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"朝、目覚めた時、その眼に映る世界は昨日までの世界と全く同じ世界であると証明するものは何も無い。ただ、昨日と同じ場所で寝ていて、昨日と同じ場所に目覚まし時計が置いてある、記憶というあやふやな尺度を用い、昨日までの世界との相似性を探すことでかろうじて今日の世界が昨日までの世界と同じであると認識しているに過ぎない。あなたが眼を閉じた瞬間に世界は消滅し、眼を開けた瞬間に限りなく同じ世界が再構成されているだけなのかもしれないのに。大きな変革が起こるまで、世界のあやふやさに気付けない…"


 

 「先生、DVD他のにしませんか?もっとこうお笑いとか、アクション映画とか」

  

 かなりの遠出になった遠足の送迎バスに、暇を潰して下さいねと言わんばかりに液晶のテレビが、申し訳程度に一つだけバスの最前席の左側のほぼ真上に釣り下がっている。つまり私の席からは首を痛めるような角度にしないと画面が見えない。このバスを設計した奴はとんだバカ野郎か悪意的な野郎である。画面が見えないのに、訳のわからないSF映画の会話だけが聞こえて来る、これでは私に寝ろといっているようなものだ。自己防衛の為、DVDを変えていただく、どうせ帰りのバスなんで私以外は皆ほとんど寝ているし、誰も見てないし。

 

 「じゃあ、斉田の好きなものに変えていいぞ」

 先生はぶっきらぼうにそういって、私にリモコンを手渡した。担任の花輪先生は体育教師という事もあり、男子生徒にもなめられない為なのか、先生はいつも男っぽい口調で話す。

 特権を得た私はさっそく派手な音がしそうなアクション物のDVDを入れて席に帰る。しかし、私の席から映像は見れないのだ。眠さの余り、意味の無い行動をしてしまった。

 高速道路の平坦な一本道が、バスの揺れを時計の針のように律動性あるものに変えていく、単調な揺れが眠気を加速し、バスの揺れが次第に心地よいゆりかごの様に思えてきて、眠い。遠足帰りのバスの眠気は殺人的だ。疲れが私の瞼に重しとして乗っかっている。アクション映画の弾丸の音でさえ心地いい、何故か横から匂ってくるチリソースの香りも眠気を…、え…!?チリソース。


 「委員長か、嫌なところを見られちまったな。フフ…なあに、かすり傷よ…」

 

 横に座っている有場のワイシャツに弾痕のような穴が空いて、そこから血の赤が広がっていた。血の赤というかチリソースだ、これ。

 

 「有場君、アンタ自分劇場を好き勝手に繰り広げるのもいいけど、横に座ってる私の迷惑も考えなさいよ、まったく!チリソース臭いったりゃありゃしない」

 「リアクション少なっ!!ワイシャツ一つ犠牲にしたドッキリだったのに。もっと驚けよ!」


 有場は学校一の変人で、私と同じクラス委員。私が委員長で有場が副委員長。今回の遠足はコイツに振り回されっぱなしだった。

 遠足の行程は、街で材料の買出しを行い、キャンプ場で料理を作った後、クラスごとにプランを決めて付近を見学するといった、一見普通の遠足見えるものだが、

 生徒の自主性と協調性を高めるという目的で、クラス単位で割り当てられたバスを、生徒が立てたプラン通りに使用できるという、先生の監視付きながら非常に自由度の高い遠足だった。

 自由度は高かったが、実際は現地の定番の観光スポットをなぞるだけのクラスが多く、ほとんど代わり映えのない遠足をしていた。私もそんな平凡な遠足を予定していたのだが、有場がそれを許さず、変な提案をしだすので私は無茶なプランの実行に四苦八苦した。

 まずキャンプの料理といえばカレーなのだが、有場が「ケバブ作ろうぜー」と言い出し、クラスの皆もそれに乗った為、私は偶然見つけたトルコ料理屋を尋ねて香辛料と予備の串を借りる交渉を行う羽目になった。

 その後のお城見学でも、甲冑に身を包んだコスプレ係員を見て「アレ着て写真を取らなきゃ、江戸の血が泣くわ」と言い出したので、私はお城の管理人さんから、イベントで使う甲冑と着物が草子に一杯あるの情報を聞き出し、それを借りるために頭を下げる羽目になった。

 そんなこんなで、非常に疲れる遠足だったが、その分楽しかったし、皆も満足しているようだ。私は有場をただの変人と思ってたが、遠足で有場の男子からの支持の高さと、なんだかんだで皆の意見をまとめる姿を見て、少しアイツの事を見直した。楽しい遠足の御褒美にちょっと有場を褒めてやろう。 

  

 「ねぇ、有場君」

 「なんだ?」

 「有場君て、遠足で見てて思ったんだけど、け、けっ、け…(結構、いい所あるんだね見直したよ が何故か詰まっていえない、何を意識してるの私)」

 「だけど、どうしたんだよ?」

 「け、ケムール人に良く似てる」

 「何それ、誰?」

 「ふっ、無知な男ね有場君。夜中に猛スピードで道路を走り、人を脅かすのが生きがいの宇宙人よ。ケムール人は通報されて地球防衛軍に殺されたわ、有場君もイタズラをしすぎて、私に殺されないようにね」

