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「それだけで良かったのですか?」
ヴィズの質問にレオ少し首を傾げる。
質問の意図は分かるが、このロボットがどういう受け答えをするのか興味があり、敢えて聞き直してみる。
「どういう意味だ?」
「ユマは何を買っても構わないと言いました。その上で貴方が購入したのはこれから必要と予測される銃弾と、嗜好品数点だけです。ユマが想定していると推測される量に及びません」
「あんま買いすぎてもバギーに詰め込めないだろ。それに、遠出なんか贅沢出来ねぇのが基本だ。贅沢品なんか多くない方がいいんだよ」
彼は頷く。
「同意します。ですが、長旅になれば疲れを癒す嗜好品は重要になってきます。こと煙草に関しては品種改良により減ったとはいえ、依存性が認められています。離脱症状もあり、必要予測数よりも多く所持し……」
まだ先が続きそうな言葉を手を振って遮る。
彼はすぐに黙り、レオを見つめる。
瞬きの少ない瞳。
質問されているような気がして親切に答えた。
「ヤニ臭い状態で近づいて説得力もねぇかもしんねぇが、一応気にしてやってんだよ。多少は我慢して貰うにしても、隣でバカスカ吸ってる訳にもいかねぇだろうが」
彼は数回瞬く。
人が驚いた時にする表情と良く似ていた。
「何だその反応は。俺がまるで配慮のねぇ大人だと思ってたのか?」
「いえ、そうではありません。確かに貴方は自分勝手で傍若無人のように見られるでしょう。けれど貴方は他人を観察し自分がどのように映るのか理解した上でそのように振る舞っているように見えます」
見透かしてくるような言葉を鼻先で笑う。
「はっ、根はいい人とでも言うつもりかよ」
「貴方が‘いい人’であるか否かは判断しかねますが、配慮して下さっていたのは知っていました」
「なら何で今驚いた?」
「驚く……」
彼は少しだけ考え込むように黙り込んだ。
「……そうですね、驚いたのかもしれません。僕の試算の結果貴方が自らそれを申告する可能性は二割以下であると判断していました」
勝手な試算で自分を計るなと怒るべき所であったが、言い回しがおかしくてレオは覚えず吹き出した。
ヴィズは何故笑われたのか分からないと言う風にレオを見ている。
「そう言う時は‘意外でした’でいいのよ、ヴィズ」
手のひらに収まるような小さな包みを手に握り、戻ってきた彼女は楽しそうに笑う。彼女の背を守るように小さな包みを片手にドロシーも笑みを浮かべていた。
「はい、意外でした。……危険はありませんでしたか、ユマ?」
「ええ、大丈夫よ、ありがとう。ヴィズもご苦労様」
「苦になるような労働ではありませんでした」
彼女は笑う。
「そう、それなら良かったわ。レオもありがとう。貴方の用を済ませるのなら、もう少し時間がかかるものと思っていたけれど」
意味ありげな視線を向けられ、レオは顔を顰めた。
「コイツ連れてそう言う店入っても良かったのかよ?」
「あまり歓迎は出来ないけれど、何事も経験してみるべきじゃないかしら? まぁ、貴方がどんなお店に行こうとしていたのか知りませんが」
「……よく言うよ」
温室育ちのように見えて世間知らずとも言えない。潔癖なのに妙に物わかりのいい子供というのはどうにもやりにくいものだ。
いっそ子供に下半身の心配をされたくないと言ってしまいたかったが、下品な言葉を浴びせれば少女はおろか、ロボット二体からも非難されること必至だろう。ダクスに置いてきた連中にならば平気で言えるが、やはりやりにくいものだ。
(……置いてきた、か)
レオは自分の思考に呆れて少し笑う。
置いてきた、と言えるのは取りに戻る積もりがある人間が言える言葉だ。ここまで来ておいて、未練があるとでも言いたいのだろうか。
「どうかしたの、レオ?」
「いや、何でもない。それより……」
