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オズ  作者: みえさん。
四章 魔法使いは孤独に嗤う
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 一瞬動揺して反応が鈍ったのは認める。

 だが、まさかこんな事になるとは思っていなかった。

 脇が、火を付けたかのように熱い。

「どうだ? この顔に刺される気分は?」

 見下ろしてくる小柄な影にレオは苦笑する。

「……最悪な気分だな。悪趣味なんだよ、てめえは」

 刺された脇腹からはおびただしい血液が流れ出てきている。ここを刺されるのは二度目だ。おそらくそれを分かっていて彼は刺したのだろう。

 血まみれのナイフを持っているラギを睨む。

 いや、ラギの姿をしている‘モノ’と言った方が正しい。

 人懐っこい表情で笑う彼とは全く違うおぞましい存在だ。

「即席で作った割に、良い出来をしているだろう?」

 レオは自嘲気味に笑って答える。

「ああ、一瞬でも騙されたくらいにな」

 楽しそうに少年は笑う。

「お前が入れ込んでいるのを知って作ったんだ。表面的なものでしかないがあの少年そっくりだろう?」

 レオは苦く笑った。

 この男の正体を自分は知っている。ラギの姿をしているが、ラギではない。こんな悪趣味な事をする人間はただ一人しか知らない。

 戦争の半ばに死んだはずの諸悪の根元。

「……死んだんじゃなかったのか」

「身体の方はな。だが私の思い通りになる体はいくらでも存在する。脳だけでも残してくれた学者諸兄に感謝するよ」

 くすくすと笑う。

「会いたかったよ、ユージン」

「その名前は俺の名前じゃねえよ、クソ野郎」

 意気込んで怒鳴ったものの、腹部の痛みですごみは出ない。

 レオは舌打ちをした。

「二十年ぶりに会った父親に対して酷い言いぐさだね」

 父親、と聞いて鳥肌が立った。

 それは怒りに似た感情だ。この男は確かにレオを作った。この世に生み出したという意味で父と言えるのかも知れない。しかし厳しくも慈しみ育てるという意味では父親とは呼べない。何より男はレオの事を息子だとは思っていないだろう。こちらを挑発するためだけに言っているのだ。自分を「ユージン」と呼ぶのが何よりの証拠だ。

 彼は血にまみれた手で自動小銃を握る。

「他人の細胞使って試験管で作ったくせにオヤジ面すんなよ」

「おや、私の遺伝子が入っていないことに拗ねているのかい? 可愛い息子だ」

「気色悪いこと言うな!」

 拳銃を構えるが早いか少年の頭目がけて発砲する。

 が、それはいともあっさりと避けられた。

 分かっていたことだが、悔しい。

「ははは、お前は本当に遺伝子の父親にそっくりだ。すぐにかっとなる。いいね、そうでなければ意味がない。世界がある意味も」

 殺さないよ、と少年は自分の喉元にナイフを突きつける。

「お前はまだ殺さない。だが、あの娘はもう要らない。あの娘を理不尽に殺され、お前は私を恨み、復讐に来る。そのために作った人形だ」

「……ユマの事を言っているのか?」

「そうか、そう言う名前だったのか、あのロボット工学者の娘の名前は」

「てめぇ」

 いかにも興味がないという風に言う男にいきり立つ。刺されるという失態をおかしていなければ殴ってやっていたところだ。この男にとって全てが自分を満たすための道具でしかないのだ。

