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男爵は微笑う  作者: L→R
再会
14/48

面影◆0

◆ ◆ ◆


 辺りはしんと鎮まり返り、足音だけが、甲高い音を響かせている。

 鼻に付く、黴臭い据えた生温い空気を縫い、考え事をしながら、あっという間に辿り着いた部屋のドアを、二度、ノックする。

 中から返事が聞こえ、名乗らずにドアを開けると、中に居た者()がこちらを向いて、笑っていた。

「お待ちしていました。」

 座っていた椅子から腰を上げた彼は、恭しくこちらに頭を下げた。

 狭く、薄暗い部屋の中には、中央に小さな机と二脚の椅子が向かい合って置いてある以外、何もない。壁はコンクリート剥き出しのままで、換気空調以外入れていないにも拘らず、真夏だというのにひんやりと寒い。

 彼に座るよう言うと、にこりと笑ってこちらにも座るようにという仕草をして、座った。背筋を綺麗に伸ばし、無理のない姿勢でありながら、形よく座るその様は、丸で座り方のお手本のようだった。行儀云々を超え、明らかにその恵まれた容姿あっての見栄えだ。そんな彼が、何故ここ来る破目になったのか。

 理由は知っているが、もっと根本的なところで疑問を持つ。

 だが、無用なやり取りは禁じられている。

 手早く幾つか質問をすると、彼は滑らかにそつのない答えを返してきた。

 自分でも呆れ笑うほど事務的な質問を終え、ふと一呼吸置くと、彼がそれを見て笑った。

「やっと会えましたね。」

 実のところ、所用以外の機会を設け、無理をしてでも会いたかったのはこちらの方だった。それを知ってか知らずか、彼はそう言って笑った。

 自分もだと正直に言うと、彼の笑顔が淡くなった。

「そうですか。」

 溜め息とともにそんな言葉を吐き出し、ふと壁を見る。

 彼は丹精な顔立ちで、綺麗なグリーンの瞳をしていた。うっすら茶の濁りが見えるが、照明の加減だろうか。無意識ながら暫し瞳を凝視してしまい、我に返ると、彼はくすすと笑って、「気になりますか」と問うて来た。

 瞳の色の事だと瞬時に理解出来、興味本位で聞いてみたくて頷くと、彼も一つ頷いて、流暢に舌軽く始めた。

「親遺伝で、元々色素が欠乏しているんです。それが顕著に出たのが瞳だと聞きました。

 虹彩異色症って、聞いたことありますか。本来、家系を辿ると、我が一族の瞳の色は淡褐色らしいのですが、母か父のどちらかの代で急にこの色の瞳が生まれ始めて、自分の代にも何人か生まれたそうですよ。

 両目ともそこまで色差はないのですが、よく見ると、淡褐色とグリーンのオッドアイなんです。」

 そう言って、彼は、ほら、とでも言うように、目を見開いて瞳を見せてくれた。なるほど、確かに言われなければ気付かないほどの色差ではあるが、若干右の瞳がグリーンかかって薄く、そこに茶が入っているため、濁りが目立って見えていたようだ。

 一目見たときから、瞳が綺麗だとずっと思っていた。改めて見ても、やはりその瞳は綺麗だった。

 薄暗闇の中でも光沢を失わないその瞳は、まるで宝石のように輝いている。

 彼を見た者は、大抵口を揃えて絵画から出て来た様だと言う。

 その印象を決定付けているのは、恵まれた容姿よりも、この瞳なのではないだろうかと思う。

 物珍しさの余り、思わずまじまじと見つめていると、彼は長い睫毛を瞬きながら面白そうに笑って、近付けていた顔を引っ込めた。

「次は、いつ会えますか?」

 突然問われ、少し慌てる。その様子を、予想通りの反応と言うようにコロコロと笑ったあと、彼は瞳を閉じて俯いた。

「余り、時間がないので…。」

 それはこの先確実に訪れる事態の事を言っているのか、それとも何か別の意味があるのか…。

 どちらだろうかと首を傾げると、彼は苦笑し「いえ」と首を振った。

 面会時間は限られていた。

 時間の終わりを告げられ、部屋から出る時、背中に声をかけられた。

 振り返ると、見送る彼の表情が、少しだけ曇っていた。

「『メィカーヴェ、シャローム、ゼクォート、アター』…。」

 そう呟いた彼と自分の間で、扉が閉まった。扉が閉まる最後の最後まで、何故か憂い気な彼から目を離せなかった。

 扉は、薄闇い廊下中に大きな音を響かせて、彼と自分を引き離すように閉じた。

 その音に混じって、頭の中を駆け巡る彼の言葉を、何度も反芻する。

 意味は、何となく解っている。

 ただ、何故彼が、そう自分に言ったのか、それが解らない。

 咽喉に引っかかった魚の小骨の様に、思考の流れに引っかかったその言葉を転がしながら、元来た廊下を歩く。

 だが、次また彼に会えるとして、この言葉の意味を問うたところで、答えを煙に巻かれて終わる事だろう。暫し心行くまで思案した後は、これを忘れる外ないと悟った。


『安らぎの訪れん事を』…。


◆ ◆ ◆

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