言いかけた刹那、嫌な予感がしてレオは反射的に少女の腕を引いた。掴んだだけでも折れそうな腕と、片手でも簡単に持ち上がってしまう身軽な身体だった。
少女は強引な男の力で宙を舞う。
バランスを崩して転倒する寸前、ヴィズが彼女を受け止める。
「ちょっと、あなた何を……」
するの、と言いかけて少女の顔が青ざめたのが見えた。
彼女の目の前をボウガンの矢が通り過ぎる。数にして四本。それは今まで彼女がいた場所を通過し、木で出来た地面に突きたたっている。
全身が沸騰するような感覚と同時に、頭の中だけは氷を落としたように冷たく冴える。
幾度も経験した修羅場。
ロボットの‘合理的な判断’よりも、自分の判断の方が恐らく正しい。
レオは怒号を飛ばす。
「ヴィズ、とにかく嬢ちゃん抱えて走れ。お前なら当たっても大した怪我にならねぇ。盾になってでも守れ!」
「はい」
「ドロシーはバギーを。狙われているのは嬢ちゃんだ。ここは俺が何とかする。とにかく西へ向かえ!」
「了解」
二体のロボットは彼の命令に躊躇無く従う。恐らく、ロボットの判断としてもレオの思考を支持したらしい。
少女を抱えた状態でヴィズは西に向かって走り出し、ドロシーはバギーを止めている方に向かって走り出していた。
レオは腰から自動小銃を引き出すと同時に引き金を引いた。
パン、と乾いた音。
感触はあった。だが、仕留められた様子はない。
応戦するように矢が飛んでくる。
それを避けながら二人とは全く別方向に走り出す。ざわめく街中を駆け抜け、出来るだけ矢を射た犯人を挑発するように自分の場所を示しながら進む。
ここで笑みがこぼれる自分は頭がおかしいのかも知れない。
命のやりとりという背筋も凍る場面でこんなにも興奮している。相手を追いつめて痛めつけることだけを考えている。
獣が獲物を狩るために遊ぶように、レオはちょっとずつ間合いを詰めて行く。飛んでくる矢の角度はいつも正確だったが、軌道が読みやすい。おそらくボウガンの制御装置をそのまま使っているのだろう。戦闘慣れをしていない素人の仕業だ。だからユマを狙っておきながら簡単な挑発に乗ってきた。弓矢の授業で満点が取れても実践に役立たなければ武器など意味を成さないというのに。
避けながら彼は相手の居場所を探る。
矢が射られるたびに犯人のいる場所が確信的になっていく。
いつの間にか追う方と追われる方の立場は逆転していた。焦りが強くなったのか、矢の数がどんどんと増えてきている。けれど、レオには一切当たりはしなかった。
古い建物の中に入るとボウガンでの攻撃が止んだ。
おそらく屋上にいる。
階段を駆け上がり、屋上のドアを蹴破ると、物陰から人が飛び出した。一蹴して手元を薙いだ。
「うっ!」
それがうめいた。
ナイフが高く舞い、屋上の石畳の上を転がる。
レオはそれの額に向かって拳銃を突きつけた。
その顔を見て彼は目を見開く。
「お前……」
見覚えのある顔がそこにあった。
※ ※ ※ ※
「?」
一瞬頭痛がして彼女はよろめいた。
レオの指示で走り始めた時から違和感があった。それが急に強くなった気がしたのだ。
否、頭痛がするなんてことは気のせいだ。自分はロボットだ。頭痛という感覚があるわけではない。
けれど、何か頭の辺りで‘痛み’のような感覚を感じ取っている。
「……ユマ?」
こう言うのを虫の知らせとでもいうのだろうか。小さな少女の身に何かが起こっている予感がした。
可能性として考えられることが一気に頭の中を廻り、疑問が走馬燈のように駆けめぐっていく。
誰が。
何のために。
そもそも何故彼女は。
彼女の素早い計算でもその答えをはじき出すことは出来なかった。だが、迷っている暇はない。
彼女はバギーに手をかけ持ち上げる。
「ふんっ!」
狭い町中を走らせるより、この方が早い。
一刻も早くユマと合流する。それが今の彼女に出来ることだ。




