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プロローグ




 昔の夢を見ていた。



 俺よりもずっと大人で知性に溢れる美しい幼馴染は、夕日の差し込む古文部の部室の中で小さな机を挟み、顔を合わせて穏やかに微笑んでいる。



 夢だ……そう、自分でも簡単に気付く。

 俺はケイト・アルティアであり、日本の高校生──ではない。

 しかし、この『悪夢』は夢と気付いていても、決して途中で終わることはない。



「──最近、後輩……あの子と仲が良いようね?」



 時代遅れになりつつある高校指定のセーラー服も、まるで彼女のために作られたかのように似合っている。悪戯好きそうな明るい雰囲気の大和撫子……というのが当時の『俺』の感想。


 そんな彼女は『俺』の受験勉強の答え合せをする手を止め、からかうように笑ってペンを向ける。


 自分とは違う自分──『俺』は、苦笑いを返す。



「浮気の指摘みたいだぞ。部長殿」

「そうそう、浮気しちゃダメよ──は私のなんだから」

「ただの幼馴染なのにか」



 憮然とした俺の切り返しに、ふふ……とおかしそうに幼馴染は声を漏らす。


 俺は『俺』の中で第三者としての視点でその光景を見ながら思い出す。

 この記憶は幼馴染と恋人として付き合う前だと。


 珍しい。いつもは、殺される場面を思い出すのに。



「当然よ。私が誰かと付き合っても──がそうするのは許さない」

「横暴だな」



 少女の表情から冗談だろうと『俺』は判断する。『俺』の中の俺も同じ判断をしていた。彼女自身も冗談のつもりだったのだろう。



「それで、あの子はどういう子なの? 副部長」

「強くて真っ直ぐな子だよ。活動の無いうちの部には勿体無い」



 『俺』は後輩に振り回された出来事を思い出しながら、そう説明する。

 このときの自分には後輩に対する恋愛感情はなく、ただ、後輩に対する友情と彼女の強さへの尊敬だけがあった。


 『俺』の返答を聞くと、幼馴染は目を細めた。

 初めて見る表情だと思う。笑っているわけではない。責めているわけでもない。

 ただ、『俺』を見ている。


 幼馴染はしばらくそんな風に『俺』を静かに見つめていたが、ゆっくりと口を開く。



「好きになれそう?」

「友人にはなれそうだが恋愛対象としては見ていない」



 嘘か本当か、付き合いの長い彼女であれば簡単に判断出来るだろう。

 『俺』はそう考えていた。


 俺は……改めてこの場面を思い出し、自分は間違っていたのではないかと思い返す。

 今の俺が過去に思いを馳せて考えている間にも場面は進んでいく。



 彼女は俺の言葉に反応を見せず、『俺』を見つめ続ける。


 開いている窓から強い風が入り、彼女の長い黒髪を揺らす。

 艶のある黒髪に夕日の光が反射し、目の前のセーラー服姿の美しい幼馴染を幻想的に見せていた。


 どういう思いを抱いているのか理解出来ない表情のまま、彼女は口を開く。



「それでいいのよ。──は私のものなんだから」



 夕暮れの紅い部室の中で幼馴染は静かにそう呟いた。

 冗談の時と同じ言葉なのに同じように感じない。


 今の俺には薄ら寒さを感じさせる。

 なのに、『俺』はその違いに気付いていない。



 しかし……それは仕方がないことなのかもしれない。



 この時『俺』は恋をしていた。


 『俺』の前に座っている、美しく、賢く、俺を一番理解していると思っていた幼馴染に。

 どうしようもなく、盲目的になる程の深い片思いを。



 一度は彼女に振られたにも関わらず、それでも想いは失うことなく。

 彼女と共にいるだけでも痛む心を抱えながら……それでも。



 『俺』は彼女に片思いを……恋をし続けていた。





 いつもと違う夢の再生が終わり、目を醒ますとまだ辺りは薄暗かった。

 今、俺達が野営をしている周辺では朝日に照らされた朝靄が広がっており、寒くは無いが視界は悪い。


 この時間の見張り役だったクルスは眠たそうで、こっくりこっくりと船を漕ぎ、時折、眠ってはいけないと首を横に振っている。


 俺は身体を起こすと引いている布の上に座り、固くなった身体をぐっと身体を伸ばした。

 そして、こちらを向いたクルスに声を掛ける。



「おはよう。クルス。少し寝ていいよ」

「……ううん。私の役目だから駄目」



 一瞬だけ悩んだ様子を見せ、クルスは首を横に振る。

 こういうところはクルスは真面目だ。これがマイスなら「ありがてえ」とかいって直ぐに横になっているのに。



「起きるの早い。また悪夢?」



 昔のクルスではないが、俺も時折、過去の悪夢に悩まされている。

 頻度は少ないが……そういう日の俺は相当憂鬱そうな顔をしているらしい。


 不思議な夢だ。最近では思い出すこともなかった悪夢にすら出ない昔の夢。

 悪夢とは言えないが、嬉しい夢かと言われるとそうではない。


 なんと説明すればいいのかわからず、俺は首を傾げた。



「悪夢じゃないけど、いい夢ではなかったよ」

「そう」



 短く呟くと少し離れた所に座っていたクルスは俺の隣に座り直す。

 彼女は真っ直ぐ向いたまま、少しだけ微笑んだ。



「悪夢を見たときのコツを教える。悪夢には私は慣れている」

「どんなの」



 自信ありげな彼女に思わず吹き出しそうになる。

 そんなのに慣れていることを何故そんなに楽しそうに話すのか。



「夢は夢。ケイトはケイト。ケイトの人生はケイトのもの」

「なるほどね」

「忘れては駄目。大事」



 クルスは小さく笑って空を見る。

 また少し成長した彼女の横顔は表情は、まだ硬さが残るものの穏やかで優しげだ。


 俺もなんとなくクルスに釣られて空を見る。



「今日、エーリディ湖に……貿易都市エールに着くな」

「船、楽しみ」

「どんな街なんだろうな。俺も楽しみだ」



 本当に楽しみだ。城塞都市カイラルとはまた違った雰囲気の街なのだろう。

 外国とも繋がりのある貿易の街でもあるし、きっと珍しいものがたくさんあるはず。


 まだ見ぬ街の姿を俺は想像する。

 俺の冒険記……日記帳は残りページで足りるだろうか。



「俺の人生は俺のもの……か」



 懐かしい雰囲気を感じる言葉。その言葉には温かいものを感じる。

 街も楽しみだ。旅も順調で不安はない。


 だが、何故か俺の心のざわめきは止まらなかった。


 漠然とした不安……その正体が何なのか。

 俺はこの時は理解していなかった。


 そして、神ではない俺はこの時点では知る由もなかった。


 俺の運命に関わる……幾つもの出会いと再会が待ち受けていることを。





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