 「斉田って、俺を見ながらそんな事考えてたのかよ。怖っ!」

 「そうよ、女は怖いのよ(うわぁぁぁぁぁぁっ!!何言ってんだ私!)」

 「マジで女って恐いな」


 自分のシャイな一面に驚いた。有場はさっきから私と眼をあわそうとしない。違うのよ、私はただアンタを褒めてあげようとしただけなのよ。後、ケムール人って何なの?自分で言ってて解らなかった。眠いからって、しっかりしなきゃ。

 ともかく眼のやり場に困った私は横に眼をやった。反対側の席に座る先生と、その前の補助シートに座るバスガイドさんが見えた。バスガイドさんは体調を崩したそうで、サービスエリアの休憩からずっとうつむいたままだ。背の高いバスガイドさんに補助シートは窮屈そうだ、代わってあげようかな。


 ___ zzz… グーグー スピー ___


 嘘!?コイツもう寝てやがる。クラス委員は何かあった時はに皆をまとめる責任があるのに、こいつは責任放棄で一人恍惚の眠りに入りやがって。まあ、クラス委員にそこまで皆、期待していないだろうけど

、こういうのは心構えが大事なのよ。


 ___ ぐーぐー スピー んぐっ ぐー ___

 

 私も寝るの我慢してるのに、有場の奴め…こいつにクラス委員としての使命感を肉体言語にて教育仕るとしますか。



 ___ ゴチン! ___ 

 

 「うぎゃっ!何すんだよー斉田ぁ」

 「クラス委員が寝てていいの!?私たちはこの宿泊訓練に参加したクラスメイトを無事に皆、家に帰すという使命があるのよ」 

 「いや、それはバスの運転手と先生の役目だろ。どれだけ重いんだよ、委員の名ってのは」

 「常に上に責任を委ねる所から組織は腐敗していくのよ、生徒一人一人の責任感が…」

 「あーもういい、もういい、起きる、起きるって!ていうか、斉田の方が眠そうじゃん。代わりに起きててやるから寝とけよ」

 「ふふっ 有場君、私は仕事をやり遂げたという結果を残すことによって、委員としての立場を向上し、優越感に浸りたいのよ…」

 「お前はそんな事考えて委員してるのかよ!」

 「有場君、女は知らぬ顔で栄光をかすめ取る、そういう生き物なの」

 

 何を言っているのだ、私は。眠気が脳に来ている。ああ眠気が頂点に。


 「栄光はともかく、クラス委員に誰もそこまで期待してないっての、お前もすげぇ眠そうじゃねぇか。寝ろよ、寝ろ寝ろ」


 駄目よ、使命に打勝つのよ私。有場に借りを作ることになるわ。

 

 有場と喋ってる間にバスがトンネルに入った。この暗さの中のオレンジのライトの温もりが睡眠欲を掻き立てる。駄目だ、寝てしまう。でもちょっと目をつぶるだけなら…いや駄目駄目、つぶったら寝る。考えるのよ、寝てはいけない理由をもっと、クラス委員の使命感以外に。 

 そうだ、子供の頃トイレの個室の中でじっと目をつぶって、目を開けてトイレから出たら全く違う世界変わってるかもしれないって想像をして怖くなったことがあった。そうよ、今私が目をつぶったらトンネルから出た後、どこに出るか解らないって考えるのよ。さっきのSF映画でも、世界は自分が目を離した隙に変容するのかも知れないと言ってたし。使命感でまぶたに力がこもるわ。

 ああ、一瞬だけ目をつぶろう。一瞬なら大丈夫。

 その言葉が睡眠欲のダムを決壊させ、私のまぶたが沈んでいった。眠りは沼地に沈むように、全身にまとわりつき、落ちた後は何も出来ない、泥のように眠るとはよく言ったものだ。


 ……zzz………zzz…


 __起きろ!斉田!__


 「ぬわぁ、何よぉ、うーん眠いなぁ、むにゃむにゃ」

 眠くてろれつが回らない。

 「ちょっと変なんだよ、あれから30分近く走ってるのにトンネルから出る気配がないんだよ」

 「長いトンネル何でしょ?」

 「行きはこんな長いトンネルなかったよ、しかもさっきからずっと真っ直ぐ走ってるんだぜ、変だろ!?」

 確かに行きのバスはこんな長いトンネルと通らなかった。確かに何か変だ。

 外を見ると、トンネル内の照明が点灯しておらず真っ暗になっていて、つり橋の縄が切れる前の様な危険な違和感と、切り取られた無いはず手で何かを掴もうとするような無力感で全身に鳥肌がたった。

 後ろの席の他のクラスメイトも既に騒ぎ出している。先生が「静かにしろ!」と声を荒げるも、生徒の不安の壁を抜けることはなかった。

 

 「このバス、地面を走ってないよ…浮いてるよ!」

 

 クラスで一番おとなしく、皆の前で話すのが苦手な少女、山崎 鏡子が眼に涙を浮かべながら、しっかりと皆に聞こえる声でそう言った。

 確かにさっきから車両特有の揺れを全く感じない。飛行機など乗ったことは無いが、彼女の言葉を聴いて、さっきから感じる自転車のペダルを踏み外す様なこの感覚が浮遊感なんだと気付いた。

 

 

  

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