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男爵は微笑う  作者: L→R
記憶
48/48

記憶◆10

 特にする事もなく、水着を無事買い終えたあとは軽くほかのフロアを回るだけで帰ってきたその日の翌日、稜のたっての希望であるプールの日となった。

 訪れたプールは隣県の海辺にある。全国の観光地や保養地に土地を保有し、宿泊施設やゴルフ場を経営する大手不動産企業によるホテルが併設され、プールも十種類以上と多彩。一時は不景気や交通の不便で来場者数が激減したが、場内イベントとしてタレントを招いたり、ヒーローショーを開催するなどで、客足も徐々に繁盛期の数字に戻りつつあるという。殆どのプールが屋外にあるため、夏場のみの営業だが、冬場はホテル内でビュッフェを頻繁に催すなどで、現地の奥様方に親しまれているらしい。

 盆は過ぎたが夏休み後半という事もあってか、道も混むだろうと予想し、家を出たのが五時。稜は興奮して早起きこそしたものの、着替えを終え、車に乗り込んでからすぐに眠りについてしまった。

 それはそれで大人二人にとっては楽なのでそのままにし、他愛もない話をしながらプールに着いたのが午前八時、少し前。開場は九時らしい。

 更衣室のあるロビー周辺は八時から開放していたので早めに着替えを済ませ、開場までの一時間は軽く朝食をとりながら時間を潰す事にした。

 が、やはり慣れないものを選んだせいか、気恥ずかしく、ユリは水着の上に持ってきたTシャツとタオル地のショートパンツを重ね着する事にした。幸い着替えを終えロビーで待ち合わせた稜も了もそれには何も言わなかった。稜と了は何故かお揃いの、ベージュ色のサーフ型を穿いていた。

「…お揃い…。」

「そう。な?」

 ユリのツッコミに了と稜がにんまりと笑って顔を見合わせた。益々、親子であった。そして何故か悔しい事に、ユリが持参したショートパンツも、ベージュ色なのだった。

 朝食後、数十分の間に了が稜用の浮き輪を膨らませにボンベの列に並んだ以外は特にする事もなく、やがて何のトラブルもなく開場し、小さめのパラソルを確保した。これで荷物の置き場にも困らない。

 稜は早々に浮き輪に体を通し「早く行こうよ」とはしゃいだ。了は稜から浮き輪を外し上げ、それを肩にかけると稜を抱き上げユリを見た。

「端から行くか。どうせこいつは浸かるだけで満足するから、適当に回ったら昼になるだろ。」

「…うん。」

 返事をすると、ユリはおずおずとシャツを脱ぎ始めた。やはり気恥ずかしさがまだ先行するのだ。暫くすれば慣れるのだろうが、慣れるまで恥ずかしいのは変わらない。

 様子を悟ってか、了が稜に話しかけながらプールへと視線を移したので、その隙に手早くシャツとパンツを脱ぎ、了の肩にかかった浮き輪に手を伸ばした。

「持つよ」と言うと、了は「ん」と答えて、浮き輪から肩を抜き、歩き出した。ユリは浮き輪を肩にかけ、それで体前方を隠すように持つと、了についていく。見上げると、了に抱えられた稜が満面の笑みでこちらを見ていた。笑い返すと、稜は満足げに笑った。何が満足なのかはわからないが、兎に角ユリは笑っていればいいようだ。

 園内は昼頃までには客で溢れ、プールと言う名の水浴び場になっていた。水の中で芋洗いよろしく客がぎりぎりにすれ違いながら浮く。ユリにとっては毎年恒例の光景だが、滑稽だという見方も持っている。それでもここに来る事に意義があるのだから仕方がない。

 混んでいるので仕方なく密着する羽目になる。遠慮をしても仕方なく、ユリは開き直って騒ぎ遊ぶ事にした。了はそれをわざわざ指摘するような野暮な事はしないし、稜はそもそもそんな事は気にしないので、あっという間に慣れた。


◆ ◆ ◆


 プールを三種類ほど渡り、昼が近くなった。休憩がてら食事にしようという事になり、二手に別れ買い物をしてテントに戻ろうと決まった。了は稜と軽食の売店で食事を買い、ユリは飲み物調達と役割を決めたのだが、稜がユリと行くと聞かなかったので、結局、了一人で食事を買う事となった。

