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「通信感度良好、視界は最悪です」
そう宣言するとユマの了解と言う言葉が返ってくる。
耳元で囁かれている気がするのは声をダイレクトで脳に伝えているからだろう。ヴィズの声は声にせずとも潜水艇の方へ伝わるようになっている。
ドロシーが直接潜水艇と繋がることで潜水艇は操縦者ナシでも細やかな動きが出来る。おかげでレオとユマは集中して魔物を捜すことが出来るのだ。
『初ダイビングの感想は?』
ユマに聞かれて率直に答える。
「もっと綺麗な海が良かったです。帰ったら直ぐにシャワーを浴びたい気分ですね」
でないとユマに近づけない。
くすくすと少女は笑った。
『オーケイ、許可するわ』
ヴィズは微笑もうとして表情プログラムを切っていることに思い出した。見ている人がいないのであれば笑うことは無意味だ。頷いたとしても効率よく意思が伝わるとも思えない。彼は「ありがとうございます」とだけ返した。
潜水艇にはヴィズの見ている映像と、潜水艇周辺の海の映像が映し出されている。つまり、今ヴィズは彼らの目になっているのだ。
ヴィズは潜水艇からあまり離れないようにしながら辺りを睥睨した。周囲には魚の姿がなかった。これだけ汚染の進んだ海では魚も育たないのだろうか。
『それはないだろうね。ここはユーリカの海と汚染濃度は変わらないはずだ。さすがに未処理のままで人間が口にできたもんじゃないが、あの海には魚がいる』
『ということは、だ。魚がいないんじゃなくて隠れているって見解の方が正しいな。もしくは、既に餌になっているか……。おそらくいるぞ、奴が』
レオの声音は強ばっている。
この海域に魔物が出るというのは本当に冗談や話のネタではなかったということだ。
「ならば早く見つけましょう。今のところこちらには変化はありません」
『モニタに映っているものもないわ。探索を続けます。……レオ、ヴィズに指示を』
『了解。いいか、少年?』
「はい」
ヴィズはレオの指示通りに進む。
深い海の中、潜水艇が確認できない場所、磁場の影響でモニタにすら映らない場所を丁寧に「見て」いく。生き物の気配は相変わらずない。
恐怖は感じないが、不気味であると思う。嫌な感じがする。ここはあの場所によく似ている。
(あの場所?)
どこだっただろうか。
感覚的な事では検索にはなかなかひっかからなかった。やがて彼が思い出したのは研究所だった。アキヤマと別れ、ユマと出会ったあの研究所。そう、あの研究所もまた寂しい場所だった。
視覚や設備の問題ではない。雰囲気がそれとよく似ていた。この海はあの研究所によく似ている。
『少年』
呼びかけられて彼ははっとする。
『その辺りに超音波関知の不可能な場所がある。洞窟か何かだろう。確認してくれ』
「はい」
『くれぐれも気を付けてな』
レオの言った場所は直ぐに分かった。岩場の影にまるで何かの巣のような洞窟を見つける。潜水艇では入れない大きさで、水温が少し周囲より高い。潜り込むと一瞬にして闇に包まれた。
感知器と赤外線を使い、画像はきっちり船内に送っていたが、どれだけ見られる映像になっているのかは分からない。
「見えますか?」
訊ねるとユマの声が返ってくる。
『ええ。その辺りの汚染濃度は今までよりも低いわね』
「そのようですね。人間に害があるのには変わりありませんが」
『……? 視界がクリアになったな』
「どうやら空洞があるようです」
洞窟の中にどうやら空気のある場所があるようだ。海面に近くなっているために視界が良くなっているのだ。
『上がれそうか?』
「やってみます」
ヴィズは上に向かって泳いだ。
海面から顔を出すまでは一瞬だった。空気のあることを確かめると、ヴィズは体外ランプで辺りを照らした。
そこは大きな空洞になっていた。空気の濃度は地上と変わりない。否、汚染レベルで言えばこちらの方が遥かに正常と言える。戦争が始まる以前の空気が閉じこめられているのだろうか。少なくとも均整は取れている。
ヴィズは陸に上がる。
『なんだ、ここは』
レオに返す答えをヴィズは知らなかった。周囲を睥睨するとまるで鍾乳洞のような岩のつららが見えた。だが、これは。
「鍾乳石では……ない?」
暗くて色の判別がしにくいが、そのつららは緑色をしている。通常鍾乳石は石灰岩で出来ている。主成分は炭酸カルシウムだ。酸性の雨水などにより溶かされ新たな形を作るのが普通だ。これは明らかにそれではなかった。
ヴィズはつららに近付いた。
近付くとそれが何で出来ているのか分かる。
(何故?)
それは苔だった。海藻や岩のりなどではなく、純粋な苔。元々湿地や森の中などにあるものだ。海中に、しかも鍾乳洞に覆い被さるように生えるものなのだろうか。そういった例は彼の記録の中にない。
彼は足下をみた。そこには水たまりが出来ている。それに触れ、その水が海水でないことに気付いた。
「ここは……」
洞窟は奥まで続いており、仄かに明るく何かが光っている。
ヴィズは目を見開いた。
「こんな所にこんなものがあるなんて……」
言いかけたところで耳元で悲鳴が響いた。
「ユマ?」
問いかけに答えるものはない。変わりに質の悪いザーという音だけが彼の耳に届いた。
ユマの身に何かが起こったのだ。
気がつくとヴィズは海の中に飛び込んでいた。




