中
確かに今回の遠足は楽しかった。このまま、2泊3日ぐらいの長さで遠足が続けばいいのにと思えるほど。疲れていても心の底ではもっとどこかへ他の場所にも行きたいと願っていたに違いない。でもこれは、そのどこにも当てはまらないどこかだ。家路に向かうはずのバスが、トンネルの中だったはずの暗黒空間で浮遊している。異常という言葉では言い表せない異様な状況に、心臓がアバラから飛び出して逃げようとしてるかの様に脈打っている。
「本当だ、本当に地面が無い、どういうことだ!?なんなんだよ!これ!!」
先生が声を荒げて慌て始めた。駄目だ、こういう時、大人が冷静にしていないと。私たちの不安の持って行く場を失ってしまう。
「目の錯覚だ!!目の錯覚だよ!こんなの!」
「どういうことよぉーっ!!私たち家に帰ってるんじゃなかったの!?誰か説明しなさいよ!」
「バスガイドさん、長いトンネルか何かだよね!!何か答えてよぉ!!」
「おい!!バスの運手主さっさと進みやがれ!!故障か何かだろ!?」
案の状、後ろの席から怒号と叫び声の嵐。私はクラス委員だ、叫びだしたい内面を委員長の仮面で押さえ、委員長として皆を落ちつかせなくちゃいけない。
かといって、下手に私が多少声を張り上げて落ち着くように言っても、この状態では皆はきっと聞きやしない。こういう時には若い力より、経験からくる威厳でこの場を収めてもらう、つまり年長者に動かして、皆に落ち着くように言ってもらう。多分、それが委員長としての仕事だ。
先生は震えて両耳を塞いでいる、一番頼りにしたい人は頼れない。バスガイドさんは何処を見渡してもいない、どこかに隠れたのだろうか。そうだ、バスを運転しいる運転手さんなら何か知っているかもしれない。恐怖と不安で眩む頭を気力で起こし、地球から解き放たれた地面を踏みしめる。運転手さんは以外にも冷静な顔つきで車を動かすのを見て、口から飛び出そうとする不安が収まった。この人はまだ冷静だ、頼っていいんだ。
「すいません、何時からこんな所に出てしまったんですか?」
「知らないよ、知らない間に走ってたんだよ!私はね、ルートも頭にちゃんと入った上で、さらにナビを見ながら走ってるんだよ!目的地にもうそろそろ着くはずなんだ。
だから私はさぁ、私には何にも問題ないんだよ、悪くないんだよ私は!!何でも解らない事があった大人を頼りやがって!!しらねぇよそんなものぁ!!俺はぁ!運転してる時に話しかけられるのが大嫌いなんだ!!馬鹿にしやがって、クソ餓鬼ぃっ!!」
ガンっ と運転手さんは窓を叩いた。その音と吐き出された言葉に圧され、私は地面に倒れこんだ。どうしよう、何が出来るんだ、クラス委員として。頭の中の解決策を思い浮かべる間も無く、後ろの席から怒鳴り声が私の冷静さを打ち消し、喉が緊張で日上がる。
「どうなってんだよぉ!!おい、どういうことだよ先生!!」
先生は膝を抱えて震えて何も言わない。
「なんだよよぉ!!ヤバイ事なってるじゃないかぁ!!誰か助けてよっ!!」
「いやーーーっ!!恐いぃ!!嫌よこんなのぉ!!」
「嫌だ!死にたくない!!死にたくない!!」
「横で怒鳴るんじゃねぇよ!!うるさいだろがぁ!!」
「てめぇの貧乏ゆすりもうぜぇんだよ、黙れクソ野郎がぁ!!」
一番後ろの席で、とうとう取っ組み合いの喧嘩が始まった。喧嘩を止めなきゃ、という意思は恐怖に塗り固められ、私はその場を動くことも、声を上げることすら出来なかった。目の前が歪み、皆の叫びがまるで合唱のように頭の中で反響している。私は今にも叫びだしそうだった。その時、
______ぱんっ!!!!_________
突然の爆発音に場が静まり返り、目の前で男子生徒の後姿と宙に舞う紙がふわふわと地面に落下していくのが見えた。
この音はクラッカーの音だ。遠足にこんなレトロな物を持ってくるやつはアイツしかいなかった。
「はーい!!皆、俺に注目っ!!こういうときは"押さない" "あわてない" "喋らない" 合わせて"おあし" 語感が非常に気持ち悪いですが、いつも心に三原則!忘れずにね!!はい!皆で"おあし"といってみましょう!」
有場が何かを喋っている。先ほどの騒ぎが嘘のように皆、押し黙って有場が喋るのを聞いていた。
「声が聞こえませんねぇ…えーと皆さん、俺の右わき腹の血は先ほどケムール人との死闘で、ヤツに銃弾に撃たれたからで在ります。痛みに耐えてますよ、俺。しかーし、俺もアイツに正拳突きお見舞いしたからね、脅威の宇宙人に一太刀報いたよー、帰ったらツイッター等で俺の活躍を拡散するように!!」
どうやら、コイツは訳のわからないことを言って皆の気を逸らしているらしい。
「えー、このバスはケムール人の魔の手に落ちてしまいました。でも、心配することはありません。異次元誘拐装置が完全に作動する前に、私の鉄拳がヤツめの鼻っ柱を砕いてやりましたんで…この空間には必ず逃げ道があります」
どうにか皆を煙に巻こうとしているけど、有場は少しミスをした。さっきの"誘拐"とか"異次元"という不安を煽る単語を言ったことだ。それに反応して、何人かがまた慌て始めてる。駄目だ、また皆パニックに戻ってしまう。
「よーし、それじゃあ、皆落ち着いた所で歌いましょう『旅立ちの日に』
ちゃんちゃんぽろろちゃんぽろろーん♪」
「合唱はしません!!
