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オズ  作者: みえさん。
一章 まだ何も終わってはいない
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 意識が蘇えった時、彼は何かを感じたような気がした。

 それが軽い違和感であると分かるには多少時間が必要だった。長い間機能を停止していただけあって、順応するには以前より時間がかかってしまう。状況を把握し、動き始めるまでには十秒ほど時間がかかった。

 彼は内蔵時計から時間を計測する。

 機能停止から約70,130標準時間。およそ八年が経過した計算になる。

 それだけ長い時間動かなかったのにも関わらず、彼のボディはほとんど老朽化していなかった。「脳核」に妙なノイズが混じることもなく明瞭だ。他の機能も特に問題のある箇所はなかった。エネルギーも十分供給されている。

 彼を<起こした>誰かがそれ以前にきちんとメンテナンスをしてくれたのだろう。そうでなければ八年という歳月の間放置され全て正常に機能するわけがない。

 機能停止した時点で再び稼働する可能性はおおよそ10%。十年以内に起こる可能性は僅か1%ほどの確率だった。

 彼にはそれが不思議でならなかった。もっとも、不思議といってもそれは彼自身が感じているわけではない。彼の脳核である「クサナギ」に備わる「困惑」のプログラムが作動しているだけのことだ。

 限りなく人に近づけようとした彼には「感情」がプログラムされている。その感情は他のロボットにはあり得ないほど人に近いもののようだったが、彼にはその差違が分からなかった。彼が‘感じている’ことは脳核が刺激されているだけであり、その結果行動に反映されているだけだ。

 彼は上半身を起こした。身体につけられていたケーブルが軽く音を立てて剥がれ、絡まることもせずベッドの脇に収納されていった。

 一拍の間があり、彼の耳に幼い少女の声が届く。

「初めまして、あなたがクサナギね。おはよう、気分はどう?」

 彼は声のする方に顔を向け、固定する。

「おはようございます。機能は良好です。気分は普通です」

「そう言う時は‘Not so bad’って言うものよ」

「はい、‘悪くありません’」

 クサナギは受け答えをしながら彼女が‘誰’なのかを検索にかける。

 彼女はまだ十歳前後の少女だった。髪は明るい金髪で、瞳の色はライトブルー。東洋人の面差しを持っているために随分と幼く見えるが、それを考慮しても彼女はまだ成人体ではない。大きすぎる白衣の袖口を折り曲げて着ていた。

 データベースの中に彼女の情報はない。

「私はユマ・J・アキヤマよ。あなたの新しい主人になるわ」

「あなたはパスワードをご存じでした。新しいマスターになることに異論はありません」

「正常な判断です」

 少女は頷く。

 クサナギの身体はロボット工学の鬼才アキヤマが作った。芸術的な作品であり、より人間に近く、人間以上の能力をもったアンドロイドだ。機械であり、人であり、そのどちらでもないのが彼の存在だ。故あって「クサナギ」を隠すことになったアキヤマは最後こうプログラムした。

 ‘クサナギ’を起こした人物を新しいマスターにするということ。

 少女は正式にパスワードを入力しこの施設に入ってきたことは<マザー>から転送されたデータに残されている。彼女が「アキヤマ」と名乗った以上、アキヤマの血縁関係にある可能性は高い。外見上も彼女が血縁である可能性を十分クリアするほどの「面影」が残されていた。

 異論があるはずはなかった。

 彼は少し置いてから彼女に言う。

「質問があります」

 彼女は頷く。

「認めます」

「前マスターはどうされました?」

 少女は一瞬だけ瞬いて、表情を止め淡々と答える。

「死にました」

 それは少女が発する言葉にしては無機質過ぎた。まるでロボットが決められた受け答えをする時のような声音だった。

「あなたが眠ってから二年半後の出来事です。病気だったわ」

 クサナギは頷く。

 可能性は考えられたことだ。

「研究をしている時から前マスター、アキヤマの体調は思わしくありませんでした。病状から考え推定余命は一年半。最長でも三年の試算でした。長く生きた方でしょう」

「ええそうね、長く生きたとおもうわ」

 何の感情も伺わせない風に彼女は頷いた。

 それは自分の親の死を悲しんでいないようにも、悲しみ悼んでいる事を周りに悟らせないようにしているようにも見えた。クサナギが想定出来る範囲ではどちらも十歳の子供がする表情ではない。

 新しい主人がする表情を「脳核」に刻み込む。

 これは「悪い」に分類されるものだ。機能停止以前に彼が集めたデータでは、この表情の時はそれ以上詮索しない方がいい、ということになっている。クサナギはアキヤマの事をそれ以上追求しなかった。

