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オズ  作者: みえさん。
四章 魔法使いは孤独に嗤う
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「へっ、ざまぁみろ、クサナギ」

 そう毒づいてレオはよろめいた。

 脇腹を押さえながらここまで全力で来たので出血と疲労でめまいがする。

 だが間に合った。

 片目を失ったヴィズがこちらを見る。

 何も感じていない、そんな様子だ。

 痛みも、恐怖も、仲間という意識も。

 その瞳は何も感じていない。無機質なロボットのものだ。

「排除します」

 彼はレオに向き直る。

 当然自分を敵だと判断している。この状況下で最初に排除すべき対象であると判断をしているはずだ。

(それでいい。あいつの思い通りになどさせねぇ)

 セイジ・クサナギはロボットを支配下に置く能力を持っていた。どうやって支配したのかは分からなかったし、たまたまあのラギに似せた個体だけが支配下に置けただけかもしれなかった。ただ、あの男があんな小細工をしておいて何も仕掛けてこないとは到底思えなかった。

 ならば二体のロボットのどちらかを、あるいは両方を使ってユマを殺しに掛かってくると容易に予測出来た。

 案の定ヴィズは正気を失っている。

 正直ドロシーが正常だったのには驚いたが、同時に助かったと思った。これでヴィズが自分を殺している間にユマを逃がすことが出来る。

 あの男は自分だけを生かし復讐心から自分の元へ来るように仕向けようとしている。ユマが死に、レオが生きている状況下でレオがそれを選ぶと思っているのだ。

 実際予測通りだろうと思う。

 思い通りに行動してしまうことを嫌悪しながらもレオは進む。

 けれどここで生死が逆転すれば、あの男の思い通りにはならない。

「来いよ、小童」

 眼前に迫る少年を見て彼は笑む。

(簡単には死なねぇよ)

 尋常ではないスピードで迫ってくる少年に向けて銃を構える。

 狙いは左目。

 銃口が完全に標的を捕らえた。

「……っ止めて! ヴィズ!!!」

 びく、と少年の身体が震えた。

 少年は男の首を掴む直前でピタリと止まった。眼前には銃が突きつけられている。無表情左目は見開かれたままレオを見つめている。

 引き金を引く直前でレオも静止した。

「止めて……お願いよ、ヴィズ」

 風を切るような少女の声。

 低く、掠れている。

 咳き込み、苦しげに呻きながらも少女は制止する言葉を呟き続ける。

 少年の瞳に僅かの光が戻る。

「…………、……ユマ?」

 一瞬だった。

 少年の表情が元のヴィズに戻った。酷く困惑した様子で少女を振り返る。ねらい澄ましたようにドロシーが彼にのしかかった。自分の髪からプラグを引き出し、押し倒したヴィズのこめかみに向かって差し込む。