 昼が近いので行列が出来ている。その最後尾に並んで順番を待っていると、背後から声をかけられた。

「蕪木さん…ですよね?」

 振り向くと、全く知らぬ女性が二人、身を寄せ合ってこちらを見ていた。

「はい?」

「ああっ、やっぱり! 私たち、以前、講義でお世話になったんです!」

 二人は嬉しそうに言うが、了はその一言で一気に気分が悪くなった。つまり二人は検察官である。

「…ああ…はい。」

 適当に流したかったが、順番までは程遠い。その上、二人は話す気満々な様子だ。

「お友達といらしてるんですか? よかったら…。」

 その続きを聞く前に、ゲンナリしている了の耳に「とおちゃーん」と声が聞こえた。その声に胸を撫で下ろす。

 振り返ると、稜がSサイズのドリンクカップを持って走り寄って来るところだった。その後ろでは、ユリが走る稜を見て慌てている。

「ああっ走らないでぇ!」

 ユリの悲鳴にも近い叫び声に耳も傾けず、稜が了の足に抱きついて来た。抱き上げると、稜はにんまりと笑いながらカップを自慢げに見せびらかす。そのカップの中で、オレンジ色の液体がトプリと揺れた。

「あっ。お前、ジュース駄目だって言ったろ。」

 体に悪影響がある訳ではないが、駆の妻である義姉が甘いものを与えるのを嫌がるのだ。ユリにも言ってあったのだが、結局買ってしまったようだ。

「ごめん。どうしてもって…。」

 追い付いたユリが眉をハの字に下げている。もちろん、ユリを責める必要はない。ユリはきちんと注意してくれたに違いないだろうから。その証拠に、稜は悪びれもせずにこにこと笑っている。尤も、その心境も理解しない訳ではない。駆に言わなければいいだけの事だ。だが、それを理解して悪知恵を働かせた点は、笑っては流せない。

「ったく…。言う事聞かなきゃ駄目だぞ。」

 注意だけはしておかねばならないので、一言言うと、稜は上辺だけの返事をして了の首に纏わりつくとジュースを吸い始めた。が、すぐに首を傾げる様子が首筋に伝わって来た。何かと思って振り向くと、すっかり忘れていたが、女性に話しかけられていたのだった。

 女性らは呆然とした顔で稜と、そしてユリを見ていた。凡そ、何に呆然としているかは検討がつく。稜が自分のニックネームを呼んだのも都合が良い。

「で、何か話でも?」

 敢えて『プライベートなので』という一言を使わなくても、これでニュアンスは伝わった事だろう。案の定、予想通りの勘違いをした様子の二人は、「お休みのところ申し訳ありませんでした」と頭を下げた。

 まだ買い物は終わっていないが、ここにもいたくなかったので、「そう」とだけ言って、去る事にした。他にも店はある。

 テントへ戻ろうと歩き出し、しかし不思議そうに目をぱちくりさせているユリが動かないので、すれ違い際に首に手を添えて促した。ユリははっとして了に並んで歩き出す。

 その仕草がさらに勘違いを真実としたのだろう。賑わう客の声の中、背中越しに、女性二人のものと思われる溜め息が聞こえた。


◆ ◆ ◆


 事情は判らぬが予想はつく。相変わらず首に手を添えたままの隣の了をちらりと横目で見上げると、了は如何にも面倒くさそうな気だるい表情を浮かべていた。状況を把握出来るはずのない稜の満面の笑みと相俟って、面白い光景だった。

 その後、テントに戻り別店で食事を買って済ませ、もう二、三、プールを周ると、さすがに稜も疲れたようで、朝ほどの覇気も無くなって来た。

「そろそろ帰るか。」

 午後二時頃。昼間の日差しより、夕方の日差しのほうがきつい。ユリも日焼けが心配になって来たので、了の提案に賛成して引き上げる事にした。

 来場客の主要帰宅時間とは重ならないのでロッカールームはガラ空きだった。念入りにシャワーを浴び、荷物をまとめてロビーに向かうと、

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