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オズ  作者: みえさん。
三章 海に棲む魔物
14/32

「よっしゃ! フルハウスだぜ!」

 男が叫ぶと周りから歓声が上がる。

 にやにやと笑いながら男は向かいに座る金髪を挑発するように言う。

「どーだ、旦那、さすがのお前さんもこれ以上の運はないだろう!」

「……」

 無表情で手札を捨てた男は札山から捨てた分だけのカードを持っていく。観客達はその様子を固唾を飲んで見守った。

 カードの数字を確認して、金髪の男はにやりと笑う。

 まさか、と誰かが呟いた。

「残念だったな」

 男は自分のカードをテーブルに広げた。

 のぞき込む男たち。

 一人がぽつりと呟いた。

「フォーカード?」

 一瞬、間があった。

 わっ! と歓声が上がった。

 見たこともない僥倖に沸き立つ船内。ありとあらゆるものが宙を舞い、お祭り騒ぎに陥った。

 それに水を差したのは、勝負に負けた男だった。

「い、イカサマだ! イカサマに決まってる!」

 叫んだ男を中心としてしんとする。

 周りがざわざわと騒ぎ出す前に、レオは牽制した。

「おい、変な言いがかりはやめろよ? 誰か、俺がイカサマやってるのを見た奴いるか?」

 呼びかけるとざわざわと騒ぎ始めた。

 それはレオがイカサマをやっていたという疑惑の声ではない。焦点はこれだけの大人数を前にしてイカサマが出来るかどうかと言うところだ。確かにレオは勝ち過ぎだったが、それがイカサマをやっていた証拠にはならない。

「自分が負けたからって言いがかりつけてんじゃねぇよ。大体イカサマしてるのはお前の方じゃねぇのか? 人のコインちょろまかしやがって」

 視線が男に集中する。

 レオは彼の行為をはっきりと目視した訳ではない。ただ、記憶していたコインの枚数が異なっていた。そのはったりは恐らく事実だったのだろう。動揺して顔を紅潮させた男に弁明の余地はない。周囲のキツイ視線が男に突き刺さる。

 レオは見下したように笑った。

「っ!」

 かっとなり男が懐に手を忍ばす。

 瞬間レオはテーブルの上に飛び上がった。

 野次と悲鳴。

 レオは不敵な笑みを浮かべながら男の手元を鋭く蹴り上げる。

 男の手から何かが跳ね上がる。トン、と音を立てて天井が鳴った。

 見上げた先にはナイフが一本突き刺さっている。男は酷く狼狽した様子で彼を見た。

「都合が悪くなったら今度は武器か。威勢のいいことだ」

 にやりと笑った口の端に残忍なものが混じる。いいぞ、やっちまえ、と周囲から歓声が上がる。ここにいる殆どの者がレオの味方だった。

 逃げ出そうとする男は人の檻に囲まれどこにも行くことが出来ない。

 テーブルからレオが降り、男を追いつめるように近づく。

「人にナイフを向けたんだ。もちろん覚悟は出来ているよなぁ?」

 脅すように問いかけた言葉に男は返す声すら持ち合わせていなかった。小刻みに震えた男は、異常なものを見るようにレオを見上げた。

 明らかな経験の差を理解したのだろう。

 身の危険を感じ怯えているように見えた。

「……パパ? どうしたの?」

 この場に不釣り合いな可愛らしい声が聞こえて全員の動きが止まる。戸口近くに金髪の少女が立っていた。

 何をしているの、と問いかける純真な瞳にレオは笑いかける。

「少し仕置きをしてただけだ。心配するような事をしてねぇよ」

 ふぅん、と少女は首を傾ける。

 状況が分かっていない娘。父親がどんな人物か、何をしようとしていたのか分かっていない娘。父親を全面的に信頼している純粋な娘。周囲にはそうとしか見えないだろう。まさか中身がアレだとは誰も思うまい。演技の上手い小生意気な小娘だ。

