2
ヴィズは食事を必要としない。外見でロボットだと分かるドロシーならともかく、一緒に居てヴィズが食事をとらないと言うことは不自然に見えてしまうだろう。ヴィズもロボットだと言ってしまえばいいのだが、これだけ精巧に出来ているロボットなどあるわけがない。
ヴィズには禁止されているものが搭載されているとユマは話し、余計な詮索を避けるためにヴィズは人であると言うことにした。だから、集団で食事をとれば不自然さが目立ってしまう。そのため、ユマに特種なアレルギーがあると嘘をつき、船室で自炊する許可を貰った。火気の使用はロボットであるドロシーがきちんと管理をすることを条件に。
船室に戻ると既に食事は用意されていた。
一般的な食事と同じく肉を煮込んだスープとパンだったが、まだ航海初日であるために培養野菜のサラダが添えられていた。それだけで随分贅沢なものになる。
「おー、こりゃ、なかなか旨そうだな」
「本当、おいしそうね。栄養のバランスを考えたレシピをダウンロードしたから、見た目は期待していなかったのだけど」
言うとドロシーは自慢げに笑う。
「そうだろう? 初めて作ったにしては上出来だと思うね」
「あら、宿で作っていたんじゃないの?」
人間の補助をするロボットが宿で働いている場合、食事を担当することが多い。少ない食材でも効率よく回せるからだ。培養野菜が普及したため、食料事情も回復してきたが、まだなお大戦の爪痕が濃く時々食糧難に陥る。
ユマのいた研究所は施設内で培養していた為、安定的であったが、汚染された大地では食物が育ちにくく、人工的に作られた携帯食が主食という地域もあるくらいだ。ダクス周辺では人が口に出来る野菜はあまり育たないらしい。その代わり遺伝子組み換えを行った牧草は育ちやすく、家畜を飼うことで食をまかなっていたそうだ。
「料理はジルの趣味だからね、私は他のものの担当。料理が旨いって評判なんだよ」
「へぇ? そうだったの」
感心するようにユマが言うと、横からヴィズが補足を加える。
「ユーリカは港町ということもあり、他の街よりも食文化が発展しているそうです」
「なるほど、そういうことなら簡易栄養食じゃなくてちゃんと食べてくれば良かったわ。ドロシーを送る時にでも食べさせて貰おうかしら」
「そうしなよ。ジルも喜ぶよ」
少女は頷く。
「そうね、楽しみが増えたわ。……それじゃあ、頂きます」
ユマは言って両手を合わせた。怪訝そうにレオが見やる。
「何だそれ、どこの宗教だ?」
「日本の文化よ。母が良くやっていたから私も癖になっているのね。作ってくれた人と、生命に感謝するらしいわ」
「そうなのかい? ジルも同じ癖があったから、一般的なものだと思っていたよ。……日本の文化だったんだね」
「ええ。因みに私は特にどの宗教も信仰していないわ。美しい信仰もあるけれど、気持ち悪いのよね。縋るのも、妄信するのも」
「同感だな。祈りだけで人が救えるなら、世界はこんな風になんなかっただろ。それもろくに考えずに頭から信じてる幸せな連中の気がしれねぇぜ」
「ええ、そうね。どうしようもない時に何かに縋りたい気持ちも分かるけれど、自分で動かなきゃ何の解決にもならないのに、祈っているだけで何かした気になるなんて、気が知れないわ」
ひゅう、とレオは口笛を吹く。
「剛胆な考え方すんなぁ」
「だから夢見物語の宗教は嫌いなの」
言い切って少女はようやく食事を口にした。
レオも倣って食事を始める。
が。
「………っっ!! な、何だ、この味は!」
口に運んだスープを吐き出すのを何とか堪え、レオはドロシーに文句を付ける。
ドロシーは不思議そうに瞬く。
「レシピ通りだけど?」
「どんなレシピだ!? こんなクソ不味く作りやがって! 殺す気か!」
「料理で人が殺せるのかい?」
「そう言うことを言っているんじゃねぇ!」
「おかしいねぇ、ダウンロードした通りに作ったはずだけど」
「……ユマ、失礼していいですか?」
「ええ、どうぞ」
横から手を出したヴィズにユマはスプーンを渡す。
スープを飲み‘味’を確認したヴィズは瞬く。
「栄養バランスとしては完璧です。ただ、苦みと、甘みと、酸味が著しく強く、旨み成分がほぼ皆無であるため、89.25%が不快感を覚える味です」
「そう言う場合‘美味しくない’っていうのよ」
「はい、おいしくありません」
「……この場合不味いが正しくないか?」
「作ってくれた人に失礼よ。ドロシー、私の端末にレシピを送ってくれる?」
「ああ」
ユマは小型端末を開き、受信したデータを確認する。
レシピとは言っていたが、人型ロボット用の料理プログラムだった。ざっと目を通して確認し、原因を突き止める。
「……これ、プログラムそのものがおかしいわよ」
「そうなのかい?」
「あとでパッチ作るわ。動作確認せずにリリースしたか、内部の人型反対派の嫌がらせじゃないかしら。良くあるのよね。人型愛好者に地味で嫌な嫌がらせ」
「良くあるって………。あーあ、どうすんだよ、この料理。もったいねぇな」
「すまない。ちゃんと確認しなかった私の責任だよ」
「ドロシーが悪い訳じゃないわ。栄養は十分なんだから食べましょう。レオは無理しなくてもいいわよ」
言いながら彼女は料理を口に運ぶ。
平静を装っているのか、顔色一つ代わっていない。
げんなりした様子でレオは彼女を見る。
「……お嬢、よく平気で食べれるな」
「培養研究所である食品の培養サンプルを食べた事があるけど、それはもう酷い味だったわ。あの時は食中毒もあって食べた77人全員が入院を余儀なくされたからきちんと栄養になるだけマシよ」
「………まぁ、それもそうだな。食糧難の時は俺も随分なモノ喰ったわけだし、それに比べればマシかもしれねぇ」
言ってレオも食事に取りかかった。
だがやはり不快らしく表情を歪めた。
「スイッチ一つで味覚切れればいいんだけどなぁ……」
彼の呟きにユマは軽く笑った。




