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オズ  作者: みえさん。
三章 海に棲む魔物
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「やべぇ」

 レオは青い顔で出入り口になっている壁を押さえた。

 浸水している。慌てて入り口を押さえたが、二重になっているはずの扉の脇から隙間を縫うようにして水が噴き出してくる。レオが支えに入った時既に侵入した水はくるぶしあたりまで達していた。

 水の中にドロシーが倒れているのが見えた。

 先刻の悲鳴は、潜水艇と繋がっていたために攻撃を受けた際反動で脳を焼かれてしまったのだろう。

 ユマは水の中に倒れ込んだドロシーを見て硬直している。

 レオは舌打ちをした。

「嬢、カプセルの中に入れ! 船体は長く持たねぇ」

 彼の言葉に正気を取り戻したのか少女は険しい表情を作って首を振る。

「冗談やめて。諦めてたまるもんですか! それにまだヴィズが戻ってないわ」

「バカヤロウ! 自分の命とヴィズ、どっちが大切だと思ってる!」

「ヴィズよ」

 淡々と答えられ、絶句する。

 少女にとってあのロボットは重要なものであることは見ていて分かった。だが、ロボットの方が大切などと、よく言えたものだ。ヴィズは脳核さえ残ればまた再生することができる。だがユマは人間だ。死んだらお終いなのだ。

「諦めろ! 後で回収した方が安全だ。お前なら修復出来るはずだ」

「それじゃあ……のよ」

「……? 何だって?」

 上手く聞き取れなかった。

 問い返す言葉を無視して少女は一人コンピュータに向き直った。何をやっているのかは聞かなくても分かる。ヴィズの居場所を確認しているのだ。

 レオは一瞬迷った。

 この扉を支えていなければきっと浸水により船は沈む。支えていればレオは操縦席には座れない。ユマに操縦とヴィズ探しを任せていれば海竜の攻撃で沈む。果たしてどちらが良いだろうか。

「選べる訳がねぇだろ!」

 叫んだ瞬間目の前の塊が反応した。

 がしん、と重たい音がして支えていたドアの重みが消える。

「……力仕事は私の役目だからね、あんたは持ち場に戻んな」

 ドロシーだった。

 首元からバチバチと火花が散っている。脳核を焼かれたというのに動けるというのが奇跡だ。何故、と問い返している暇はない。レオは操縦席に向かって走った。

「恩に着る」

 操縦桿を握ると手早くそれを右側にひねる。

 海竜が脇をすり抜ける。そのまま下方に逃れた。先刻のような失態は二度としない。今度は尾まで避けきった彼はレーダーで小さな点を確認する。

「嬢、ヴィズを発見した! 回収するぞ!」

「救出よ!」

 叫んで少女は新たなプログラムを打ち始める。ドロシーの分を補っているのだ。この少女を無事に救出する手は一つ。ヴィズを助け出し、そのまま海竜から逃げるのだ。

 ヴィズに向かって旋回しはじめた時、男はレーダーにうつる異常を見つけた。

(……何だ?)

 止まっていた。

 海竜も、ヴィズも。

 まるで違いに見つめ合っているかのように静止している。一瞬レーダーが壊れて画像が止まってしまったのかと思ったが違う。あれほど活発だった海竜の動きが完全に止まっていた。

「……どういうこと?」

 ユマがぽつりと呟く。

 見上げたモニタには海竜が映し出されている。暗く濁った海の中のためはっきりとした姿は映し出されていないが赤く光る双眸がじっくりと観察するようにこちらを・・・いや、ヴィズの方を見ていたのだ。