 ついつい声を立てて笑いそうになるのをレオは必死にこらえた。

「ドロシーがね、そろそろご飯の時間だよって」

「ああ、そうか、すぐ行く。……命拾いをしたな」

 にこやかに笑って少女に、最後の下りは冷たく男に言い放ちレオは戸口に向かって歩いていく。

 足下に転がってきた酒瓶を持ち上げて笑んだ。

「じゃあな。後かたづけはお前に任せた。ツケはこれで勘弁しておいてやるからせいぜいキレイにしておくんだな。……いくぞ、ユマ」

「うん」

 レオが言うとユマは愛らしい仕草でレオの腕を掴んだ。

 乱暴に扱えば折れてしまいそうなほど細い腕だった。

「……で、誰が誰のパパだ?」

 まだ騒ぎが残っている船室を抜け出し、小声で問いかけるとユマはくすくすと笑う。

 天真爛漫そうな娘の印象は全くない。元の生意気なガキに戻っていた。

「年齢的に別におかしく無いと思うわよ?」

「顔が似てねぇだろ」

「むしろ似ていたら厳つすぎて愛らしい娘の演技なんか出来なかったと思うわ。私、きっと母親に似たのよ」

「……クソガキが」

「どう収拾しようか迷っていたんでしょ? 感謝して欲しいくらいだわ」

 それに、と少女はレオの服の裾を引っ張った。

 バラバラとカードが落ちてくる。

「フォーカードね。ジョークのつもり?」

「ばれてたか」

「スリルを楽しむのも別にいいけど、あんまり心配かけないでよね」

「心配? お前が?」

「ヴィズがよ」

 レオから離れ少女は後ろで手を組んで甲板へと上がっていく。

 生暖かい潮風が頬を吹き付ける。出港して六時間ほど過ぎた甲板には人の姿がまばらにしかない。男の殆どが先刻の酒場にたむろし、女の方は船室でいそいそと化粧を整えている頃だ。

「その少年はどこ行った?」

「船室よ。ドロシーと一緒。……錆びるから」

 付け加えられた一言に吹き出す。

「錆びるような素材で出来ていないだろう、奴ら」

「でも、潮風はあんまり良くないの。一応機械だからね」

 冗談を言って笑って、少女は少し真顔になる。何だか今まで見た中で一番子供っぽい顔だったのでレオは動揺した。

「実はあなたと二人で話したくておいてきたわ」

「俺と何の話がしたかったんだ? 色っぽい話なら歓迎だが、さすがに嬢ちゃんを相手にする気にはなれねぇな。あの怖い護衛ロボット共に殺されかねない」

 冗談めかして笑ったが、少女は茶化したのが申し訳ないほど真剣だった。

 さすがにレオは眉を顰めた。

「……どうした?」

「来てくれてありがとう、レオ。本当は少し心細かったの」

「何だ、ヤケに素直じゃねぇか」

「旅が安全だって分かっても、気持ちはずっと不安だった。だからあなたみたいな人でも来てくれて嬉しかった」

「俺みたいなの?」

「そう、アヌルさんみたいな落ち着いた人の方が一緒に旅をしやすかったのかも、って思うけど贅沢は言えないわ。貴方強いし、外見もそれだけら、色々危険の回避はできそうだけどトラブルメーカーになりかねないもの」

 さりげなく嫌味を言われたが、それが少女の意地のようなものだと気付くと僅か笑みが漏れる。

「褒め言葉として受けとっとく。………とっ、嬢ちゃん大丈夫か?」

 船体が波に乗って軽く揺れたせいか、少女がよろめく。それを受け止めてレオは顔をしかめた。

 軽い。恐ろしく軽かった。十やそこらの女の子と言うことを考慮しても、彼女の体重は軽すぎる。

 少女というのはこれほどまでに軽かっただろうか。

「……お前、ちゃんとメシ食ってんのか?」

「誰にものを言ってるの? 私、ヴィズ連れて旅しているのよ」

「それじゃあ、食欲無いから要らないわ、じゃ済まされねぇな」

 レオはくくっと笑う。

 ダクスにいる時はまともに話す事もなかったが、ここ数時間彼らと過ごしてみて何となく関係が見えてきた。なんだかんだ言ってもユマはヴィズには逆らえないのだ。心配症なロボットはいつも主のことを考えている。

 心配されるたびに少女は大人びた顔で苦笑した。

 それが何を意味するのか何となく分かる。

 ほほえましくも思えるが、いささか不安でもある。

 ユマはいつか同年代の少女達のように無邪気に笑う時が来るのだろうか。

「ドロシーに栄養価を考えて食事を作ってもらったわ。温かいうちに食べましょう」

 レオの心配もよそに、彼女は大人な笑みを浮かべて見せた。


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