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オズ  作者: みえさん。
三章 海に棲む魔物
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 船の上には穏やかな風が吹いていた。甲板で波を見つめながら彼女は厳しい表情を作った。

 海竜事件が無事解決を迎え、順調な航海へと戻った。あの巨大な機械と接触したことでのドロシーへの悪影響は今のところ出ていない。だが、ヴィズは時々おかしな素振りを見せる。人間は気付くだろうか。彼の受け答えの反応が一瞬コンマ以下のレベルで遅れることがあるのだ。ユマは彼に異常は見られないと言っていたが果たして本当に異常はないのだろうか。見落としている部分があるのではないのだろうか。だとしたら、見落としは自分の方にもあるのかもしれない。

 考えるときりがない。

 ドロシーは巨大兵器と接触した瞬間、断片的な情報を受信した。人間で言うと「記憶」と「感情」なのだろう。

 はじめに伝わってきたのは守りたいという感情。そして憎しみ。

 あれは人間を憎んでいた。自分を作った人間を、放置した人間を。おそらく長い間暗い海の底にいたことで進化したのだろう。ドロシーやヴィズほど正確でないにせよ、感情らしきものが芽生えていたのだ。

 ヴィズはあれと接触して何か「会話」をした。

 あの兵器を「慰めた」のだ。

 だからあの竜は海へと戻っていった。

 がちゃり、と音がして船室へ向かう扉が開く。

「ドロシー?」

 少女に呼びかけられ彼女は笑んだ。

「どうかしたのかい?」

「それはこっちの台詞よ。何か思い詰めたような表情していたけど」

「そうだったかい?」

 ドロシーは声を立てて笑う。

「だったらそうだね、考え事をしていたせいかもしれないね」

「考え事?」

「ジルの事をね」

 嘘を付いて初めてジルベールのことを思い出した自分に驚く。これだけの事件があったのだから仕方ないといえばそうなのだが、これだけ忘れていられたことに驚いた。

 ここ数日の間、感情という感覚が急激に増えている気がする。以前はジルベール意外には働かなかった感情も驚くほど増えている。力加減を失ったロボットのままだというのに自分の中身は人間に近付いている。

 メンテナンスを行っている時にユマが何かしたのだろうか。

「その、ジルベールさんのことだけど」

「うん?」

「彼って、子供いるの?」

「ああ、随分と前に亡くなったとか聞いたね」

「女?」

「娘って言っていたからね。名前は知らないけど。それがどうかしたんだい?」

 少女はゆっくりと頭を振った。

「いいえ、何でもないわ。ありがとう」

「ユマ?」

 呼びかけるも少女は振り返らず再び船室に戻った。

 再び一人に戻りドロシーはジルベールの事を思いだした。

 あの人は今日も笑って暮らしているだろうか。


   ※  ※  ※  ※


 どうして気が付かなかったのだろうか。

 倒れたドロシーを見て全てを悟った。彼女を見た時誰かに似ていると思った。それはヴィズでも自分でもない。他ならぬあの人だ。

 気付くべきだった。

 彼の名前を聞いた時点で気付くべきだった。

「ジルベール・ロッソ」

 呟くと誠実な老人を思い出す。

 高いところが苦手な老人。足が少し悪かったのだ。それは大戦中兵として借り出され、飛行中に撃墜されたからだ。何とか命は助かったものの、彼は運動が出来ない身体になっていた。娘は、彼の手足の変わりになるものを作るために研究所に入った。

 彼がどうしてドロシーを拾ったのか。どうしてあの性格をプログラムしたのか。

「ユリハ……ユリハ・K・ロッソ」

 ドロシーとは対極的な性格をしている。けれど根本的なところはきっと同じだ。彼はユリハの面影を追いながら、ユリハとそっくりなロボットを持つのが嫌だったのだ。

 だからユリハの好きだった絵本の主人公の名前を付けたのだ。

「気付いていたからってどうにか出来た訳じゃないけれど」

 だけどせめて一度くらいは抱きしめてもらっても良かった。

 一度は優しく呼んでもらってもよかった。

 だけど、そんなのは自己満足に過ぎない。ジルベールの悲しみをもう一つ増やす結果になってしまう。どうせもう会うことも無いのなら、名乗らないのがお互いのためだ。

 あるいは、彼は気付いていたのかもしれない。

 ユマは父親にも母親にも似ている。なら、おそらく自分の中に母親の面影を読みとっていただろう。

 だが、彼は気付かないふりをした。

 見ず知らずの子供に自分の大切なロボットを任せるというのは、多分そう言う事情があったからだろう。あの老人はきっと気付いていたのだ。

 彼女が、ユマが自分の孫娘であることを。

「……おじいちゃん、ごめんね」

 呟いて少女は涙を流した。


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