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オズ  作者: みえさん。
二章 彼女は船の上で踵を鳴らす
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 ヴィズはドロシーの身体を寝台に横たえると、ユマの隣へと腰掛けた。

 二人の向かい側には老人が沈んだ顔で座っていた。

 説明したとおりです、とユマは口を開いた。淡々としているようでも、相手のことを気遣ってあえて優しい言葉をかけないようでもあった。

「力仕事には問題ありませんが、繊細さを要求されることはまず出来ないと考えて下さい」

 大抵のプログラムは修復することが出来た。ボディーの方もパーツ交換は必要になったが十分に直すことは可能だった。ただ、壊れたD回路だけはどうしようもない。修復は不可能であり、新しい回路を手に入れようにもドロシーに使われた型は生産中止になっている。互換性のあるものもない。新たにプログラムを組み直そうにも今日明日で出来ることではない。

 D回路は行動を制御し繊細な作業を助けるプログラムだ。ロボットの中では頭脳になるものの次ぎに重要なものである。一から組み直し、彼女に合った回路を作るには、ユマの試算ではかかり切りになって一ヶ月半以上かかるだろう。そんな長期滞在はユマには出来ない。

 ドロシーにはかわいそうだが諦めてもらうしかなかった。

「ドロシーが無事でいてくれれば私はそれでいいんです。……ありがとうございました」

 老人は仕方ないと割り切った風に、ユマに頭を下げた。

 ユマは少し驚いた。

 彼の言動は自分を十歳の子供とは思っていない様子だ。最初からそうだったが、ちゃんとした個人として見てくれている。同じ大人に接するように接してくれている。ドロシーの損傷に関してもそうだ。彼女が壊れ、普通に行動出来なくなったことよりも、それを引き起こしてしまったのが自分の高所恐怖症が原因だということを責めているとしか思えない。

 老人は誰に対しても誠実なのだ。

 だから、この老人の手助けになりたかったのだが。

(どうしよう)

 正直、その手助けが本当に二人のためになるのかは分からなかった。おそらくこのままでもジル老人はドロシーを大切にするだろう。だが、それは後どれくらいの話だろうか。老人が何年生きるか、病気になったらどうするか。おそらく彼でなければ壊れた人型ロボットを大切にしようなどとは思わない。彼が居なくなればドロシーは不要なものとして破棄されるかパーツ事再利用する為に分解されるだろう。

(それに、ドロシーはどう思うのかしら)

 元々ヴィズ以降のクサナギロボットには感情のプログラムがされていない。しかし、彼女はそれらしいものを見せた。

 ジルが何かしたのか、それとも本当に魂が宿ったのか。ともかく彼女は自分で何かを考えているような節が見える。死にたくないと言い、ジルが悲しむのは嫌だと言った。なら多分彼女は何の役にも立てずジルの側に居続けるなんてことは望まないだろう。

「……彼女を直す手だてが無いわけではありません」

 ユマは迷った挙げ句そう切り出した。

 正面から老人の隣からはヴィズの視線が来る。

「選択によっては今のままの生活はできなくなります。それでも聞きますか、ジルベール・ロッソさん」

 丁寧な口調で話し、さらにフルネームで呼ぶのは相手にそれが重要な事だと知らせるためだ。

(ずるいわ、私)

 こんないい方をされたら聞かない、と言う方が珍しい。そして彼女の提案を聞けばおそらくドロシーがそうしたいと願う。ジルはドロシーが望めばそうする。選択肢を与えたフリをして、結局選択肢など与えていないのだ。

 女同士だからだろうか。それともヴィズと同じクサナギ型だからだろうか。ユマは初めからドロシーの味方であったらしい。

「聞かせて下さい」

 老人はしっかりした声で言った。

 ユマは頷く。

「日本に‘魔法使い’と呼ばれる男がいます。その男なら回路を直す事ができるかもしれません」

「魔法使い?」

「あらゆる学問の権威で、滅多に人に会わないような偏屈な人です。でも、間違いなく天才であらゆるものを直す才能を持っていると聞きます」

「その人物であればあるいは………ですか。けれど、探すのは至難でしょう。ここから日本までは随分とかかります。私ではその長旅に耐えられるかどうか……」

 彼は項垂れた。

 唯一の希望が実現が難しいと判断をして絶望したのかもしれない。

「私は魔法使いの居場所を知っています。これから最初の訪問を行う予定ですので、行ったことこそありませんが」

「会いに……いかれるのですか?」

「はい、だから……」

 彼女は言葉を切る。

 一度深呼吸をして覚悟を決める。もし間違った選択をしているとしたら、後で後悔するのは他でもない自分自身。間違っていない自信はない。だけど、思いつく限りは最上の選択だ。

「もし、あなたとドロシーさえ良ければ私たちが彼女を送り届けます」


  ※  ※  ※  ※


「聞こえていたよ、ジルベール」

 二人が管理人室を去った後、ドロシーはそう呟いた。

 急激に修理を行ったためにオーバーヒートになっている脳は出来るだけ動かさない方がいいと言われた。それでも彼女の言葉を聞かない事はドロシーにはできなかった。口こそ聞かなかったが、全てを聞いていた。

 少女は自分を日本に連れて行くと言った。年老いたジルベールは体力的に一緒に行くことは出来ないだろうとも。

 もしもその気があるのなら、明日の朝出港までに来るように言い、彼女は部屋を去った。

 ジルは苦笑した。

「君は行くつもりなのだろうね、ドロシー」

「ああその通りだよ、ジル。私は役立たずの機械のままであんたの側にはいたくないのさ」

「力があるのなら護衛として十分ですよ」

「このホテルに護衛は必要ないだろう?」

 ドロシーは笑った。

 治安が悪い土地ではない。だからホテルに悪漢が来る何て事は年にそう何度もあることではないし、来たとしても「土地の者」の結束は固い。瞬時に片づけて無かったことにしてしまう。そんなところで護衛しかできないロボットが何の役に立つのだろうか。

 ジルは一度何かを言いかけて、そして口を噤んだ。

「ジル?」

 黙り込んだ主にドロシーは心配そうな声をかける。

「何でもありません。日本へ行って帰るまでどのくらいかかりますか?」

「どうだろう、一年か、二年か、修復の状況によってはどうなるのか分からないね」

「……必ず戻ると約束して下さい」

「うん?」

「貴方が直らなくても構いません。でも、貴方のままで……ドロシーという私のパートナーのままで、必ず戻ってくると約束して下さい。そうして下されば、私はあなたが日本へ行くことを反対しません」


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