そしてその狩りはしなやかに
「逃がすかあっ!」
猛然と模擬敵を追っていたタビィの小型艇から、眼前の獲物に向けて、低威力の粒子ビームであるマーカービームが発射された。しかし、挺の軌道そのままの射線はあまりに正直すぎる。模擬敵は浅い角度の旋回であっさりそれを躱すと、手近な小惑星の陰に潜り込んだ。勢い余ってオーバーシュートした後方から、狩る側に回った敵機が放ったマーカービームがタビィの機体を捉える。候補生の悔しそうな喚き声が通信チャンネルに響き渡った。
「いただきぃっ」
キャリコは、自らはあまり動かず、じっくりと獲物を狙うのが趣味である。小惑星に貼り付けていた挺をすかさず発進させ、模擬敵の消えた側とは逆側から回りこませる。しかし、これも浅慮にすぎた。その程度の戦闘行動であれば容易にシミュレート可能な模擬敵は、小惑星の陰に回った段階で、大きく進路を変更している。正面から待ち伏せるつもりが、ほぼ真横から視界に現れた相手に、慌てて挺を反転させるキャリコ。しかし一瞬後、その機体の脇腹にマーカービームを浴びてしまう。キャリコが悲しみに満ちた叫び声を上げると、他の候補生たちの笑いが通信にこだました。
「わたしがやっつけるですぅ」
新入りのスコッティが、負けじと飛び出した。待機していた場所が良く、うまい具合に模擬敵の後ろをとると、そのまま尻を追いかける。しかし、彼女は元来おっとりした性格で、あまり機敏な動作は得意ではない。模擬敵の俊敏なジグザグ飛行に翻弄され、あっちにふらふら、こっちにふらふら。散々に振り回された挙句、目を回して演習宙域から飛び出してしまった。一発も撃たないうちに失格である。
今日の演習はこれくらいでお開きか、と思い、優先ブロードキャストのボタンに指をかけた所で、一機の挺が飛び出した。
ショーティだ。
逃げすさすターゲットの最大加速からの急旋回、それに続くランダム機動にも全く遅れることなく追従し、じわじわと追い詰めて行く。模擬敵の機体は候補生たちの挺と同等の性能を持っており、無人機である故に、重力加速度による乗員への影響を無視した機動をとることが可能というアドバンテージを有する。現に今、ショーティに追い詰められた窮鼠は、直進方向への速度はそのままに姿勢制御スラスターで機体の向きを反転させると、ショーティの眼前に襲いかかった。有人挺であれば、確実に乗員の身体に重度の損傷を与える急機動。真後ろからこれを追い掛けていたショーティは、たまったものではない――はずだった。
ショーティの小型艇は、敵機が反転するとほぼ同時に最大出力の逆噴射で急制動、機体が交錯する寸前に姿勢制御スラスターを絶妙なタイミングで噴射し、模擬敵の背面を取った。瞬間、マーカービームを斉射。レーダー上で赤く光る標識のダメージ表記が、一瞬で0から100%にまで上昇、「撃墜」フラグが示される。
ショーティーのとった機動は、敵の行動を完全に予想していなければ、いや、例え予想していたとしても、およそ並の人間には不可能な超反応と言えるものだった。それだけではない。直前の無人機の機動並みに、乗員の肉体への負担がかかるはずの無茶な動きだったはずだ。しかし、それを欠片ほどにも感じさせない間延びした声が、通信チャンネルから届く。
「……あーあ。手応えがなさすぎて、あくびが出ちゃったわ」
こともなげな一言に、獲物をかっ攫われた悔しさと、心からの賞賛とが入り混じった歓声が、通信チャンネルを飛び交った。
*
母船に戻ってきた候補生たちを、格納庫前のエアロックで出迎える。狭い内側ドアから溢れるように、我先に駆け寄ってくるのを、屈み込んで頭をなでてやる。そして他の候補生から少し遅れて、ショーティがそのしなやかな肢体を揺らし、ゆっくりと近づいてきた。銀色の美しい毛並みに、黒色の縞が映える。美しい渦巻き模様が、彼女のチャームポイントだ。その自信に溢れた黒い瞳と目が合うと、彼女は自慢げに、一声鳴いた。
「ニャア!」
彼女らに言わせれば、人間言語を用いての通信はあくまで便宜的なもので、無粋にすぎるということだ。ショーティの魅惑的な地声を知る私としては、それに全面的に賛同せざるを得ない。
*
人類が光速度の枷をのがれる術を発見し、恒星間の大海原へと旅立った時、超空間において遭遇した謎の敵性生物。その戦闘力、その素早さは、星間飛行を手にした人類をもってしても、敵するにはあまりに強大であった。
その敵を迎え撃つに、太古以来人類と共にいながら、空間認識能力、立体運動能力においてはるかに人間を凌駕する存在に目をつけ、戦闘に投入しようと考えた天才がいた。遺伝子操作により人類と対等な知性を身に付けた彼らは、宇宙艇の操船と武装についての訓練を経た上で、人間と一匹一人のタッグを組み、粒子ビームを積んだ高速艇を駆り、超空間にダイブする。そして、その本能に刻まれた狩猟者としての性質を存分に発揮し、敵性生物を狩る。
人間のみで作戦行動に当たった時の掃討任務の成功率は10パーセントを切るものであったが、彼らをコパイロットとするようになってからは、その勝率は80パーセントを超える。80パーセントと言うのは、現場を知らない者たちには決して高い数字には見えないらしく、種族の愛護を標榜する団体から、彼らを人類の盾として利用するのか、という抗議の声が持ち上がったのは一度どころの話ではない。しかし、そのような議論の場で発言の機会を与えられた彼らは、決まって言うのだった。「この狩りは我らのもの。人間は、自分たちのすべきことをしていればいい」と。
*
母船のブリッジで、コンソールに腰をかけて星海を見つめるショーティ。なめらかな曲線で構成されるバランスのとれた肢体を眺めていると、初めてではない疑問が心の中に湧き上がる。どうしてこれほどまでに美しい存在が、人類のような愚鈍な存在の側にいてくれるのだろうか?
パイロット候補生の中でも、彼女はとびきり優秀だ。前線の任務が与えられるのも、そう遠い日のことではないだろう。その不可避の別れと、待ち受ける任務の過酷さを思うと、教官としての立場を忘れ、彼女らを全員小型艇で攫って、小惑星帯のどこかに逃亡してしまおうか、という妄想に駆られる。
そんな私の視線に気付いたのか、ショーティはこちらを振り返ると、コンソールを降りて歩み寄り、柔らかな体を擦りつけてきた。首筋から尻尾にかけてをゆっくりとなでてやると、尻尾をまっすぐに伸ばして喜びの意を表す。交代の時間も近い。抱き上げて喉をくすぐり、眠りを誘ってやる。
ああ、たとえ人類がこの先どのような異種族に巡り合おうとも、君たちを超える存在に出会うことは無いだろう。我ら人類は、君たちが傍らにいる幸運を神に感謝し、君たちのパートナーたるに相応しい存在になるべく、たゆまぬ努力をもって、自らを高めていこう。
私の内心の誓いを他所に、腕の中の完璧なる存在は、軽やかに喉を鳴らし続けるのだった。
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