「マスター、私が起こされたということは、現状に変化が生じたと言うことでしょうか? 私は違法であるために機能停止させられました」

 彼は鬼才アキヤマ氏の技術によって創られた人型アンドロイドだ。その芸術とまで呼ばれた外見は従来のモノとは違い人と全く区別がつかなかった。表層を覆う‘皮膚’は人よりもバイオテクノロジーを結集させてつくられたものである。強靱であるが、柔らかく触っただけでは違いが区別出来ない。それなのに、傷付けば人にはあり得ない速度で自己修復をする。その上、彼は「感情」を「学習」する。感情が豊かになればいずれ人間と全く区別が付かなくなるだろうと言われていた。実際彼が表層人格を利用すれば普通の人間だと思う者が沢山いた。唯一違う所は脳核に直接繋ぐための小さなジャックがこめかみに存在するくらいだろう。

 人間以上の働きをする彼を前に人の存在意義が失われてしまうのではないかと人々は危惧した。人為的に作られた彼が新しい人類として存在するのが正しい未来と言う極論を立てる者もいたが、繁殖の能力を持たない彼が生命の頂点に立つのはおかしいという意見も出た。様々な意見があったのだが、最終的に彼は「倫理的な問題」と理由付けられ違法物になってしまったのだ。

 彼の主であったアキヤマは彼を壊すように命じられたが、人知れず彼を隠した。いずれ来る時のために彼をこの研究所で眠らせたのだ。

 今、目覚めさせられたのなら法律が変わった可能性がある。その確認を取るための質問だった。

 だが、彼女は否と答える。

「現状に変化はないわ。あなたは違法のままよ」

「では……」

 言いかけるクサナギをユマは片手で制した。

「ある事情により、私は‘日本’へ行かなければなりません。……あなたの計算で私が一人で日本に行って無事でいられるかしら?」

 彼は即答する。

「不可能です」

 アキヤマの血縁であるから金銭面で困ることはないが、距離や治安の面から言って十歳の少女が単身で日本に行くことは危険なことだった。

 むろんアメリカから日本に渡ることは可能だろう。しかし、日本に行って無事でいられるかどうかは話が別だ。日本は大戦の影響で壊滅状態だった。彼が眠っていた八年の間に復興が進んでいたとしても治安は思わしくないと想定できる。

「法を犯すリスクを背負ってもあなたといる方が安全です。この試算に間違いはないかしら?」

「はい。法律を犯すことは禁止項目に該当しますが、マスターをお守りするのが最優先事項です。マスターが日本へ行くのであれば私もお供致します」

 彼女は頷く。

「ありがとう。……私の事はユマでいいわ」

「はい、ユマ様」

「敬称は不要よ。人前ではあなたと私は兄妹です。あなたが兄で私が妹。貴方がアンドロイドであるという事を隠すとなれば、その方が都合がいいでしょう」

「私もそのように思います」

「ありがとう。記録には無かったけれど、あなた名前を付けられていたかしら?」

「クサナギA-03型です」

 ユマはくすりと笑う。

「それは人工知能の型の名前ね。あなたの個人の名前ではないわ。……そうね、ウィズというのはどうかしら?」

 一瞬クサナギは返答に困る。ユマが何を言っているのか理解できなかったからだ。二、三秒の後に彼は可能性のある事を聞く。

「……私の、名前ですか?」

「そうよ。あなたの応用でアキヤマ氏が作ったロボット達全て‘クサナギ型’と呼ばれているためにややこしいの。貴方の名前はヴィズ・Y・アキヤマよ。必要に応じ氏は変えますが、個人としての名前はウィズ。気に入らないかしら?」

「いいえ」

 気に入らない訳がない。

 ただ、自分に個体識別の名前が付くとは思っていなかっただけだ。以前のマスターは『クサナギ』と呼び続けていた。クサナギ型と呼ばれるものできちんと作動していたのは彼だけだった為にそれで問題はなかった。

 だが、現在はクサナギ型のロボットが増えているという。そうなれば個体識別の名前があった方が便利なのは頷ける。拒否する必要性もなかった。

 それでも自分に名前が付くことは奇妙な感じがした。それはまるで人間のようだからだ。

「お聞きしても?」

「どうぞ」

「ウィズとはどういう意味ですか? クサナギは日本の『三種の神器』の一つの名前です。ウィズにも意味があるのですか?」

 少女は軽く肩をすくめて怒るかしらと呟く。

「昔飼っていた犬の名前よ」

「ペットですか?」

「いいえ、とても仲のいいパートナーだったわ。亡くなってしまったけれどね。貴方を彼の代わりにするつもりはないけれど、特別思い入れがある名前なの。そう言う名前は嫌だった?」

 彼は通常より長く瞬きをしてから口の端を持ち上げて笑みを作る。

「悪くありません」

 ユマは安堵したような表情を浮かべる。それが何故なのかウィズには理解できなかった。

 何度も解析していると、やがて目の前に手が差し伸べられた。

 握手を求められているのだ。

「これからよろしく、ウィズ」

「はい、こちらこそよろしくお願いします、ユマ」

 そう答えて彼女の手を握り返す。

 小さな手のひらから感じる暖かさを、彼は脳核に記録した。


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