこの街を自分が押さえつけている必要がある。そう言い聞かせることでこの数年をやってきた。
そんな自分の弱さを心のどこかで自覚していた。見ないフリをしてきた。だからずっとイライラしていたのだ。排水溝に流れる水に吐き捨ててきた想いは現状に失望していた訳ではない。それすら直視できない自分の弱さに辟易としていたのだ。
少年は守られるよりも誰かの支えになることを望んでいた。レオの深い闇の存在に気付いて守ろうとしていたのだ。自分に似ていると思っていたが少年の方がよほど強い。
似ていたのはむしろエースの方だ。ラギがいなければ、この街を守るという理由がなければ、苛立ちをどこかに発散するためにレオ自身が何の罪もない子供を殺していただろう。自己嫌悪に陥り、またその苛立ちを解消するために殺す。その悪循環。
「あいつが本当に殺したかったのは自分自身だろうな」
「うん?」
「あいつの家はジャングルのようになってるだろうな」
止めて欲しい。
それは誰に対する叫びだっただろうか。
花を落として自分を示していたのはそれが理由。
「……あいつの気持ちが手に取るように分かるよ」
報せを受け診療所にケイが訪れた時、まだ少女の治療は終わっていなかった。何の処置をしているのか分からなかったが、ザイは少女が安定するまで絶対に出ては来なかった。
一通りの経緯を説明し、レオは弁解の余地も与えず青年を殺してしまったことをケイに詫びた。
ケイはただ「すまなかった」と言い、自分の部下だった少年のために泣いた。
後にケイ達がエースの家を訪れた時、部屋はレオの言うようにジャングルのようになっていた。ただ、半分近くの植物が枯れていて、花を咲かせていたのは水をあまり必要としない小さなサボテンだけだった。