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オズ  作者: みえさん。
四章 魔法使いは孤独に嗤う
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「……魚?」

「魚です」

「魚……」

 ユマはテーブルに載った料理をじっと見つめる。

 皿の上からじっくり煮込まれた魚がユマを見つめ返してくる。それだけでも少し食欲が減退するというのに、魚は見たこともない形状をしている。魚と言われなければドラゴンの子どものようにも見えるだろう。何故か尾鰭の近くに足のような物体が見える。鰭は発達して羽根のようだった。それがゼリーでコーティングしたようにどろどろてかてかしている。

 一言で説明するならば‘グロテスク’だ。

「………これって食べれるの?」

 彼女の言葉にレオも同意するようにヴィズを睨んだ。

 この店とメニューを選んだのは彼だ。

「魚料理自体喰ったことねぇ訳じゃないが……これは少し……アレだな。喰える気配がしねぇぞ?」

 まるで戦後の汚染で出来てしまった奇形のようだ。

「品種改良をされていますが、食品としての安全性と味のバランスはいいもの……と、記録されています」

「だからって何で丸ごと出すんだよ。せめて切り分けてフライにするとか……」

「元々皮の固い魚のようです。解体するのに苦労するためこのまま調理するのが一番手間の掛からない方法のようです。長時間煮込むことで皮や骨に至るまで全て食べられると記録されています」

 ドロシーが補足する。

「店員に直接確認したけど、本当に残すところ無く全部食べられるらしいよ。何分見た目がアレだから人気はあんまりないそうだけどね」

「……じゃあ何で育ててんだよ」

 げんなりした様子でレオが吐き出すように言う。

「最も食されている魚と共生関係にあるため、一緒に育てるそうです。レオが条件提示した‘安価で腹の膨れるもの’とユマの条件表示である‘栄養吸収のいいもの’を熟考した結果、このようなものになりましたが?」

 真面目な顔でヴィズは言い張る。

 指定条件にあったものを選んだのに、何が悪かったのかと疑問視するような顔だった。

 レオは溜息混じりに額を抑えて俯きながら唸る。

「………俺、今度から見た目も条件に加える」

「同感ね。最低条件で料理が睨んでこないものをお願いするわ」

「魚は既に死んでいますが?」

 ユマも額を抑えた。

「……そう言う問題じゃないのよ」

「そもそも魚の視力は大きく発達していませんので、水から上がった状態でユマを睨むことを認識出来ませんし、魚の脳には大脳皮質若しくはそれに変わるものがほとんど無く、感情は芽生える事は分かっていますが認識することは出来ないと言うのが定説。恨みや非難の感情を持って相手を見つめることが睨むという行為です。従って……」

 まだまだ続きそうな彼のセリフをユマが手をあげて制する。

「ヴィズ、ありがとう、もういいわ」

「はい」

 お礼を言われたことに対して何故か満足げなヴィズを見て、ドロシーが溜まらず吹き出した。笑われたことが不可解だったのかヴィズはドロシーを不思議そうな目で見る。表層人格しかない彼女がそこでどうして笑うのか理解が出来なかったのだろう。

 ドロシーは笑いながら弁明する。

「いや、すまない。何かおかしくてね」

「何故おかしいのですか?」

「何だかかわいく思えたんだよ」

「不可解です。可愛いという単語はユマのように愛らしい外見をしている場合に使われるべきものです」

 褒められたユマは微笑む。

「あらありがとう」

「事実を述べたまでです。成人体に近い僕に使われる単語ではありません」

「何だ、可愛いって言われて怒ったのかい?」

 からかうような声。

 ヴィズは首を左右に振った。

「可愛いは褒め言葉であれば怒る理由などありませんが」

「でも怒っているだろ?」

「分かりません。僕よりも可愛いと称されるべき女性体である貴女に言われたことが少々不快であったという認識はありますが」

「それが怒ってるって事だよ。むっとしたって言う方が的確かもしれないね」

「むっとした……」

 ヴィズは腕を組んで少し俯く。

 怒りという程明確なものではないはずだ。ただ、不快感はたしかにあった。それは些細な事であり、口にするほどでもないもの。‘少しむっとした’その単語が一番しっくりくるような気がする。

「何故褒められたのに不快なのでしょう」

 口にするとユマがぱちんと手を叩く。

「はい、それ、宿題ね」

「宿題……考えなければならない問題、ですか?」

「そう。ずっと考えている必要はないわ。でも、少し考えてみて。そして答えを見つけられたら私に教えて頂戴」

 ヴィズは素直に頷く。

「分かりました、努力します」

「それじゃあ、私たちはこちらの課題に挑戦しましょう」

 とりわけ用のナイフとフォークを手にしてユマが意気込む。

「……喰うのか? 喰える気しねぇだろ」

「食料は無駄に出来ないわ。匂いは取りあえず美味しそうだから、形を想像せずに目を瞑って食べたら意外と美味しいかも知れないじゃない」

 少女の男前な発言に手を付けることを躊躇っていた大男が息を吐いて、自分の取り皿を差し出した。

「……頭部は俺に寄こせ」

「食べれる気がしないんじゃなかったの?」

「無駄に出来ないってのには同意だ。嬢ちゃん一人で喰える量じゃねぇからな。それに嬢ちゃんが喰うってのに、俺が喰わねぇとかありえねぇだろ。一番スゲーところは俺に任せろ」

 ひゅう、とドロシーが口笛を吹く。

「男だねぇ」

「うっせーぞ! ……ったく、これで味が最悪だったら一発殴るからな」

 ヴィズが瞬く。

「失敗に対するお叱りでしたら構いませんが、レオの拳の方が痛むと思いますよ?」

「お前なぁ……」

 呆れた風なレオに、ユマが暴力発言を抗議する。

「ヴィズに危害加えるなんて堂々と言わないで。ヴィズも大人しく殴られるなんて軽々しく言わないの」

「申し訳ありません。改善します」

「お嬢、まずこのとんちんかんな発言改善させろよ。………って、オイ! 何で内蔵盛ってんだよ!」

 取り分けた事でグロテスクさが倍増されたお皿をレオの前に差し出しながらユマは涼しい顔で答える。

「一番スゲーとこ食べてくれるんでしょう? 今切ってみたらそっちの方が凄かったから……」

 ちゃっかり自分の所にはあまりグロテスクでないところを盛りつけてユマは笑顔で着席をした。

 こういうのは取り分けた人の勝利である。

「だからって………あーもう、クソ、喰うよ。喰えばいいんだろ!」

 半ばヤケになってレオはフォークを掴むと取り分けられた‘異常にグロテスクで異常に柔らかい魚’を刺し、口に運んだ。

「………ん、んー? 何だこれ、今まで喰った中で一番旨いぞ」

「本当?」

「いいから喰ってみろって」

「それじゃあ私も頂きます」

 丁寧に日本式の挨拶をして、ユマも料理を口に運んだ。

 驚いてユマは目を見開き口元を押さえる。

「!」

「な、旨いだろ。見た目を除けば相当なアタリだ」

「……そうね」

「……? 何で残念そうなんだ?」

 喜ぶレオとは対照的にユマの表情は暗い。

 暫くして彼女は口を尖らせて呟いた。

「………内蔵、全部レオのに乗せるんじゃなかったわ」


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