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オズ  作者: みえさん。
四章 魔法使いは孤独に嗤う
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1

 船着き場からしばらくは湿地が続く。

 湿地の上には道路が浮かべられ、そこから大きな街が広がっていた。

 巨大な船のような街、通称アトランティス。

 道路も、施設も、民家までも全てが湿地の上に浮かべられ、並大抵のことでは沈むような作りになっていない。

「はぁ、よくこんなモン作ったな」

 感心とも呆れとも取れる口調でレオは呟く。

 浮かんだ街はかなりの広範囲に及んでいる。街と言うよりは国と呼んでもいいほど巨大だった。足場の特に悪い所は橋のような道路が浮かべられ、また別の街と繋がっている。ここにはかつて太平洋という大きな海があった。大戦時使われた環境破壊兵器や薬品などの影響からか急激に水を減らした。爆撃などで地形が変わり地軸が大きくずれたため、代わりに大西洋方面は水かさを増し、多くの国を飲み込んだ。

 元々大西洋沿岸の国々は人の数を大きく減らしていた。大戦以前より問題視されていた大気汚染を理由に加速していた火星への移民事業が大きくなっていた。火星に建設された国際的な施設には試験的に一万人を越える人々が住み、移住計画は順調に進んでいるかのように見えた。けれど、大戦が始まり暫くするとその計画は中断された。国際的テロ集団が真っ先に標的にしたのが火星だったのだ。

 施設は破壊され、多くの命が犠牲となたった。その上、生物兵器の影響で大西洋沿岸の国々ばかりでなく、地球の多くが人口を減らした。現在大戦前の十分の一以下の人口と言われているが、正確な人数は把握されていない。

「このアトランティスは住めなくなった土地を捨てて、逃げ延びた人々が作り上げた都市だと言われていますが、その実、大戦以前から計画されていたようですね。提唱者はニコルズ博士です」

 彼の言葉にユマは頷く。

「そうね。各国の技術を集めて中立都市を造る事になった時、対応が早かったと聞くわね。ベースになる‘床’は大戦直後から設置が開始されたという話も聞くくらい。正確な情報がなくて噂に過ぎないけれど。……ヴィズ、大戦がそもそも起きたきっかけって知っているかしら?」

 言われたヴィズは頷いてみせる。

「おおよそ三年の間に各地で紛争が頻発し、多くの人が命を落とし、食料や戦争資金を廻った争いが起きた頃がありました。北欧神話になぞられフィンブルの冬と呼ばれています」

「そう、その三年がそもそもの発端となり、飛び火した火の粉が世界中に廻りました。……それで、何故すぐに終わらなかったと思いますか?」

「色々理由はありますが、最も激化させた理由は戦争により莫大な利益を得た国が‘正義’の名の下に周囲を唆していたからです」

 顔を顰め、レオが抗議する。

「……ちょっとまて、何か極論じゃねぇか?」

「あら、反論できるの?」

「いや、しねぇけど……」

「そもそも紛争自体が誰かの思惑で引き起こされた可能性だってあるでしょう?」

 レオは微かに奥歯を噛みしめる。

「……陰謀説か。嬢ちゃんはそれを信じるのか?」

「フィンブルの冬は偶然というにはちょっと出来すぎていると思っているの。あんな風に感染拡大するように世界中に混乱が起きたのは誰かの思惑が絡んでいないとおかしいわ」

「だが、ほんの僅かな人間の思惑程度で世界がこんな事になるか?」

 ユマは皮肉っぽい笑みを浮かべる。

「そもそも戦争はほんの僅かな人の思惑から始まるものよ。終わる時も同じね。終戦が見えていたのに、s新型兵器を使った事例があるくらい。あくまで疑惑なのだけけれど」

「……いつの話だ?」

「大戦の少し前にある島国を標的にした戦争での事よ。戦争の早期終結なんて建前。本当は多額の税金を投じて作った武器を正当化したかったことと、実験がしたかったから。結局分かったのは、威力が大きすぎて使い物にならないって事だったんじゃないかしら。敵を降伏させても土地が何にも使えない土地になってしまえば意味の無いことだもの」

 それでも結局大戦では再びその兵器は使われた。それによりいくつもの国が滅亡し、人の住めない土地を増やした。大気は汚染され多くの人が病に倒れた。もしも世界中にあったそれが全て使われたのなら地球は何十回も滅んでいるだろう。

