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オズ  作者: みえさん。
一章 まだ何も終わってはいない
6/32

 懐に隠しておいた方が良い。

 そう言われて素直に従ったのはこの街ではレオの方が経験者だったからだ。ヴィズは腰に隠しておいたナイフをベストの内ポケットの方に移し替える。

 ナイフを持つというのは威嚇のためだ。元来ヴィズには戦闘機能がインストールされている。相手が人間であれば通常の戦闘で負けることは考えられない。

 武器を使われても同じ事である。長距離射撃であれば弾丸が当たるより早く交わすことができる。拳銃でも注意して見ていれば反応速度の範囲であれば避けることが可能だ。命中することがあっても通常使用される弾丸では彼の表層面を殺ぐぐらいのことしか出来ないだろう。彼を打ち抜くには殺傷能力を高めた銃でなければ無理だ。

 ただ、万が一戦闘になった場合、ダメージは少ない方が良い。ユマを安全に守るためには万全の状態であった方が良いのだ。まして今はユマがまともに動けない状態。この状況下では。

「ユマ?」

 不意に彼は少女の様子がおかしいことに気付く。

 著しい体温の上昇は見られない。しかし呼吸音が通常とは異なっていた。

「僕の声が聞こえたら合図をして下さい、マスター」

 呼びかけても少女は反応を示さない。

 心拍数が上がっている。発汗が見られる割に体温の上昇がない。その上、顔面は蒼白で僅か小刻みに震えている。

 ヴィズは上を向いた。天井を見上げた訳ではない。その遥か上空にある人工衛星を見上げたのだ。

(医療機関を)

 瞬時に衛星と繋げもっとも近くにある医療機関を検索する。

 検索にひっかかったのは無免許で営業している医者だ。

 ヴィズは少女を布で包み抱きかかえる。出来るだけ負担をかけないようにしながら部屋の外へと出た。

 真夜中の店内は薄暗く静まりかえっている。ほのかに明るいランプの光の中でアヌルが作業をしているのが分かった。恐らくは伝票整理。店の中には他に人の気配はしなかった。

「どうかされました?」

 アヌルはヴィズの姿を認めて問いかけた。

 こんな時間に病人を抱えて出歩くのはよほどのことだ。優しい顔には訝るような、慮るような表情が浮かんでいる。

 ヴィズは声を落として答えた。

「ユマが」

 それ以上の言葉を青年は必要としなかった。険しい表情を浮かべて、少女をのぞき込む。

「……様子がおかしいですね。直ぐにでも医者へ行った方が良いかもしれません。この街には闇医者しかいませんが、一刻を争います。案内します」

「……」

 医療機関の場所は把握している。ヴィズ一人で行った方が誰かと行くより早いだろう。しかし、医者を起こす手間、説明する手間、医者に納得させる手間を考えればリーダーの身内に付いていってもらった方が早いし安全だ。

 彼は頭を下げる。

「お願いします」



 話をつけてきます、と言い残してアヌルは建物の中に入っていった。

 路地にある小さな入り口が闇医者ザイのねぐらだ。走ってくる途中、路上で死んだように眠っている酔っ払いを見かけたが、さすがにこの辺りには人の気配がしなかった。

(必ず助けますから)

 少女を抱きしめてヴィズは思う。

 この少女を失ってしまったら、自分は動く意味を失ってしまう。新しい主人が出来るまでの間、どう行動して良いのか判らなくなる。大体、次のマスターをどう選べばいいのか。ヴィズには分からない。

 がさり、と人の気配を感知してヴィズは振り向いた。

「あ、君さっきセディーに来た?」

「あなたは、えっと、自警団の……」

 それはユマとあの店に入った時に中年の男と一緒にいた青年だ。確かレオは「自警団」と言っていた。彼と話した後、レオが聞いたこともない言葉を発したので強く印象に残っている。名前は記録にない。

 青年はちらりと笑う。

「俺はエース。ダクス自警団ってよりフォーカードって方が分かりやすいか? まぁ、その一員。どうしたんだい? こんな夜更けに」

「妹が……」

 ああ、とエースは建物を見上げる。

「そうか、ここドクターの家だったね。レオさんも一緒に?」

「いえ、アヌルさんが話をつけに行ってくれています」

「そう、じゃあ暫くかかりそうだね。物騒だから戻るまでここにいよう」

 断るのも変だ。若いとはいえ自警団員と一緒なら安全な確立が上がる。ヴィズは僅かに笑んだ。

「お願いします」

 そう言った瞬間、僅か何かを思った。目覚めた時に感じたような軽い違和感に似ているが少し違う。それが何かを考えている間もなく、青年が話をしはじめた。どうやら少しの間でも気を紛らわせてくれるつもりらしい。

 およそ五分ほどだっただろうか。エースは自警団の仕事の話を中心に色々と話していた。彼の興味は今この辺りに現れる連続殺人犯に注がれているようだ。子供ばかりを狙う犯行で自分がいなければヴィズ達も襲われる可能性もあるのだとも話した。

「まぁ、レオさんのところにいるうちは大丈夫だろうけどね」

 いくら猟奇的な殺人鬼でもリーダーのところにいる者に手をかけるバカはいないだろう。それだけレオは恐れられている。

 エースはヴィズの質問にも丁寧に答えた。やがてザイの事に話が及ぶと、無免許なんだけどな、と声を立てて笑った。

「ここのドクターは名医だぜ。俺も仕事上しょっちゅう世話になってる」

「何で自警団に?」

「この街に流れ着いてやること無かったからなぁ。暇つぶしにってのが最初の理由」

「今は?」

「不謹慎だが楽しくなって止められなくなったんだ、これが。もっとも、今は別の理由があるんだけどな」

「別の理由?」

「そう。今は……」

 音がした。

 ヴィズの表層人格の優先順位が下がり、変わって戦闘モードに切り替わる。

 地に伏し、

 ユマを、

 抱え込む。

 かちり、

 二つ目の音。秒よりも短いコンマ以下の一瞬。

 スローモーション。

 続けて二度の爆発音。

 やや遅れて一回。

 安全確保のため、戦線を離脱したヴィズの目に飛び込んだのは血まみれの手を押さえ込んでうずくまるエースの姿だった。


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