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オズ  作者: みえさん。
二章 彼女は船の上で踵を鳴らす
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 ユーリカの港が見え始めたのは出港予定日の前日の昼過ぎだった。自動で動くサンドバギーの性能は良く、調子も良好だった。ユマの選曲である二十世紀のユーロビートに合わせるように軽快に走っていった。

「間に合いましたね」

 そう口にするとユマはにこりと笑った。

「ええ、このチャンス逃したら二週間先まで出ないのよね。本当に運が良かったわ」

 バギーに備え付けの端末を操作して彼女はユーリカの情報を確認する。戦前からも港町だったユーリカは今も日本行きの船を出している珍しい場所だ。かの大戦で世界は壊滅的な被害を受け、殆どの国と地域を隔離してしまった。

 かつて主流であった飛行機も、上空の気流の乱れが激しく、今は一部地域でしかも天候の好条件が重ならなければ飛ばすことができない。国と国を移動するには船か、大きく迂回して陸続きになった「海」を渉るしかない。アメリカから日本に行くにはユーリカから船を出し、途中干上がった海に降り低空飛行機かバギーを使って行くのが一番早く着くやり方だ。その辺りのことはヴィズが眠りにつく前と大して変わらない。

「港に着いたらバギーも一緒に渡れるかどうか交渉してみましょう。今日はゆっくりと休めるといいわね」

 ダクスの町を出てから彼女の体調は良好だった。三十分ごとに欠かさずスキャンをしているが、著しい変化は見られない。バギーに乗っているのが幸いしたのだろう。このままレオに貸してもらったバギーで旅を出来るのであれば彼女の負担も軽くできる。疲労の蓄積はあまり見られなかったが、休めるのならそれに越したことはない。

 ヴィズは両方の意味を込めて頷いた。

「そうですね」



 バギーを船に乗せることはあっさりと認められた。それどころか身分証を入念に確認されることもなかった。ユマが偽造のものを作っていたが、それは一瞥だけで返され、裏側に渡航許可のスタンプが押された。

「では明日朝に。乗り遅れないように気を付けて下さいね」

 言葉自体は優しかったが、声音ははっきり強ばって聞こえた。

 その理由はユマが持っていた紙にあるのだとヴィズは理解した。

 管理事務所を出て声を潜めて訊ねると、ユマはにこにことして答えた。

「レオに一筆書いてもらったのよ。ダクスの影響は結構広範囲にあるって聞いたから」

「なるほど。しかしあなたの名前を出しても簡単に済んだのではありませんか?」

「アキヤマの姓を?」

 彼女は困ったような顔をする。

 一瞬、聞いてはいけないことを聞いてしまったのかと思ったが、それは杞憂のようだ。どうやら一言で説明するのが難しい事柄のようだ。彼女は少し首を傾げて答えた。

「アキヤマという名前はアメリカでは目立ちすぎると思いませんか? 元々日本の名前の上、鬼才のロボット工学者の名前でもある。私も学会の方で少し知られた名前です。名前だけだけど。だから、こんな子供が公共の場所でアキヤマの姓を名乗れば怪しまれるのよ」

「年齢は関係ないと思いますが」

「私も思うわ。でも他の人はそう言う訳にはいかないの。それに万が一ばれてしまえばあなたと兄妹という訳にはいかない。使用人にしては若すぎるし、カケオチするには私が若すぎます。ヴィズが誘拐犯と疑われるのは嬉しく無いわ」

 確かにユマの言う通りだ。

 仮にヴィズが誘拐犯でないことが分かっても、調べ抜かれアンドロイドと言うことは分かってしまう可能性が高い。そうなれば責めを負うのはユマの方だ。「知らなかった」で済ませたとしても、今度はヴィズの方が廃棄処分されるだろう。

 彼女といるのと学ぶことが多い。それは歴史や公式を「覚える」事よりもよほど有意義な事だった。

 バギーを船に預けて、ヴィズは今夜宿泊可能な場所を探す。この辺りの治安は良い方だ。ホテルのグレードも殆ど変わらなかった。その中でも安全且つ安価な宿泊施設を検索すると「最も良い」場所が船着き場の直ぐ近くにあることが分かった。

「ああ、宿泊施設が見つかりました。一般的なホテルですね」

 ヴィズは朽ちかけたビルとビルの間にある小さな建物を指差した。小さいと言っても四階建てで奥行きがある。一部屋はそれほど広くないが、ここにバスルームとトイレがついている二十世紀で言うビジネスホテルだ。

 比較的安価であるのは食事がつかないからだ。一階に食堂とバーがある。ユマの分の食事ならそこで十分だ。普段のように市場で食材を仕入れてきて簡易的な炊事をしても構わないだろう。

 ユマをエスコートするように宿に入ると、「いらっしゃいませ」というはきはきとした女の声が聞こえた。

「宿泊ですか?」

 女の顔を見てヴィズは僅かに目を丸くした。

「……似ているわね」

 ユマが呟いてヴィズも同意する。

「そうですね、ユマに少し似ています」

「何言っているの? 私じゃなくてあなたによ、ヴィズ」

「え?」

 ヴィズは反射的に問い返した。

「似ていますか?」

「ええ。彼女、クサナギ型のロボット……人型ってことは旧式ね。珍しいわ」

 クサナギ型ロボット。

 ヴィズが人型のロボットに合ったのは別に初めてではない。これまで旅をしていく中で度々こういう作業員として使われているロボットを見たことがある。だが、彼女ほどのロボットは見たことが無かった。

 アンドロイドであり、芸術であるヴィズと比べると明らかにロボットと呼べる外見だったがそれでも他の人型に比べれば人に近い。クサナギ型と呼ばれるからには元のモデルはヴィズだろう。人型が旧式と言うことは新しいタイプでは人型は作られていない。つまり、彼女は最もオリジナルに近いものだ。

 けれどヴィズとは違い感情というものはプログラム上の「反応」としてしか存在しないのだと教えられた。

「同じようなものです。僕も感情というものはよく分かりません」

「私もよ。感じていることを全て言葉に代えようとすると混乱するわ。感覚的なものは言葉に表せない。だから難しい数式を解くよりよっぽど難解なのよ」

 ヴィズは頷く。

「どうかしました?」

 問いかけてきたのは蝶ネクタイを締めた品の良さそうな老人だった。このホテルのオーナーか何かであろう。

 ユマは笑って答える。

「いいえ、ごめんなさい。問題があった訳ではないの。人型のロボットでこれだけキレイなのは珍しいってお話していたの」

 老人は満足そうに微笑む。

「そうでしょう。クサナギ型の旧式ですが、人型の芸術ですよ。この辺りで稼働しているのはドロシーだけなんですよ」

 どうやら老人の自慢のロボットだったらしい。

「クサナギの人型ってメンテナンスが難しいって聞いたわ」

「ええ、人間より優れた能力を持ちますが、他の形に比べて繊細ですからね。私も彼女を手に入れてから随分と学びました」

「それだけの価値はあるわね。……宿泊したいのだけど、いいかしら?」

 訊ねると老人は頷き、ドロシーの方を見る。

 ユマもヴィズの方を見上げている。これはヴィズに任せたという合図だ。さすがに年下の方が精算や契約をするのはおかしい。

 ヴィズはカウンターに向かい用紙に必要事項の記入をしていく。

「二人ですね?」

「はい、お願いします」

「部屋は302号室になります。どうぞごゆっくり」

 にこりと笑ったドロシーはヴィズなんかよりもよっぽど人間的に見えた。


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