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男爵は微笑う  作者: L→R
追想
38/48

記憶◆0

◆ ◆ ◆


 いつもはこの黴臭い部屋に呼ばれると、数分で接見希望者が現れるのに、今日は十分ほど待たされた。

 座り心地の悪いパイプ椅子に、背筋を伸ばして座る。

 部屋の中では一人だが、扉の外では係官が待機をしている。窓もないし、人が通れるようなダクトもない完全な密室。逃げる事も出来ないが、逃げる気などさらさらない。

 すぅと息を吸うと、扉がノックされた。

「はい。」

 答えると、すっかり顔馴染みになってしまった男性が入って来た。

「こんにちは。」

 馴染み過ぎて、自分から挨拶をするほどだ。

「お待たせして済まなかったね、エラン。」

 詫びる男性に、エランは微笑んだ。

「とんでもない。構いませんよ、高遠さん。」

 名を聞いたのは、初めて彼と接見した時だった。

 高遠はいつも暖色系の色合いの服を着ていて、センスがよかった。

 柔らかい物腰も好感を持てた。

 「今日はお仕事の話なんだけれど。」と言いながら、高遠が向かいの席に座った。

 まるで普段は世間話でもしているかのような言い回しだ。

 エランはくすっと笑って「どうぞ」と答えた。

 高遠がいつになく真面目な顔をする。

「君とエルシ、どちらが『抗原』でどちらが『抗体』なのかな?」

「……。」

 エランは押し黙ったが、高遠は続けた。

「もう少し早く気付けばよかったんだけどね…。僕も専門分野以外には本当に疎くて。言葉の真意に気付くまでに、随分と時間がかかってしまったよ…。」

 高遠は、表情こそ苦笑をする程度だが、語り口は悔しそうだった。

 内に秘めた鋭さは感じていたが、表向きは飄々として決して感情をあからさまにしなかった高遠が、本気で悔しさを滲ませ自分に答えを求めている様子は、エランにとって驚くべき事であると同時に、若干自身の自尊心を擽る甘美なものに見えた。

 ただ、エランに彼を満足させられる答えは提供出来ない。

「わからないんですよ…。」

 一言言うと、高遠が苦笑を引っ込めた。

「私たち自身もわからないんです。

 知っているのは、…いえ、知っていたのは…、たった一人だけ…。すでに、亡くなってしまいました。」

 エランはそう答えると、高遠を見た。

「私と彼、どちらが『抗原』で『抗体』か。穴を埋めるためのコードを探していますか?」

「探しているよ。

 でも、見当たらないんだよね…。」

「本気で探しましたか?」

「…どういう意味かな?」

 高遠は本当にわからない様子だった。何故だろう、話に聞いているほど、高遠と”彼女”は親しい間柄ではないのだろうか。

 そんな野暮ったい事を勘繰りながら、エランは高遠に呟く。

「あの人は家族をとても大切にしていました。自分の想いへの裏切りの代償だと言って。

 あの人は母を除いて恐らくこの世で唯一、私と彼を見分けられる人物でした。

 心優しい以上に、使命を優先させてしまう危険な人でした。

 あの人が、この世に遺した最後の宝物って、何でしょうね…。」

 高遠の視線が、エランを射抜かんばかりに鋭くなった。普段のにこやかな表情など想像も出来ぬほどの表情で、エランを見据える。

 なるほど、この人は仮面を脱ぐとこんなに破滅的になるのかと思う。

「芳生 匠は持っていなかった。

 オオトリの人間が血眼になって探しているものです。

 芳生 悠璃。

 今は彼女が持っているんでしょうか…。」


◆ ◆ ◆

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