外伝 四話 エルフの家族
二日目も多少雲行きは怪しかったものの、雪は降らなかったため目的地に向けて、順調に進むことが出来ていた。予定では三日目に到着することになっている。
アルカイン山脈を登り、目的の場所に近付くにつれて、私は精霊の異常を強く感じるようになっていた。自然のものが強引に歪まされているような……そんな気配があるのだ。
(これは、間違いなさそうね)
野営の準備を整えた後のテントの中で私はそう考え、シーリアのお守りと同じ効果を持たせてあるイヤリングに手を触れる。
今日の行軍では魔物に何度か襲われたのだが、魔物達の様子も何処かおかしかった。
冬で餌が少ないというのもあるだろうが、欠片も理性を感じさせないような……。
特に雪を媒体に実体化していた下級精霊は特に影響が顕著に出ており、通常では滅多に戦闘にはならないはずの氷の下級精霊が問答無用で襲いかかってくるなど、歪みと異変を感じさせる出来事が何度も起こっていた。
「おねえちゃん、どうしたのー?」
「ん? なんでもないわ」
先日はゼムドと眠っていたシーリアは、今日は私のテントで休んでいた。
シーリアが私がいいと我侭を言ったのである。
ゼムドも私が良ければ頼むと頭を下げたため、私が彼女の面倒を見ることになっていた。
私も子供の扱いはよくわからないため困ったのだけれど……。
夕食を終えたシーリアは私の方を何か言いたげに、ちらちらと見てくる。
「シーリア、何かしら?」
「おねーちゃん、かっこうよかった。えっと、えっと……おっきいいぬ!」
にこにこ笑いながら両手を広げて大きさを表そうとしていた。
彼女の言う大きい犬、というのは昼に襲ってきたアイスハウンドのことだろう。
背の低いゼムドと同じくらいの体高を持つ巨大な白い毛並みの……学者の分類上は犬だと言われている……巨体に似合わない俊敏な動きと下級の精霊魔法を使う強敵だ。
相手が一匹だったのは都合が良かった。足場の悪い雪山では戦い難い相手だ。数匹で現れれば、私も本気を出さざるを得なかったかもしれない。
私達は剣士の二人と魔法を使えるジェイドが囮となって、注意を引き、身軽な私が攻撃するという分担で戦った。
アイスハウンドとは長時間牽制しあったが、結局、私は相手の身体に飛び乗り、魔法の込められている剣で相手の頭を貫くことに成功したのである。
他にも様々な魔物が現れていたが、彼女に一番印象を残したのがその戦いだったのかもしれない。私は彼女の言いたいことを理解すると彼女に答えた。
「大したことはない。貴女もそのうち倒せるようになるわ」
「ほんとっ?」
「当然よ。貴方は犬ではなく、賢くて誇り高い狼なのだから。自信を持ちなさい」
「うん!」
私は笑顔を心がけて彼女の顔をのぞき込み、頭を撫でる。
そのまま嬉しそうに抱きついてきたシーリアを膝の上に乗せて抱え、私は彼女を今後どうするかを考えていた。
シーリアを助けること自体はそこまで私にとっては難しいことではない。けれど、もし予測が正しければ……村に彼女を戻すことは論外だ。
ゼムドの組織もおそらく同様。
しかし、明るく素直なシーリアを天涯孤独にしてしまうのは、彼女の両親の遺志に反することになるのではないだろうか。
私自身、利発で私を怖がらないこの少女は気に入っているし、楽しく生きて欲しい。
「ねえ、シーリア?」
「んー?」
本人の意思も聞くべきかもしれないと私は考え、楽しそうに足をばたばた動かしている上機嫌そうなシーリアを見下ろす。
「貴女は村に帰りたい?」
「や。だって、そんちょパパとママいじめてたんだもん。じぃじといる」
「ふむ……」
急に不機嫌になった彼女の言葉の意味を私は考える。シーリアの両親が村長と争う理由……それは、シーリアが関わっているとしか考えられない。
村に子供はたくさんいた。その中でシーリアが選ばれた理由。