ここで会議を行いたいと思います!!
皆さん、こんな事になって驚かれてると思いますが、
さっきコイツがいったように必ず元に戻る方法があるはずです。
私達がこんなことで家に帰れないわけないじゃないですか!!
ケムール人だか毛むくじゃら人なんて居る訳ないのです!!
ここは皆で話し合って私達が家に帰る方法を探したいと思います!」
そうだ、私はクラス委員長だ。ここでクラスをまとめないで、どこでまとめると言うのだ。何を今まで情けなく他力本願にすがろうとしてたんだ。さっきまで散々、有場に高説たれておいて、アイツに助けられるなんて情けないったらありゃしない。
「ありがとう、有場君」
私は小声で言った。
「委員長、面白くなってきたな!」
なんと!驚いた事に、有場はこの状況に目を輝かせていた。余りに無邪気な発言に私の手が勝手に動いて、
___ゴチン!!___
「イデデ、何故殴るよ。更年期障害?」
「高校生が更年期障害になるか!面白くなんかないわよ!!
大体さっきの演説なによ!?
この時期に卒業ソング歌ってどうする気だったの!?
メロディもいい加減だし!」
「まあ、そんな事はどうでもいいじゃないか、
状況を悲観するより、楽しむほうがいいって事だよ委員長
それより会議、会議!」
そうだ確かに、状況を悲観しては何も進まない、ここは無理矢理でも事を進めないと。
「先生、会議を始めさせてもらってよろしいでしょうか!?」
先生は"やれ"のジェスチャーをした後、また塞ぎこんでしまった。
「はいはーい!!沈黙は同意とみなしますので、会議を始めたいと思いまーす!
ケムラー星人にやられた傷が疼きますが… ぐふっ!
ふふ、こんな傷なんともないさ、
さあ皆、ここは俺が食い止めてる内に会議を始めるんだ!!」
___どごっ!!___
「はい!馬鹿は置いといて、会議を始めたいと思います
その前に皆で一度、深呼吸したいと思います
では、私にあわせて スーー ハーー」
テレビで聞いた話だが、集団パニックに陥った場合、深呼吸や相互コミュニケーションが落ち着きを取り戻す鍵になるという。ここで会議をしても暗黒空間から出る答えが出る可能性は限りなく低い。高校生が解決出来るレベルをとうに超えた事態だ。それでも、会議という形をとったのは私の出来ることは、皆を落ち着かせる事、時間を稼いで、時間が解決してくれるのを待つ事。そして、最初の議題で更なるパニックが起こらない様にすること。
最初の議題は危険だけど、これしかない。
「まず、最初の議題は、私たちがいる空間『ここがどこであるか?』
について話し合いたいと思います」
クラスメイト達がざわつき始めた。無理もない、誰がそんなこと解るものか。でも、これは必要な賭けなんだ。より皆の不安を大きくする可能性もあるけど、ここで出した結論が安心出来る答えに落ち着けば、増大する不安を抑えられるはずだ。
周りを見渡すも案の定、挙手はない。
有場が「俺、俺を当てろよ」と自分のを指差しているが今は無視。行動の読めない有場に頼るより、自分で会議を安全に進めてみせる。
「私が思うに、おそらく私たちが見ている外の空間は幻覚ではないでしょうか。
バスが暗闇に浮遊する。こんなことが現実に起こり得るはずがありません」
これが現実ではないという認識がきっと皆の絶望や不安を取り除いてくれるはずだ。多分、これが今私に出来る最良の答え。