外伝 エピローグ
「ま……そういうことがあってね。クルス達が連れて来るまで心配していたの」
ちびちびと酒を飲みながら、マリアはシーリアがケイトの家にしばらく滞在していた理由を私に説明してくれた。あのエルフは私の想像を遥かに超えているようだ。
案外、冒険者としては彼女が普通なのかもしれないけれど。
しかし、いくらシーリアが望んだと言っても、あのエルフに任せるのはどうだろう。
「でも、マリア。シーリアが危ないと思わなかった?」
「思ったわ。だから手紙を何度も送ったし、子育ての相談には乗っていたの。だけど……クルス、貴女も知っているでしょ。あの子の手紙」
私は頷く。ラキシスの手紙は字が丸っこくて読みにくい上、内容は大袈裟かつ、普段の落ち着いているように見えるラキシスの印象とは全く違う大胆な内容で、初めて会ったときには手紙とのギャップに目を疑ったくらいに酷いものである。
ケイトに対する手紙だけは、真面目に書いていたようだけど……。
「何度も後悔したんだけど、明るい娘になってくれたみたいね」
「あいつ、煩い」
お酒で少しだけ頬を赤くしたマリアが私の悪態を聞いてくすくすと笑う。
「クルスにもようやく同性の喧嘩友達が出来たみたいだし?」
「あんまり嬉しくない」
クルト村に来るまで何かと突っかかってきた狼娘を思い出し、果実水を飲む手を思わず止めて苦笑いする。それを見てマイスは笑い、ケイトは困ったように仲裁に入るのだ。
まぁ、シーリアはあれで細かいことを気にする方だから、本当に困ることはしないように気を配っているんだろうけど。
それでもケイトはあいつに甘いと思う。ずるい。
「好敵手がいるというのはいいものよ。それが戦いであれ、恋愛であれ」
「そうかな」
「そうよ。私の弟子とラキシスの娘、どちらが勝つのかしらね。あの子の手紙には、いつもの娘自慢と一緒にクルスよりうちの娘の方が女らしいって書いてたけど」
「あの女……」
本当に大人げのないエルフだと思う。確かに胸とかは向こうの方があるけれど、戦闘に役立つわけではないし、年齢差もある。シーリアが年増なだけ。
きっと直ぐに追いつける……多分。
そんな風に悩んでいると、マリアは一度木製のコップをテーブルに置き、少しだけ真剣な表情を私に向けた。
「シーリアとラキシスはどんな感じだった?」
シーリアと話をしても、まだ、マリアは不安だったのかもしれない。
子供の育て親というのは大事なものだし……私もお義父さんとの関係があるから、そういうのはなんとなく、想像できる。
「母親かどうかはともかく、仲は良さそう……姉妹? 違うかな。わからない」
「エルフはいつまでも若いし、感覚は違うのかもしれないわね」
「でも、ちゃんと家族だった……と思う」
私がシーリアやラキシスと過ごした期間は、ケイト達に比べれば短いけれど……一緒に何週間か暮らして、私はそう感じていた。
マリアは安心するようにそう……と、小さく呟いて微笑む。
「反面教師として優秀だったのかしらね」
「シーリアもケイトと同じでラキシスを尊敬してた。真似しようとしてる」
「きっと、シーリアの前では格好を付けていたのね。シーリアの保護者になってからは殆ど問題を起こさなくなっていたし。大人になったのかも」
瓶の酒をコップに注ぎ、マリアは楽しそうに笑う。
果たして本当にそうなんだろうか。
「絶対子供のまま。ケイトが何度かラキシスに襲われそうになってた」
「……もし、それが本当なら話が必要そうね」
真顔になったマリアに私は頷く。これで、あのエルフに関しては大丈夫だろう。
シーリアはともかく、ラキシスは年を考えて欲しい。
あ、ケイトの姉のエリーの例もあるからどうなんだろう。
しかし、冒険者としてのラキシスは……。
「でも、ラキシスは凄い。途中経過はともかく、結果は出している」
「そうね。彼女は直感で最善の結果を引き寄せるの。誰にも真似は出来ないと思うし、周囲に迷惑はかけるけど、間違いなく超一流の冒険者よ」
マリアは残っているお酒を一気に飲み干すと、私を試すように見て問いかける。
「ケイトならどうするのかしらね?」
「ケイトなら……」
私はラキシスをケイトに置き換えて考える。
ケイトはきっと悩むはず。だけど、子供を生贄にするということを許すことはない。
だけど、精霊を放っておくこともしないはず。ということは……。
「みんなの安全を確保して、誰も傷つかない方法を必死で考えそう」
「私もそう思う。だけど、それじゃ間に合わないこともある」
コップをくるくる廻して遊びながら、マリアは剣の修行をしている時のような真剣な表情を私に向ける。
「息子はラキシスから自分に無い部分を感じ取っているのかもしれないわね」
「考えなしなところ?」
マリアは微笑んで首を横に振る。
「割り切って決断できる勇気を持っているところ……かしら。ケイトは考えすぎるからね。ま、あの子の格好付けに騙されてるだけ……というのもありえるけれど」
「ありそう……よく、シーリアの胸に目がいってるし……」
マリアは声を上げて笑っているけど、笑い事じゃない。
ケイトは頭いいけれど、絶対騙されやすいと思う。私が何とかしないと。だけど、とりあえずは……。
「さっき、マリアがケイトは考えすぎて、間に合わないかもしれないって言ったけど」
「うん?」
「ケイトの欠点は私が補えばいい。迷ったら私が助けるし、間に合わないなら私が間に合わせる。決断出来ない時は私が決断する。問題無い」
「なるほどね。うちの息子は……」
苦笑してマリアは気になるところで言葉を切る。そして、瓶の酒を最後の一滴までコップに注ごうとし、完全に無くなったことに残念そうな表情を見せ、
「まあいいわ。クルス。貴女も頑張りなさい」
「うん」
何処か諦めたような表情で、マリアはそう続けた。
そして、話を変えるように笑う。
「私も久しぶりに旅をする準備をしなきゃね」
「何処に行くの?」
私はちょっと驚いた。だけど、次男のカイルは旅に出てるし、ケイトも直ぐに村を旅立っていく。マリアも子育てが終わり、手持ち無沙汰なのかもしれない。
「カイラルよ。娘が一人前になって、ラキシスも寂しがっているだろうから」
「マリアは……ラキシスをどう思っているの?」
余り良いように言っていないけれど、ラキシスの話をするマリアは何処か楽しそうだった。ちょっとわかりにくい。彼女ことをよく理解しているみたいだけど。
マリアは困ったように笑う。彼女の笑顔は親子だからかケイトにも似ていた。
「困ったところはあるけれど、多分、親友……なんでしょうね」
私はマリアがシーリアを預けられたのは、ちゃんとラキシスを信頼していたからなのかも……彼女は首を横に振るだろうけど……私はそんな気がしていた。