 ビーっと、警告音を聞いてレオは我に返る。

 操縦桿を握るとヴィズに向けて急発進させる。

 アームを伸ばし、海竜から離れるようにして真下からヴィズをかっさらう。

「このまま浮上させるっ!」

「浮上システム修復済み、気圧の変化に気をつけて!」

「言われなくても!」

 高速で海面に向かって行く。

 海面まであと10

 9

 8

 みし、と嫌な音がする。

 保たないだろうか。それとも海竜の攻撃に遭うだろうか。神様なんか信じていないのにこんな時ばかり祈りたくなる。

 どうか、無事に……。



 どん、と激しい音が響いた。

「あ」

「……あ」

 遥か彼方へ飛ばされるハッチを見送る。

 太陽を反射する海面が見えた。

 ドアを支えていたドロシーがそのままの体勢でレオの方を振り返った。水圧と同じ力でドアを支えていたのだ。水圧が無くなったとたん勢い余って吹き飛ばされたのだろう。

 滑稽な姿に肩の力が抜ける。

 助かった……のだろうか。

「ヴィズ?」

 呼びかける少女の声に、モニタ越しのヴィズは笑みを浮かべた。

『大事ありません』

「良かった」

『お怪我は?』

「ありません、潜水艇以外無事よ」

『それは良かった。危険は回避されました。海竜は海に帰りました』

「帰ったって……」

 レオが問うとアームにひっかかっていたヴィズは微かに首を振る。

『僕にも良くわかりません。ですがあれはもう攻撃をしてこないと思います』

「確率は?」

『92%です』

「上等だ」

 おおい、と呼ぶ声が聞こえたのはその時だった。逃げたはずだった船がこちらに近付いてくる。

 初めてレオは安堵の息を漏らした。



 引き上げられた潜水艇を見て船長が呆れたように呟いた。

「破壊の名人って本当だったんだなぁ」

「……壊したのは俺じゃないぞ」

「壊れて戻ってきたんだから同じ事だろう。で、何があったんだ?」

 レオは潜って暫く探索した時に海竜に出くわしたのだと説明した。ヴィズが潜っていたことは秘密にしておく。こんな海に素潜りをして平気な人間などいない。彼は吹き飛んだハッチを回収しようとして海に落ちたのだと適当に誤魔化す。

 当のヴィズの方はユマに泣かれてしまい慌てていた。ユマは本気で彼のことを心配していたのだろう。相手がロボットだからと勝手に計画を立ててしまった自分に少し反省する。

「前達が海竜と戦闘していたのはこちらからでも分かった。結局奴の正体はなんだった?」

「俺には……」

 よく分からないと、答えようとして彼は口を閉ざした。

 ドロシーが話し始めたからだ。

「あれは大戦中に作られた科学兵器だよ。航行する船を沈めるように命令されていた」

「何故海が穏やかな日だけに?」

「それは太陽エネルギーが届くか届かないかの違いだね。晴れてある程度海が澄んでいる時でなければあれにまで光が届かず動き始めない」

「破壊したのか?」

「いや、破壊は出来なかった。だけど、あれを回避出来る航海図なら作ることが出来るからね、後でデータを渡すよ」

「ありがたい」

 船長が指示のために立ち去ったのを見てレオはドロシーに尋ねる。

「今のは?」

「おおよそ本当」

「脳の方は?」

「おおよそ無事だね。なんだい、私を心配してくれているのかい?」

 揶揄するように笑うドロシーは思いの外真剣な顔をしているレオに気付いたのか不意に真顔になる。

「……あの時、脳核が焼かれたはずだった。だけど私は無事だった。一瞬だったが私はアレに接触した」

 機械同士の接触。

 それがどういうものか知らない。

 だが、ドロシーとあの化け物との間で何らかの情報の取引があったと言うことは確かだ。そしてレオの勘が正しければ、ヴィズとの間でも情報の取引があった。あれだけの時間見つめ合っていたのだ。その量はドロシーの比では無いはずだ。

(だがあいつはよく分からないと言った)

 説明が出来ない事柄なのか、本当に分かっていないのか、あるいは彼が何かの事情で嘘をついているか。今の時代機械だってちゃんと嘘をつくのだ。

 ましてあれだけ人間に近づけて作られたロボットだ。「隠せ」とプログラムされたら嘘だってつく。人間の脳より数段格上の処理能力をもっているのだ。人間が見抜くことが出来ないほど巧妙に嘘をつき通すだろう。

 ちらりとユマをなだめるヴィズの方を見た。

 もし、問いつめたなら答えるだろうか。


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