 大戦も終わる頃になれば皆、どこかおかしくなっていた。悪いことと知りながらも目を閉ざし、或いはもう全てが滅んでしまえばいいと願うかのように様々な実験が行われていた。

 辛うじて残っていた誰かの理性が大戦を終わらせ、世界はぎりぎり踏みとどまった。

 或いは既に皆戦う力も残っていなかったのかもしれない。

 戦争が終わって何かが劇的に変わったわけではない。むしろ状況は酷くなる一方だ。いくつかの街や国は立て直すためや自立するために躍起になっていたが、世界レベルで言うと人々は刹那的になり快楽を求める傾向に移っていった。生きていても何の意味もないと口にする人は多い。自殺者も戦後の方が増えた。終戦せず、全て滅べば良かったと口にする者も少なくない。

(……俺もその一人だな)

 レオは人知れず苦笑する。

 この世界が滅べば良いと思っているのは事実。何とかして立て直したいと思っているのも事実。だが、ダクスを立て直すのもやっとだったレオに何が出来るのだろう。考えれば考えるほど全て滅べばいいと思ってしまう。

 だから、こんな状況でも何かをしようとしているユマに興味を持った。彼女の思惑は知らないが、目的に興味があったのだ。だから付いてきた。

 無論、それだけが理由ではないのだが。

「それにしても、お前らの元を作ったアキヤマもとんでもない名前付けたよな、初めて聞いた時は何の皮肉かと思ったぜ」

「ああ、クサナギ型のことかい? 作った本人はニホンの伝説から取ったって言い張っていたみたいだね」

「だが頭のいい奴だったんだろう? だったらアレを意識しないわけがなかったよな」

「まぁ、そうだろうね」

 ドロシーは苦笑する。

 ヴィズは首を傾げた。

「何の話ですか?」

「何だ、お前自分の名前の由来知らないのか。嬢、情報くらい入れておけよ」

 言われ少女は溜息を付く。

「文句なら前のマスターに言って頂戴。私が意図して教えなかったんじゃないわ」

「そうなのか? まぁ、いい。お前、緑斑病りょくはんびょうのことは知っているよな?」

「はい」

 緑斑病は大戦中世界各地にばらまかれた生物兵器の一つである。汚染された土壌からの感染が多く、感染しても発病しないことが多いのだが、三割が感染してすぐに発病する。発病後は身体の様々な場所に支障をきたし、やがて全身に緑色の斑点を作り死亡する。その間おおよそ三ヶ月。発病者は三ヶ月の間苦しみ抜いた上で死亡する。

 この病の恐ろしいところは、すぐに発病しなくても後々になって発病する遅効性もあるということだ。長い潜伏期間を経た病原は速効反応の時とはまた別の作用を体に引き起こす。何年もかけてゆっくりと身体を蝕んでいくのだ。

 今生きている人間の半数がキャリアであり、いつ発症するか分からない病に人々は怯えている。

「その緑斑病を作った人間がクサナギという名前の日本人なんだ」

「え?」

「人間を滅ぼすつもりでばらまいて結局自分がその病で亡くなった危ない思想家だな。アキヤマがそれを知らずに付けたってことはないだろう。伝説云々は後付の理由じゃねぇのか?」

 ユマが涼しい顔で訂正を入れる。

「正しく言えば緑斑病を作ったのがセイジ・クサナギという男で、ばらまいたのは彼が組んだシステムね。セイジ・クサナギは自らの体内に緑斑病のウイルスを入れることで抗体を作りそれを組み込んで新しいウィルスを完成させたのよ。……どちらにしてもクレイジーね」

 ヴィズは瞬く。

「クサナギ型はそのような非道を行った人物から付けられたのですか?」

「どうかしら? アキヤマ博士が亡くなっているので今となっては分かりません。ただ、セイジ・クサナギの名前は事情があって一般には伏せられているの。極秘扱いでもないけれど、何故レオがそれを知っていたかの方が疑問ね」

 視線を向けるとレオは少し肩を竦めた。

「ダクスは色んなモンが流れ着くんだよ。……それよか何かまず腹に入れねぇか? これからの携帯食料も補充しておかなきゃなんねぇし」

 ヴィズが頷いてみせる。

「同意します。簡易栄養食だけでは物足りないでしょう。ユマと貴方の味覚に合った店を探します。アトランティスでは養殖の魚が食べられるそうです」


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