 只一人、ユージンを除いて。

「君が私のところに辿り着くのを楽しみにしている。日本で会おう、ユージン」

「やめ……っ!」

 それは一瞬の出来事だった。

 少年の喉元に付けられたナイフが奥へと突き刺さる。同時にどろっとした人工血液が流れ出る。

 笑ったまま沈んでいく少年の姿。自分が街に‘捨てて’きた少年とそっくりな姿。

 気持ちの良いものではない。

 出血と怒りで朦朧とする意識の中では衝撃が強すぎる。

「だからてめぇは悪趣味だって言うんだよ!」



   ※  ※  ※  ※


 強い信号が走る。

 それは‘ロボット’である自分に対する命令。

「ヴィズ?」

 一瞬意識が飛ぶ。

 抱きしめているユマが怪訝そうに顔を上げた。

 ‘この娘’の名前は、何だっただろう。

『クサナギ』

 脳内にマスターの声が響く。

 病で脳を冒されながらも自分を作り上げたユリハ・R・アキヤマ博士。その声は彼女のものだ。

 主であり、母でもある存在。

 それは自分にとって絶対の存在。

『殺しなさい、クサナギ。その子供は‘敵’よ』

 暗い目で見つめる姿が蘇る。

 研究施設に入り、ロボット工学に関して天才的な脳を有する事が分かった女性は、自らの父親の四肢を直すために一生研究を続ける決意をした。研究を続ければ最愛の父親の手足を動かす技術を生み出すことも出来、その脳を研究に捧げることで融資を受けることも出来る。だから彼女は迷わなかった。

 そして史上初めての成功例のアンドロイド、クサナギを作り上げる。

 自分を作り上げた時、彼女は既にどこかがおかしかった、とヴィズは思う。

 病気が進行しはじめ時々狂ったように喚く彼女は正常とは言えなかった。

 生まれてそれほど経たず目の当たりにした‘母’の姿は強く強く印象に残る。

 それでも彼女は、彼女のことを穏やかな顔で口にしたのだ。

『娘がいるの、クサナギ』

 そう、あれは最後の日のことだ。

『アキヤマはクローン体だったから寿命が短くて、娘を抱きしめる前に死んでしまったわ。私の子供は彼との娘なの。クローンと私との子供。……ねぇ、私の娘はちゃんと生きられるかしら?』

<試算不能です>

『そう言う時は‘分かりません’っていうのよ、クサナギ。……クサナギはアキヤマのオリジナルの身体の名前よ。アキヤマとは性格は正反対なのに、クローンなんですって』

<クサナギ、というのは紫斑病の病原菌を蒔いた男ですか?>

『そうよ。……でも、今の話は忘れて頂戴。娘が知ったらきっと辛くなるわ。彼女には真実、自由でいて欲しいの。親のことや、世界の事に捕らわれず、幸せに生きて欲しい。でも、私の娘だから……きっと開けなくていい箱まで開いてしまう。だからきっとあなたを目覚めさせるわ』

<遺伝子による性格の類似は認められています。43%の確率で貴方の試算通りになると想定出来ます>

 彼女はおかしそうに笑う。

『ふふ、それって低いの? 高いの?』

<過半数を超えませんが、遺伝子による類似だけを試算対象にしていることを考慮すれば高いです>

 言うと彼女は更に笑った。

 笑われている理由は分からなかったが、主の楽しそうな顔を見るのは‘嬉しい’。

『そうね、高いわ。……うん、その時は、娘の事をお願いね、クサナギ』

<はい、分かりました、マスター>

『あなたをクサナギと名付けて正解でした』

<何故でしょうか?>

『だって、ようやく私、その名前を憎まずに済むんだもの。本当は難くてたまらなかったの。今の壊れた世界作った人の名前を知ったときから』

<世界が難いのですか?>

 いいえ、と彼女は首を振る。

『こんな風になっても、私は幸せでした。大切な人と出会い、娘を産んで、貴方という存在も産めた。……覚えておいて、クサナギ。他の全てを忘れてもいい。むしろ私のことは忘れてくれた方がいい。これは命令ではないけれど』

<命令ではないのですか?>

『ええ、お願いなの。……覚えていて。貴方がこれから先、誰か人を、主従の関係なくして大切に思えたのなら、それは‘愛している’ということよ。友情なのか、恋愛なのか、また別の感情なのか知らないけれど、貴方が誰かを愛せるのだっていう証拠。……大切にして頂戴』

 彼女の言いたいことを半分も理解出来ていなかっただろう。

 けれど頷く。

 命令の内容は理解したという意味で。

<わかりました>

『そしてこれは命令よ、クサナギ』

<はい>

『次にあなたを起こした者が、あなたの新しいマスターになります。それまで眠りなさい』

 そして彼は目を閉じた。

 それからどれだけの時間が経ったのだろうか。

 マスターにまだ‘変更はない’。

 抱きかかえる少女を見る。

 この娘は誰だっただろうか。

『マスターではない、殺せ、クサナギ』

 低い声。

 命令だ。

 マスターの命令。


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