無造作に選んでいる訳ではなく、彼女で無くては駄目だったとすれば……。
「おねえちゃん?」
「え、ああ、ごめんなさい。でも、ゼムドは長くはいられないわ」
「うん……じゃ、おねえちゃんは?」
「私?」
不安そうに見上げてくるシーリアを後ろからしっかり抱きしめながら、私が引き取った場合のことを考えてみる……これは意外な提案だ。
結論はすぐに出た。無理。エルフ族には子供は少なかったし、子育ての経験とかはないからわからない。
「シーリアは私の家族になりたいの?」
「かぞく?」
エルフ族の家族は人間や獣人の家族……とは少し違うのかもしれない。私はそのことに思い当たったが、大きく違うことはないだろうと言葉を続ける。
「ずっと一緒に住んで、色んな事を学んだりすること……かしら」
「そうなんだ……かぞくなるなるー!」
シーリアは元気よく手を上げた。そんな簡単に決めてもいいのかしらと、思わず苦笑してしまう。
「ゲイルスタッドを名乗るのは大変よ?」
「げいるすたっど?」
「家族になるのでしょう。獣人族にはセカンドネームがないから……家族なら私の名前を名乗らないとね」
「おねえちゃんとおなじなまえ?」
一生懸命理解しようとしている風に見えるシーリアに私は頷く。
「そう。そして私の家族である以上、誇り高く優雅で、しかも最強でなくてはいけない」
「ほこりたかく、ゆうがで、さいきょー?」
難しい言葉だから理解できないのか、シーリアはきょとんとして私を見上げる。意味はわからなくても構わない。言葉を覚えておけばそのうちわかるだろうし。
私は彼女の頭を撫でながら、その通りと真剣さを込めて肯定する。
「貴女の両親のように。誇り高く……強い狼じゃないと私の家族にはなれないわ」
「パパとママみたいに?」
「そう。出来るかしら?」
シーリアはしばらく俯いて考え込んでいたが、
「うん!」
と、今までで一番良い笑顔で頷いていた。
「わかったわ。じゃあ、これからはシーリア・ゲイルスタッドと名乗りなさい」
「はーい」
「それじゃ、そろそろ寝ましょうか」
私は一度身体の上からシーリアを退けて彼女の寝袋を取り出し、中に入るように促す。
私自身は何時でも魔物に対応出来るよう、使うのは毛布だけである。
シーリアと一緒に寝る準備をしながら、私はエルフの家族について思い出していた。
私達エルフは子供が少なく、子供のことは両親だけじゃなくて村のみんなで見守り、身の守り方を身に付けさせ、知識を教えていく。
私にとっては村の住人の全てが家族であり、教師であった。
(そうだ! 私は子供の育て方なんてわからないし……わかる人に任せればいいんじゃないかしら。家族っていうのは助け合いだしね)
不意に名案を思い付き、私は手を小さく叩いた。
シーリアを任せるためには信用が出来、子供の扱いに長けていて、彼女を立派に教育することが出来、しかも、色んな者から守ることができる人物じゃないといけない。
そんな都合のいい人物は私には一人しか思い浮かばなかった。
私の唯一の友人である彼女なら……シーリアを幸せに出来るに違いない。
私の友人、元冒険者で仲間だったマリア・アルティアはしょっちゅう無茶をするし、色んな相手と問題を起こすし……そのくせ冷静で常識人な私を説教するのが趣味みたいな困った人間だったけれど、結婚してからはなんだか人が変わったように穏やかになっていたから。
子供の躾は前にあったとき、きちんと出来ていたみたいだし……学問もそれなりに出来る。
信用できるし腕の方は彼女以上の剣士は探すほうが難しいくらいだろう。
(問題はどうやって彼女を任せるかね。マリアは短気で怒りっぽいから)
私はみの虫みたいな格好で転がっているシーリアの隣に毛布を一枚引き、もう一枚を身体に掛けると、彼女の隣で横になる。
さすがに二日連続の登山で疲労が溜まっているのか、睡魔はすぐにやってきた。