 びくっと、もう一度少年が震え、そのまま沈黙した。


   ※  ※  ※  ※


 人の感触の残る首を少女は気にするように撫でた。

 無理矢理落としたヴィズは目を閉じ完全に沈黙している。

「まぁ、アレだ、みんな何とか無事で良かったな」

 自分の傷を無理矢理自分で縫い合わせたため微かに引きつってはいるが、ユマの持っていた薬を飲んだためか、レオが感じる痛みは少ない様子だった。

 それでも顔色は悪く、こうして平然と話が出来るのが不思議なくらいだった。

「にしても、ロボット敵に回すと怖いな……と、アンドロイドだったか」

「どちらでも同じよ」

 そう言って少女は笑った。

 声が掠れて痛々しい。

 この小さくもろい首をアンドロイドの力で絞められていたのだ。生きていた事の方が不思議なくらいだ。

「それでレオ、その話、本当なのかい?」

 ああ、と男は頷く。

「本当だ。どうやってか知らないがあいつはヴィズを支配下に置いていた。おそらく記憶の一部を操作して……くそったれが、嫌な奴だ」

 ドロシーには「どうやって」は想像がついた。だが、疑問は残る。

「使ったのは衛星だろうね。私たちは情報を更新するために定期的に繋げる。そこを利用したのだろうね」

 人間で言うなれば催眠の状態。衛星から彼の脳核に潜り込んで脳核をいじったのだろう。おそらく、「アキヤマ博士」の記録を使ってヴィズに「命令」をしたのだ。

 ユマを殺せ、と。

 アキヤマ博士が存命だと思い込んだヴィズは当然の事のように彼女の命令に従ったのだ。それが全く別の人間から送られてきている情報とは知らずに。

「……そうね、そう考えるのが妥当だわ。でも普通にしていて脳核を乗っ取られる何て事はないわ。ましてヴィズには優秀な防壁がある。ウイルスの影響なら受けないはず」

「だけど、あいつはおかしくなった」

「そう、本物の天才がヴィズにさえ気付かれないように侵入したという可能性もあるけれど、ヴィズの防壁である‘F’は、いくら天才でもこじ開けるのは容易じゃないはずよ」

「‘フリーダ’が入っているのかい?」

「ええ、オリジナルに近い‘F’よ」

「なるほど、なら難しいだろうね」

 Fという防御システムは大戦が始まるよりも前に組まれたプログラムだそうだ。誰がそれを作ったのかということに関してはいくつもの説が囁かれているが、今となってはどれが真実なのか分からない。

 大戦前に各国の王族を巻き込んだ事件を起こした‘黄金の翼’と呼ばれるテロリスト集団に囲われていた天才ハッカーが作ったものだと言うのが定説である。高い学習機能を備えていることから‘自ら思考し進化する’と言われており、応用され多くのAIの基礎ともなっているものだ。

 学習するということから想定された危険性から様々な制御がかけられ、今ではオリジナルは使われなくなって久しい。

 ヴィズにオリジナルに近いものが入っているということは、現存する防壁の中で最も優秀であると言えるだろう。

「だからね、考えられるのは外部からの侵入ではなく、ヴィズの中に最初から組まれていたものを利用したと言うこと」

 そこまでユマと考えていることは同じだったドロシーは同意を込めて頷く。

「トロイだね。しかも今まで見つけられなかったと言うことは相当巧妙に仕組んであったと言うこと」

「ええ。レオを刺したロボットがクサナギ型だったところを見ると、ヴィズのプロトタイプの段階で組み込まれていた可能性が高いわ。コピーして同じものを使っているプログラムも多いもの」

 レオは顔を歪める。

「なんだそれは、つまり全世界のクサナギ型がヴィズみたいになる可能性があるってことじゃねぇか」

「その可能性はあるわ。全て支配下に置くのは効率悪いけれど、その気になれば出来ない事でもない」

 ヴィズは感情があったがために完全に支配下に置くことが出来ず、催眠をかけたような状態になったが、おそらく他のタイプのロボットだったら容易に支配下に置くことができる。複数を一人で操るのは難しいが、方法はいくらでもあるのだ。

(そうなると)

 ドロシーは少し考え込む。

 ヴィズのプロトタイプの段階での開発にあの男が関わっていた事にならないだろうか。

 ドロシーは無意識にユマを見る。彼女は視線には気付かずいつも通りの表情を浮かべていた。

「なぁ、ドロシーもクサナギ型という話だよな?」

「ええ、そうよ」

 レオは少し顔を顰める。

「何でドロシーは正気だったんだ?」

「それは私も疑問だね。初期段階で組み込まれたのなら、私にも影響が出て当然のこと。ユマを殺すつもりならばヴィズだけでなく私も操ったはずだよ」

「私もそれについて考えていました。ヴィズの制御だけで手一杯だったとか、考えられる事柄はいくつかあるけれど、一番可能性の高いのはD回路だと思います」

「ドロシーの壊れた部分だな?」

「ええ。ドロシーを見たとき完全に機能が無かったからその段階で取り外しています。だから、利用しようにも出来なかったんじゃないかしら」

「え? 完全にないのかい?」

 ドロシーは脳を指差す。

「ええ、ちゃんと話をしていなくてごめんなさい。遮断しても一切ドロシーの機能に影響ないから治るまで話す必要はないと思っていたの」

 回路がないのは歯車がないのと一緒だ。多少壊れていても脳内に残っているとばかり思っていたが、それには少し驚いた。

「イカレてたから救われた、か……皮肉な事だ」

「だけどおかげで助かったわ。ありがとうドロシー、レオもありがとう」

 深々と頭を下げる。

 レオは少し困ったように頭の後ろをかいた。

「止せよ。お前は俺に巻き込まれたようなもんだろう。俺と一緒に行動していなけりゃこんな目には遭わなかった訳だし……」

「何言ってんだよ、あんただって被害者じゃないか」

「そうよ、この際だからちゃんと話をしておかなければいけませんね。レオ、貴方は気付いていると思うけれど、私は貴方たちのことに対して無関係じゃないわ」

 レオは表情を隠すように薄く笑う。

「どういう意味だ、嬢ちゃん」

 少女は居住まいを正す。

「私が会いに行く魔法使いは、セイジ・クサナギ。悪魔と呼ばれた男よ」



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